野原山城跡、石の神様が見た夢 第1話:城の門番
作者のかつをです。
本日より、第十七章「旅する道祖神 ~野原山城跡、石の神様が見た夢~」の連載を開始します。
今回の語り部は、人間ではありません。
瀬野の山城跡から発見されたとされる、一対の「道祖神(石の神様)」。
物言わぬ石の視点から、数百年にも及ぶ瀬野の移ろいを描く、少し不思議な物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島市安芸区瀬野。
この町を見下ろす小高い山の一つに、「野原山」がある。
今は木々に覆われ、静寂に包まれたその山頂には、かつて戦国の世に築かれた山城があった。
これは、その城の片隅で生まれ、数百年という長い時を旅し続けた、一対の小さな石の神様の物語である。
◇
我々は、石である。
安芸の国の、硬く、冷たい花崗岩から生まれた。
ある日、石工の鑿が我々の身体を削り出し、魂を吹き込んだ。
男と女。二人が仲睦まじく寄り添う姿。
人々は我々を「道祖神」と呼んだ。
我々が置かれたのは、野原山城の城門の脇だった。
「この城に、災いが入らぬように」
「この道を行く者が、無事であるように」
そんな願いを込められ、我々はこの場所から城を出入りする人々を見守ることになった。
戦国の世。
城は、常にピリピリとした緊張感に包まれていた。
鎧に身を包んだ武者たちが、慌ただしく駆けていく。
槍を担いだ足軽たちが、隊列を組んで行進する。
時には、城主が馬に乗り、威風堂々と門をくぐることもあった。
人間たちの時間は、我々石の時間とは違う。
彼らはあまりにも速く動き、あまりにも激しく感情を燃やし、そして、あまりにも短くその命を散らしていく。
ある夜。
見張りの若い兵士が、我々の前で足を止めた。
彼は懐から小さな握り飯を取り出し、我々の足元に供えた。
「……神様。明日、戦に出ます。どうか、無事に帰ってこられますように」
彼の手は、小さく震えていた。
我々は、何も答えることはできない。
ただ、冷たい石の身体で、その震える祈りを受け止めることしかできなかった。
翌日の夕暮れ。
多くの兵士が戻ってきたが、あの若者の姿はなかった。
我々は、悲しまない。石だからだ。
しかし、供えられた握り飯がカラスにつつかれ、雨に濡れて土に還っていくのを見ていると、胸の奥の石の芯が、少しだけ冷たくなるような気がした。
城の門番として、我々は多くの「行ってきます」を聞いた。
そして、それより少しだけ少ない「ただいま」を聞いた。
その差の分だけ、この土地には涙が染み込んでいるのだと、我々は知っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十七章、第一話いかがでしたでしょうか。
野原山城は、中世にこの地を治めた阿曾沼氏の一族によって築かれたとされる山城です。今は静かな山の中に、当時の郭の跡がひっそりと残っています。
さて、城の守り神として置かれた道祖神。
しかし、彼らの平穏な日々は長くは続きませんでした。
次回、「廃城のあと」。
戦国の終わりと共に、城は炎に包まれます。
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