大山刀鍛冶、最後の一振り 第3話:父の教え、息子の迷い
作者のかつをです。
第二章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、主人公・宗近の内面に深く迫り、彼が抱える葛藤を描きました。
父の言葉と厳しい現実。その狭間で揺れ動く、若き職人の苦悩を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その夜から、宗近はたたら場に泊まり込み、鉄の選定を始めた。
父が生涯をかけて集め、そして打ち上げた玉鋼。その中から、今回の作刀に最もふさわしい魂を持つ鋼を見つけ出さなければならない。
彼は一つ一つの鋼を手に取り、その重さ、肌のきめ、叩いた時の音を五感を研ぎ澄ませて感じ取っていく。
それは鉄との対話だった。
(違う……。こいつは荒々しすぎる。もっと静かで澄んだ魂を持つ鋼は、どこだ)
寝食を忘れ、鋼と向き合う日々。
そんな彼の脳裏に、不意に今は亡き父の言葉が蘇った。
病床の父は痩せ細った手で、宗近の手を握りこう言ったのだ。
「宗近よ、よう聞け。刀は人を殺めるための道具じゃ。じゃが、わしらはただの殺しの道具を作っているのではない。刀にはな、魂を込めねばならん。持ち主の、そして民の安寧を守るための魂をな」
当時の宗近には、その言葉の本当の意味がわからなかった。
人を殺す道具に、どうやって人を守る魂を込めるのか。
あまりにも矛盾した言葉に聞こえた。
「父上、俺にはわかりませぬ。俺が打った刀で誰かが死ぬ。その罪を、俺はどう背負えば良いのですか」
問いは答えを得られぬまま、父の死と共に彼の心に重くのしかかり続けていた。
杉原という武士の、あの鋭い瞳。
彼は確かに「安芸の平和を守るため」と言った。
だが、そのためには敵の血を吸わねばならない。
(俺は、また人殺しの道具を作るのか……)
迷いが、槌を握る手を鈍らせる。
炉の炎が、まるで彼の心の迷いをあざ笑うかのように不気味に揺らめいた。
納期は刻一刻と迫ってくる。
焦りと迷いの闇の中で、宗近はもがき続けていた。
父が遺した「魂を込めよ」という言葉。
その答えを見つけ出さない限り、この一振りは決して完成しない。
彼にはそれが痛いほどわかっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「人を斬るための刀に、人を守る魂を込める」というのは、多くの刀工が抱えていたであろう普遍的なテーマかもしれません。この矛盾とどう向き合っていくのかが、物語の鍵となります。
さて、迷いの闇の中でもがく宗近。
しかし彼は鉄と向き合う中で、少しずつその答えに近づいていきます。
次回、「失われゆく技」。
彼の、孤独な鍛錬が始まります。
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