第ニ章 第十六話 襲いかかる牙
新と愛華が階段を登りきると、空気が一変した。
湿り気を含んだ風。薄暗い天井から滴る水滴の音。 どこか密林のような匂いと、低く唸るような“何か”の気配。
──第六層。
石壁と金属の気配が支配していた第五層までとはまるで違う、自然を模したような空間が広がっていた。
「なんだろ……森?」
「いや、人工的な匂いはまだ残ってる。けど、これまでより“生き物”が多そうな気配だ」
視界の端を、何かが素早く走り去った。
その気配は、まさに“獣”。
「……動物系かもね。ここからは、そういうモンスターがメインになるのかも」
「気を抜くなよ。数が多ければ一気にやられる」
二人は慎重に進みながら、まばらに生える草木の間を抜け、最初の通路へ。
ほどなくして──草むらの奥から、低い咆哮が響いた。
「──くる!」
木陰から飛び出してきたのは、小型だが機敏な影──
《フェングレイ・ウルフ(牙獣種)》
・群れで行動する習性あり
・機動力高
・噛みつき/跳躍攻撃/威嚇行動あり
「一体だけ……?」
「いや、足音が複数──囲まれるよ!」
愛華がすぐさま反応し、杖を突き上げる。
「ライト、フラッシュ!」
閃光が周囲を一瞬照らし、数匹のウルフがたじろぐ。その隙に、新が跳び込んだ。
「──スラッシュ!」
連続する斬撃が、ウルフの一体を捉える。手応えはあった。が、背後から別の一体が新に飛びかかる。
「くっ……!」
「ホーミング・ドット──!」
三発の光弾が横合いから飛び、新を襲ったウルフの動きを封じる。
「囲まれると一気に動きが取りづらくなる……!」
「数的不利、これは厄介だね」
斬り払っても、別の個体がすぐに補充される。群れとしての連携、スピード、反応力。
まさに“獣との戦い”が始まったと、ふたりは痛感していた。
──10分後。ようやく群れのウルフたちが撤退を始める。
《敵性存在群撃退確認──報酬:90ポイント加算》
《ドロップアイテム:獣皮×1、牙×2》
「ふぅ……戦闘は、勝てたけど……」
「体力、じわじわ削られるね。敵のレベルが全体的に底上げされてるし、一回の戦闘が長い…」
「こっちも、もっと強化していかなきゃ……」
そう語る新の刀は、先ほどの連戦で数か所刃こぼれを起こしていた。
「装備のメンテと、拠点の見直し……。これから、数との戦いになるかも」
「だったら、探索の途中にでもセーフゾーンを見つけないと」
まだこの層でのセーフゾーンは発見されていない。 だがそれでも、ふたりは進むしかなかった。
足音、草を踏む音、唸り声。 どこかで、獣の目が彼らを捉えている。
──第六層、“牙獣の階”。
それは“少数との戦い”から、“数との戦い”への転換点。
そして、ふたりの成長が本格化する層でもあった。