第一章 第十二話 痛みと教訓
第四層の探索も、5日目を迎えた。数と質を増したゴブリンたちは、もはや“経験値”ではなく“脅威”になりつつある。
それでも新と愛華は、確かに強くなっていた。
魔眼Lv.4、スラッシュLv.3、刀術の精度。 光魔法Lv.4、複数球のドット制御、連続詠唱。
だがこの日── 彼らは、それでも「足りなかった」と痛感することになる。
「新……見て」
愛華が指さした通路の先には、これまでのゴブリンと異なる雰囲気の個体がいた。
その身体はわずかに紫がかり、両手には短剣。 目が血走り、周囲に微かな瘴気をまとっている。
《ゴブリン・ローグ(変異種)》 ・毒状態攻撃 ・連撃 ・物理防御高め、魔法耐性:極小
「これは……マズいな。魔眼でも動きが捉えにくい……」
「引く?」
「いや……ここを越えなきゃ5層は見えてこない」
新が刀を構え、愛華が杖を掲げる。
「ライト!」
先制の光── しかし、ゴブリン・ローグは“瞬間的に目を細め”、反射的に壁へと跳ね、後方へ退いた。
「光に耐性!? でも完全には無効じゃない!」
「……なら、やるしかないっ!」
「──くっ!」
新が一瞬の隙を突かれ、肩を斬られた。 視界がぶれ、足元がふらつく。
「新くん!」
「大丈夫……!かすっただけ──ッ!毒……かよ……!」
体の感覚が鈍くなる。視界の端に赤黒いフィルターがかかっていく。
(このままじゃ……やられる)
そのとき──
「……ドット、連結。フォーメーション2──!」
愛華の声とともに、3つの光球が連動しながらゴブリンの足元へ飛ぶ。
「……っ、いまだ!スラッシュッ!!」
残像とともに、新の刀がゴブリンの胸元を貫いた。
──沈黙。
息を呑む間もなく、敵は崩れ、紫の煙を残して消える。
直後、空間に響く無機質な声が鳴り渡った。
《敵性存在討伐確認──報酬:50ポイント加算》 《ゴブリン・ローグ:レア個体──追加報酬:回復薬(中)×1 付与》
《激レアドロップ発生──《オーバーエッジ・カプセル》取得》
「……新! 解毒薬、すぐ使って!」
「……ああ、わかってる……少し……おさまって……きた」
肩で息をする新の横で、愛華は必死に道具袋を探る。 持ち物、回復薬、解毒薬──そのどれもが“本当の安全”を保証するものではない。
「……ごめん、私、もっと何かできるって思ってた」
「いや、俺だって……もっと避けられたはずなのに」
戦闘後、地面に転がる銀色の小さなカプセルを、新が手に取る。
「これは……」 《オーバーエッジ・カプセル》──使用者のスキル進化を強制的に促す効果を持つが、今の段階では使用できない。
新はそれをじっと見つめた後、静かにポーチへ仕舞う。
毒が落ち着き、ようやく食事が取れるようになった頃。 ふたりは、静かなセーフゾーンの焚き火の前に座っていた。
「スキルって……進化したら、何か変わったりするのかな」
「わかんない。レベルアップは強くなってる感覚はあるけど、進化は何が起こるのかは全然予測できない」
「もし、次に戦った時に……また、新が傷ついたら……」
「その時は、またふたりで立て直すさ」
ふたりは言葉少なに、スープの湯気を見つめた。
今日の戦いで失ったものは無かった。だが、“あわや”は確かにそこにあった。
彼らの心に刻まれたのは、
──「もっと強くなりたい」ではない。
──「強くなくてはいけない」。
それこそが、今日の夜に得た、あまりにも強い教訓だった。