「三人斬り岩」と鉄道工夫の叫び 第3話:消えた三人
作者のかつをです。
第十五章の第3話をお届けします。
ついに、起きてしまった悲劇。
今回は、その決定的な瞬間を、主人公・佐吉の混乱した視点から描きました。
積もり積もった憎悪が、最悪の形で爆発してしまいます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その日、事件は起きた。
三郎が、作業中に足を滑らせ、資材の材木を数本、谷底へと落としてしまったのだ。
それは、誰にでも起こりうる些細なミスだった。
しかし、監督は鬼の形相で、三郎に掴みかかった。
「この、能無しが! 貴様のせいで、どれだけ損が出たと思っているんだ!」
監督は、三郎を地面に引き倒し、容赦なく足蹴にし始めた。
三郎の、苦痛に満ちたうめき声が響き渡る。
「やめてください!」
佐吉が、思わず叫んだ。
辰夫も、監督の腕を掴み、制止しようとした。
「監督! もう、そのくらいで!」
しかし、その行動が監督の狂気に火をつけた。
「なんだ、貴様ら! このクズどもが、俺に逆らう気か!」
監督は、腰に差していた刀を抜いた。
それは、元士族としての彼の唯一のプライドの証だった。
しかし、その刃は今は狂気の光を宿していた。
「……ひっ」
工夫たちの間に、恐怖の悲鳴が上がる。
「もう一度、言ってみろ。俺に、逆らうのか、と」
監督は、刀の切っ先を辰夫の喉元に突きつけた。
その時だった。
「……やめろおおおっ!」
佐吉が、叫びながら背後にあったツルハシを手に取ったのは。
それからの記憶は、佐吉には断片的にしか残っていなかった。
辰夫の絶叫。
三郎の泣き声。
そして、監督の獣のような怒声。
最後に見たのは、振り下ろされるきらめく刃と、天に向かって噴き出した真っ赤な血しぶき。
……気づくと、佐吉は森の中を一人夢中で走っていた。
何が起きたのか、わからない。
ただ、ここから逃げなければならない。
その本能だけが、彼の足を動かしていた。
どれだけ、走っただろうか。
彼は、木の根に足を取られ、転んだ。
そこで、彼の意識は途切れた。
翌日。
工事現場では、奇妙な噂が囁かれていた。
昨日の夕方から、あの口うるさい監督と、そして佐吉、辰夫、三郎の三人の工夫の姿が、忽然と消えたのだという。
四人は、一体どこへ消えてしまったのか。
真相を、知る者は誰もいない。
ただ、あの巨大な岩壁のどこかから、獣のうなり声のような、不気味な風の音が聞こえてくるだけだった。
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「三人斬り岩」の伝説には、いくつかのバリエーションがありますが、その多くに共通しているのが、「工夫と監督の間のいさかい」が事件の発端であった、という点です。そこには、当時の過酷な労働環境が色濃く反映されています。
さて、一人森の中へと逃げ込んだ佐吉。
彼はどうなってしまうのでしょうか。そして、消えた三人の行方は。
次回、「岩に滲む血」。
物語は、伝説の核心へと迫ります。
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