第一章 第二話 はじめてのたたかい
ぬるり──。
床の隅で、不自然な動きがあった。
まるで水たまりが自力で立ち上がるように、青く半透明の物体がゆっくりと蠢く。
「……う、うそ……あれ、なに……?」
愛華の声が震える。新も言葉を失った。
それは──スライムだった。
ゲームや物語で何度も見聞きした、定番の最弱モンスター。けれど、現実のものとして目の前に現れると、その光沢も動きも、不気味を感じさせる。
「……いや、でも、これは……どうすればいいんだ?」
新は小さく息を吐いた。心臓は早鐘のように打ち続けている。それでも、目の前のスライムには、人のような形もなければ、表情も感情もない。
(“これ”なら……まだ、“ゲーム”みたいに割り切れる……!)
腰に差したナイフを手に取り、ぐっと握る。冷たい金属の感触が、少しだけ現実味を与える。
「愛華、一応下がってて。」
「……うん、気をつけてね」
スライムが床を這うようにじわりとにじり寄ってくる。音もなく、ただ粘液の擦れるような音が静かに響いていた。
距離はあと3メートル。
新はひとつ深呼吸し、意を決して駆け出した。
「──はああっ!」
ナイフを振り下ろす。だが──
ぶにゅん、と手応えが抜ける。
刃が通らないわけではない。だが、切った感触がまるでない。まるで水を叩いたように、勢いだけが滑る。
「なっ……!」
スライムが反撃するように、ぬるりと触手状に体を伸ばし、新の足首に絡みつこうとする。
「っ、くそっ!」
足を振り払って距離を取る。その間に、愛華の声が響いた。
「 ──あらた!」
愛華の声に反応してスライムの動きが一瞬止まる
新はチャンスとばかりに再び飛び込む。今度は迷わず、真上からナイフを突き立てる──。
ぬちっ、という音とともに、スライムの身体が波打つ。
抵抗するように体を暴れさせるが、新は離さない。ナイフを深く押し込むように、渾身の力を込めた。
数秒の攻防──
そして。
スライムの体が、ぶしゅ、と音を立てて崩れた。
液体が床に広がり、光を失った青い核がカランと転がり消える。
【スライムを討伐しました。10ptを獲得しました】
【初討伐ボーナスを獲得しました。】
アナウンスの声が、空気のように響いた。
静寂。新はその場に座り込み、ナイフを持つ手が震えていることに気づいた。
「……た、倒した……」
「……すごいよ、新……!」
愛華が駆け寄り、胸元に手を当ててほっと息をつく。
「すごい……けど、怖かった……」
新は無意識に、ナイフを見つめた。スライムの粘液がこびりついた刃が、微かに光を反射する。
(……これが、“戦い”……)
それでも、まだこの時の新は、どこかで“現実じゃない”という希望にすがっていた