河内神社と瀬織津姫の秘密 第3話:戦乱の炎
作者のかつをです。
第十六章の第3話をお届けします。
今回は、第四章で描いた「檜木城の戦い」の時代。
戦乱の世、川は血と涙を飲み込み、それでも清らかに流れ続けようとします。
女神の悲しみと、浄化の物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
時が流れ、世は戦国と呼ばれる時代に入った。
穏やかだった瀬野の谷にも、争いの火の粉が降り注ぐようになった。
丘の上には城が築かれ、武士たちが槍を構えて闊歩する。
大山鍛冶の槌音が、昼夜を問わず響き渡る。
彼らが打つのは、農具ではなく、人を殺めるための刀だった。
私は、悲しかった。
人間たちは、なぜ争うのか。
なぜ、同じ水を飲み、同じ土の実りを食べているのに、互いに傷つけ合うのか。
ある日のこと。
檜木城が、炎に包まれた。
黒い煙が空を覆い、灰が雪のように川面に降り注いだ。
叫び声。怒号。そして、絶叫。
多くの血が、土に染み込み、やがて雨と共に川へと流れ込んできた。
水は、赤く濁った。
鉄の臭いと、死の臭いが、谷に充満した。
「穢れ……」
それは、私が最も忌み嫌うもの。
しかし、私は目を背けるわけにはいかなかった。
傷ついた若き足軽が、よろめきながら川辺に降りてきた。
第四章の、弥助だったかもしれない。
彼は、血と煤にまみれた顔を、震える手で洗った。
「……生きる。俺は、生きる」
彼は、泣きながらそう呟いた。
私は、その涙を受け止めた。
そして、彼の身体についた血を、心の澱を、冷たい水で洗い流した。
死んでいった者たちの無念も、生き残った者たちの苦しみも。
すべてを抱きしめ、すべてを飲み込み、私は海へと運び去った。
それが、祓いの神である私の役目だから。
戦が終わり、静寂が戻った後も、私は流れ続けた。
赤く染まった水は、やがて元の澄んだ翠色に戻った。
人々は、再び川辺に戻ってきた。
焼け跡を耕し、種を蒔き、また新しい暮らしを始めた。
彼らは、河内神社の社を建て直した。
「もう二度と、災いが起きませんように」
そう祈りながら。
私は、その祈りを聞き届けた。
人の世の営みは、私の流れと同じ。
激流の時もあれば、淀む時もある。
しかし、決して止まることはない。
私は、傷ついたこの土地が、再び緑に覆われていく様子を、長い時間をかけて見守り続けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「水に流す」という言葉がありますが、日本人は古来より、川に浄化の作用を求めてきました。瀬織津姫は、まさにその象徴のような存在です。悲しい記憶も、辛い過去も、すべて海へと運び去ってくれるのです。
さて、戦乱の世が終わり、長い泰平の時代を経て、瀬野に「黒い鉄の馬」が現れます。
次回、「鉄道の響き」。
近代化の波は、川の女神の目にどう映ったのでしょうか。
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