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ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第4部:伝奇・民話編 ~土地に眠る不思議な物語~
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河内神社と瀬織津姫の秘密 第2話:古代の祈り

作者のかつをです。

第十六章の第2話をお届けします。

 

今回は、第一章で描いた「神武東征」の伝説の時代へ。

傷ついた旅人イツセと、彼を癒やした巫女ヒナタ。

彼らの営みを、川の女神はどう見ていたのでしょうか。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

遠い、遠い昔のこと。

まだこの地が「瀬野」と呼ばれる前。

 

私の流れのほとりに、傷ついた男たちがやってきた。

西の方から、敗走してきた者たちだった。

その中心にいた男、イツセの腕からは、赤い血が滴り、私の清流をわずかに染めた。

 

私は、その血をすぐに洗い流した。

痛みも、屈辱も、すべて海へ連れ去るように。

 

彼らは、川で傷を洗い、喉を潤した。

その水面に映る彼らの顔は、疲労と絶望に満ちていた。

 

「背の地……」

 

男は、悲しげにそう呟いた。

 

しかし、この地に住む巫女、ヒナタは彼らを受け入れた。

彼女は、私の水を汲み、薬草を煮出し、彼らの傷を癒やした。

 

私は、見ていた。

夜ごと、川辺に座り込み、東の空を見上げるイツセの姿を。

彼は、自分の命がそう長くはないことを悟っていたのかもしれない。

それでも、彼は弟に、仲間に、未来を託そうとしていた。

 

「流れる水は、決して戻らない。ただ、先へ、先へと進むのみ」

 

彼は、私の流れを見て、そう言った。

 

そして、巫女ヒナタ。

彼女もまた、私の声を聞こうとした一人だった。

日照りの時、彼女は川の中に入り、一心不乱に祈りを捧げた。

 

「水よ、命よ。どうか、この村を救ってください」

 

その祈りは、私の中に波紋を広げた。

私は、天に座す龍神に、その声を届けた。

やがて、雲が湧き、雨が降った。

 

歓喜する村人たち。

生き返る大地。

 

イツセは去り、ヒナタは残った。

「勢の地」と名付けられたこの場所で、人々は川と共に生きることを選んだ。

 

彼らは、川の氾濫を恐れながらも、その恵みに感謝し、川辺に小さな石を積んで私を祀った。

それが、河内神社の原点。

 

私は、人間という生き物が愛おしかった。

彼らは、私の流れのように、弱く、儚い。

しかし、時に岩をも砕くほどの、強い意志を見せることがある。

 

数百年が過ぎ、やがて古代の山陽道が開かれた。

駅家うまやができ、都からの使者が、この川沿いの道を行き交うようになった。

 

恋文を懐に入れた若者。

疫病に怯える旅人。

 

彼らは皆、この川の水を飲み、顔を洗い、そして、それぞれの運命へと旅立っていった。

私は、その一人一人の顔を、今も覚えている。

 

時代は、静かに、しかし確実に流れていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

第一章、第三章の主人公たちの姿が、女神の視点から語られました。

同じ歴史でも、視点が変われば、また違った風景が見えてきます。

川は、すべてを知っていたのですね。

 

さて、時代は下り、戦国の世。

瀬野川は、悲しい色に染まることになります。

 

次回、「戦乱の炎」。

女神が見た、悲劇の記憶です。

 

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