第ニ章 第十八話 こちらを見つめる瞳と甘味
密林のような空間に慣れてきたとはいえ、フェングレイ・ウルフたちの連携はなおも厄介だった。
「スラッシュ!」 新の刀が鋭く閃き、一体のウルフを地に沈める。だが、すぐに別の個体が側面から飛びかかる。
「フラッシュ!」 愛華の光が弾け、突進してきたウルフの視界を奪った。
連携は形になってきていたが、それでも一体一体が速く、しつこく、鋭かった。
──10分後。
ようやくウルフたちは怯え、群れの統率を失って撤退していった。
《敵性存在群撃退確認──報酬:90ポイント加算》 《ドロップアイテム:獣皮×1、牙×2》
「ふぅ……なんとか、ね」 「数が多いとやっぱりしんどいな……。俺の刀、これ、もう限界だ」
新の刀には小さな刃こぼれが何箇所もできていた。
「私も、魔法の連発で魔力の消費がきつい……光魔法のレベルは上げてきたけど、まだまだ詠唱のスピードが追いついてない……」
ふたりは息を整えながら、再び探索を続ける。 やがて、岩壁の裏に隠れるようにしてぽつんと佇む扉を発見した。
「……あった、セーフゾーン」
同時に、さきほど倒したウルフの牙が光を放ち、消滅した。 直後、静かなアナウンスが流れる。
《安全地帯“セーフゾーン”を確認。内部は完全安全区域です》
「よし、今日はここまでにしよう」
二人は慎重に扉を開き、慣れた構造の部屋の中へと足を踏み入れた。 焚き火用のスペース、給水口、設置用スロット。 これまで何度か見てきた、見慣れた“生活圏”の再現だった。
「不思議だよね、何故かこの部屋だけ、いつも同じ……」 「まるで、誰かが意図的に……って思うけど、今はこの安全がありがたい」
焚き火に火を起こし、暖をとる。 疲労と緊張からようやく解放され、二人は小休止を取った。
ふたりはこの層での経験を振り返った。
「装備、そろそろ替え時だよな」
「うん。魔眼が教えてくれる敵の強さが、ほんとに全体的に上がってる。連携とか、スピードとか」
新の刀は削れ、愛華の杖も接触点が摩耗していた。物資の再調達、強化は不可欠だった。
──ステータスと所持ポイント:
新:所持ポイント【680pt】
愛華:所持ポイント【570pt】
すぐさま、ふたりはセーフゾーン内のシステム端末で必要な装備を選び始める。
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【装備変更】
《相澤 新》
購入: - 強化鉄刀(攻撃力中・耐久上昇)【120pt】 - 軽装ジャケット(防御力小・機動力維持)【80pt】
残りポイント:480pt
《結城 愛華》
購入: - 強化魔導杖(魔力補正小、詠唱短縮)【150pt】 - 硬質布の外套(防御中・属性耐性微増)※第五層ボスドロップより装備済
残りポイント:420pt
ふたりは最後に、「焼き菓子セット(保存用クッキー5枚入り)」を新が購入。【+30pt消費】
「うわっ、なにこれ……ちゃんとサクサクしてる。バターの味もするし!」
「……うん、美味しい。久しぶりに“地上”の味がした気がするね」
緊張と疲れに包まれた生活の中、ほんのひとときの甘さがふたりの表情を緩ませた。
新は手の中のクッキーを見つめながら、ひとつだけ袋に戻した。
「……一気に食べるのは、もったいないな。もう少しだけ、この味をとっておきたいって思えるよ」
セーフゾーンの外、草の陰で、静かにこちらを見つめる白い影があった。
──一匹の、雪のように白いウサギ。
その瞳はまっすぐに焚き火の明かりを見つめていたが、やがてくるりと振り返り、草の間へと姿を消した。
新が気配に気づき、少し顔を上げる。
「……今、何かいたか?」
「気のせいじゃない? ……でも」
愛華は、かすかな胸騒ぎを覚えながらも、視線を焚き火の揺らめきへと戻した。
それは、まだ知らぬ“出会い”の始まりだった。