大山刀鍛冶、最後の一振り 第4話:失われゆく技
作者のかつをです。
第二章の第4話をお届けします。
今回は作刀の過程と、それに伴う宗近の心境の変化を描きました。
孤独な作業の中で彼が何を見つけ出すのか。
職人の内なる世界の物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
迷いを抱えたまま、宗近はついに作刀の最初の工程である「鍛錬」に取り掛かった。
選りすぐった玉鋼を炉で赤々と熱し、槌で叩いては折り返す。
叩いては、折り返す。
カン、カン、カン、カン――
たたら場に、リズミカルな、しかしどこか悲壮な槌音が響き渡る。
この気の遠くなるような作業を繰り返すことで、鋼の中の不純物は叩き出され強靭な地金へと生まれ変わっていくのだ。
汗が滝のように流れ落ち、目に染みる。
全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
しかし、宗近は手を休めなかった。
彼は無心に鉄と向き合った。
槌を振り下ろすたびに、迷いが、雑念が、汗と共に流れ落ちていくような気がした。
(そうだ……。俺は、ただ打つしかないのだ)
この大山鍛冶の技も、自分の代で終わりになるかもしれなかった。
世の中は火縄銃の時代へと移り変わろうとしている。
手間のかかる伝統的な作刀法よりも、大量生産される「数打ち物」が戦場では重宝される。
父の代までは何人もいた弟子たちも、今はもう誰もいない。
この槌音を聞いているのは自分と、下働きの老人だけ。
その事実が、彼の胸を孤独の冷たい手で締め付けた。
(この技も、俺と共に消えていくのか……)
寂寥感が心をよぎる。
しかしその時、彼はふと気づいた。
叩き締められ、折り返され、幾重にも層をなしていく鋼の肌。
そこに、まるで夜空に流れる天の川のような美しい文様が浮かび上がっていた。
「地景」と呼ばれる、鍛え上げられた鋼だけが持つ魂の輝きだった。
宗近は、はっとした。
(美しい……)
それは人の意図を超えた、鉄そのものが持つ生命の輝きだった。
人を殺めるための道具の中に、こんなにも清らかで美しいものが宿っている。
(父上が言っていたのは、これか……?)
刀はただの道具ではない。
それは幾万回もの鍛錬の果てに、鉄がその魂を現した姿。
その美しさはきっと、人の心を正しき道へと導く力を持つはずだ。
宗近の心に、一条の光が差し込んだ。
迷いはまだ完全には晴れない。
しかし進むべき道が、おぼろげながら見えてきた気がした。
彼は再び槌を握りしめた。その槌音は先ほどよりも力強く、そして澄んでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
折り返し鍛錬は、日本刀の強度と美しさを生み出す最も重要な工程です。この過程で生まれる「地景」や「刃文」といった文様は、刀の大きな見どころの一つとされています。
さて、迷いを振り払い作刀に没頭する宗近。
いよいよ刀の運命を決める、最も重要な儀式が訪れます。
次回、「最後の一振り」。
物語はクライマックスを迎えます。
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