第一章 第十四話 はじめてのボス戦と大きな一歩
第五層。足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
冷たく、湿った空洞。だがそれ以上に、肌を刺す“殺気”が全身を貫く。
《踏破条件──敵性存在“憤怒の斧小鬼”の討伐を確認するまで、このエリアからの退出はできません》
無機質なアナウンスが響いた。
「……やっぱり、ここがボス部屋か」 「戻れない、ってことだね」
二人は静かに武器を構える。新の手には購入した鉄刀。そして愛華の手には、ポイントで交換した木の杖。
──そして。
「グオオオオオオオッ!!」
咆哮と共に、土煙が上がる。吹き飛ぶ岩、響く衝撃。
現れたのは、筋肉と狂気を纏った巨体。金属のような肌、赤熱した双眸。そして、握られた大斧が地面を叩き割った。
《第五層ボス:“憤怒の斧小鬼”》
「……なんだこれ……本当に、ゴブリン……か?」 「完全に別格。絶対気を抜いちゃダメ!」
一瞬で距離を詰める巨体。新がギリギリでかわした刃が、石床を斬り裂いた。風圧だけで体が吹き飛びそうになる。
「……っ、速いし重いっ……! 愛華、サポート頼む!」 「ライト、ホーミングドット・三重連結!」
愛華の光球がエンレイ・ゴブリンに向かって撃ち出される。だがその巨体は、光球を斧で薙ぎ払いながら突進してくる。
「効いてない!? いや、少しは効いてる……けど、鈍らない!」
(今までと違う……スキルの通りも、魔法の通りも全然違う)
新は斬撃スキル《スラッシュLv.3》を発動、連撃を放つ。だが、斧の柄で受け止められた。
「防御までパワー型……っ!」
エンレイ・ゴブリンが怒り狂ったように吼え、地面を踏み鳴らす。そのたびに衝撃で体勢が崩れる。
「……マズい、もう一発来るぞッ!」 「フラッシュ!!」
愛華の閃光で一瞬視界が奪われる。その隙を縫って、新が側面から一閃──だが、かすっただけで斬りきれない。
「……ッ、硬すぎる……っ!」
再び振り下ろされる斧。それを防ぎきれず、新は肩を裂かれ、吹き飛ばされた。
「──新くん!!」
(やばい、体が動かない──)
そのとき、愛華の魔力が一気に集中する。
「ドット、連結。最大出力──!」
三重連光球が一点に収束し、閃光がエンレイの視界を貫く。その瞬間、動きが鈍った。
「今だッ!! スラッシュ・フルチャージッ!!」
新の渾身の斬撃が、エンレイの脚部を大きく裂いた。膝をついたその瞬間──
斧が、唸りを上げながら投擲され、愛華を狙う。
「……ッ──!!」
新の視界に映ったのは、愛華に迫る巨大な斧。
(間に合え──ッ!!)
咄嗟にポーチへ手を伸ばし、指先が触れたのはひときわ硬質な感触──
《オーバーエッジ・カプセル》。
ゴブリン・ローグを倒したとき、極めて低確率でドロップした銀色の小さなカプセル。
“今は使用条件を満たしていません”。
そう、あの時表示されたまま、何も変わっていない。
「……っ、チクショウッ!!」
斧が砂塵を巻き上げ愛華の目前までは迫る。
だがその刹那──
愛華の周辺に展開、待機していた光球が自律的に軌道を変え、咄嗟に斧にぶつかり軌道を変えぶつかる、仕事を果たした光球は閃光を放ちながら破裂しエンレイ・ゴブリンの視界を遮断した。
新はその隙に跳び込むと、斬り上げの一撃を叩き込んだ。
「これで──終われっ!!」
スラッシュ三連。魔眼が導いた急所へ、すべてが通る。
斧が地面に落ち、エンレイ・ゴブリンが膝をついた。
「……倒した、の……?」
「……はぁ……はぁ……」
新はその場に座り込んだ。愛華も肩を落として座り込む。
「ごめん……私、もっと上手くやれたら……」 「いや。お前の光球がなかったら、俺は今ここにいない」
手のひらの《オーバーエッジ・カプセル》が、微かに光る。
(……使う時が、いつか来るんだろうな)
だが、それは“今ではないようだ”。
二人は、互いに微笑み合った。疲れ切った表情のまま、どこか誇らしげに。
「──次は、どんな敵が待ってるんだろうね」 「もう、ちょっとやそっとのゴブリンじゃ驚かないかもな」
彼らは、確かに一歩を踏み出していた。
──本物の、強さへの道を。