磐座の巫女と東からの旅人 第1話:神託の途絶え
はじめまして、作者のかつをです。
この度は、数ある作品の中から『瀬野郷土史譚~忘れられた丘の上の物語~』の最初のページを開いてくださり、誠にありがとうございます。
この物語は、私たちが暮らす郷土が、まだ名前もなかった時代に、その礎を築いた「知られざる土地の人々」の物語です。
記念すべき最初の章は、瀬野という地名の由来になったとされる、生石子神社の伝説に光を当てます。
歴史の知識は一切不要です。
ただ、故郷の風景の裏側に眠る、人間ドラマとして楽しんでいただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
それでは、壮大な郷土史の旅へ、ようこそ。
広島市安芸区瀬野。
町の喧騒から少し離れた丘の上に、生石子神社は、まるで時が止まったかのように静かに佇んでいる。境内には、苔むした巨大な磐座がいくつも鎮座し、その表面に刻まれた風雨の跡が、太古からの記憶を今に伝えている。
この「瀬野」という地名。
その由来を辿っていくと、遠い神話の時代、一人の巫女と、東を目指す旅人たちの、壮大な物語に行き着くという。
これは、私たちの故郷が、その名を与えられた、始まりの物語である。
◇
陽は、大地を容赦なく照りつけていた。
瀬野川は痩せ細り、川底の泥は乾いて白い亀裂を晒している。田畑は見るも無残に枯れ、村全体が熱病にうなされているかのようだった。
村の長老や男たちが、険しい顔で、一人の少女を取り囲んでいた。
少女の名は、ヒナタ。
この地に坐す、生石子の神の声を聞く、最後の巫女だった。
「ヒナタ様。神は、まだ何もお告げになりませんか。このままでは、村の者たちが干上がってしまいますぞ」
長老のしわがれた声が、ヒナタの胸に突き刺さる。
もう、何日も、何日も、灼熱の磐座の前で額を地にこすりつけ、祈りを捧げている。かつては潮騒のように、時には木々のざわめきのように聞こえていた神の声は、今はぴたりと止み、耳鳴りのような蝉の声と、風の音だけが空しく響くだけだった。
雨乞いの祈祷も、効果はない。
村人たちの視線が、日増に厳しく、そして冷たくなっていくのを肌で感じていた。期待が、失望に。そして失望が、疑念に変わり始めている。
(神は、私たちを、見捨てられたのか……。それとも、私に、もう神の声を聞く資格がないというのか)
ヒナタは、唇を固く噛みしめた。
巫女としての、己の無力さが、ただただ悔しかった。
その日も、答えを得られぬまま、重い足取りで磐座を下りる。乾いた土埃が舞い上がり、喉をいがらっぽくさせた。
その時だった。
村の外れ、西の峠道の方角が、にわかに騒がしくなったのは。
「なんだ、あれは!」
見張りの男が叫ぶ。
陽炎の向こうから、見たこともない出で立ちの一団が、亡霊のように現れたのだ。その手には、鈍い光を放つ青銅の剣や矛が握られている。
村に、緊張が走った。
男たちは慌てて鍬や鋤を手に取り、女子供を家の奥へと隠す。
それは、ヒナタの、そしてこの村の運命が、乾いた大地を揺るがす音と共に、大きく動き出す予兆だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第一章、第一話いかがでしたでしょうか。
物語の主人公は、神の声が聞こえなくなった巫女・ヒナタです。
彼女の苦悩と、村が直面する危機。そこに現れた謎の集団。
次回、「西からの来訪者」。
物語のキーパーソンとなる、傷ついた旅人が登場します。
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひページ下のブックマークや、☆☆☆☆☆での評価をいただけると、執筆の大きな力になります。
それでは、また次の更新でお会いしましょう。
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