第一章 第十三話 小休止と明日への予感
焚き火の明かりが、セーフゾーンの壁に揺らめく。
五層目前、ゴブリン・ローグとの激戦を経て、新と愛華はようやく小休止の時間を得ていた。
「……やっと、落ち着いたね」
愛華がスープを木のスプーンでかき混ぜながら、ふっと息をついた。目の下にはかすかな疲労の影。だが、その眼差しは強く、確かな芯を宿している。
「うん。でも……次が、本番だろうな」
新も、静かに刀の手入れをしながら返す。
「第五層……“ボス”が出るってことだよね」 「たぶん。でも、普通のゴブリンじゃないと思う」
沈黙。 焚き火のパチパチという音だけが、部屋に響いていた。
新は手元のステータスウィンドウを開く。魔眼の表示が、静かに瞬いている。
《魔眼 Lv.5 到達──新たな感覚が開放されます》
「……これ、なんだ……?」
目に映る光景の奥。肉眼では捉えられない“何か”が、微かに揺らいでいた。気配。感情。意思。
(これが……魔眼Lv.5の力? 気配の“質”までわかる……)
視線を向けるだけで、相手の気勢や集中の波が流れ込んでくる。強力すぎる情報が視界に侵入してくることに、新は小さく息を呑んだ。
「……新?」 「大丈夫。ちょっと、目が慣れてなくてさ」
愛華がそっと横に座る。新の頬に手を伸ばし、そっと触れる。
「無理しないで。あのローグとの戦いで、無茶してたでしょ」 「……バレてたか」
二人は微笑むが、その空気の奥にあるのは緊張だった。彼らは知っていた。これまでの戦いは“チュートリアル”に過ぎなかったのだと。
「光魔法、レベルは上げた?」 「ううん。まだ、Lv.4のまま。でも……その分、詠唱の速度は上がってるよ」 「そっか。スキルって、レベルだけじゃないんだな」
互いに顔を見合わせて頷く。
「次、何が出てくるかわからないけど──」
「大丈夫、今の私たちならきっと乗り越えられる」
その夜。二人はセーフゾーンの隅にある“予備の収納箱”に道具を整理し、簡易ベッドに寝転がった。心臓の鼓動だけかやけに大きく響いていた。
翌朝。 階段を前に、ダンジョン内に無機質な音声が響いた。
《踏破条件──敵性存在“憤怒の斧小鬼”の討伐を確認するまで、このエリアからの退出はできません》
「やっぱり……引き返せない、か」
「でも、進むしかない──でしょ?」
そう言って、新は刀の柄を握り直した。 愛華は木の杖を軽く一振りし、光球を浮かせる。
──そして、第五層。最後の扉が、音もなく開かれた。