河内神社と瀬織津姫の秘密 第2話:古代の祈り
作者のかつをです。
第十六章の第2話をお届けします。
今回は、第一章で描いた「神武東征」の伝説の時代へ。
傷ついた旅人イツセと、彼を癒やした巫女ヒナタ。
彼らの営みを、川の女神はどう見ていたのでしょうか。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
遠い、遠い昔のこと。
まだこの地が「瀬野」と呼ばれる前。
私の流れのほとりに、傷ついた男たちがやってきた。
西の方から、敗走してきた者たちだった。
その中心にいた男、イツセの腕からは、赤い血が滴り、私の清流をわずかに染めた。
私は、その血をすぐに洗い流した。
痛みも、屈辱も、すべて海へ連れ去るように。
彼らは、川で傷を洗い、喉を潤した。
その水面に映る彼らの顔は、疲労と絶望に満ちていた。
「背の地……」
男は、悲しげにそう呟いた。
しかし、この地に住む巫女、ヒナタは彼らを受け入れた。
彼女は、私の水を汲み、薬草を煮出し、彼らの傷を癒やした。
私は、見ていた。
夜ごと、川辺に座り込み、東の空を見上げるイツセの姿を。
彼は、自分の命がそう長くはないことを悟っていたのかもしれない。
それでも、彼は弟に、仲間に、未来を託そうとしていた。
「流れる水は、決して戻らない。ただ、先へ、先へと進むのみ」
彼は、私の流れを見て、そう言った。
そして、巫女ヒナタ。
彼女もまた、私の声を聞こうとした一人だった。
日照りの時、彼女は川の中に入り、一心不乱に祈りを捧げた。
「水よ、命よ。どうか、この村を救ってください」
その祈りは、私の中に波紋を広げた。
私は、天に座す龍神に、その声を届けた。
やがて、雲が湧き、雨が降った。
歓喜する村人たち。
生き返る大地。
イツセは去り、ヒナタは残った。
「勢の地」と名付けられたこの場所で、人々は川と共に生きることを選んだ。
彼らは、川の氾濫を恐れながらも、その恵みに感謝し、川辺に小さな石を積んで私を祀った。
それが、河内神社の原点。
私は、人間という生き物が愛おしかった。
彼らは、私の流れのように、弱く、儚い。
しかし、時に岩をも砕くほどの、強い意志を見せることがある。
数百年が過ぎ、やがて古代の山陽道が開かれた。
駅家ができ、都からの使者が、この川沿いの道を行き交うようになった。
恋文を懐に入れた若者。
疫病に怯える旅人。
彼らは皆、この川の水を飲み、顔を洗い、そして、それぞれの運命へと旅立っていった。
私は、その一人一人の顔を、今も覚えている。
時代は、静かに、しかし確実に流れていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第一章、第三章の主人公たちの姿が、女神の視点から語られました。
同じ歴史でも、視点が変われば、また違った風景が見えてきます。
川は、すべてを知っていたのですね。
さて、時代は下り、戦国の世。
瀬野川は、悲しい色に染まることになります。
次回、「戦乱の炎」。
女神が見た、悲劇の記憶です。
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