第一章 第十一話 新たな日常と予感
仮拠点となったセーフゾーンは、すでに“ダンジョンにある部屋”ではなく、“ふたりの家”だった。
素材棚には丁寧に仕分けられた薬草や調合品。
水タンクの横には簡易火皿と、スプーンや皿が並び、
その向かいには──ふたりが並んで腰かけられる、小さなベンチが置かれている。
「だいぶ“生活感”出てきてしかもオシャレになってきたよね、ここ」
「そうか?俺は最初とあんまり印象変わんないけどな」
「それって地味に女子に失礼だから、ってか私に失礼だから」
笑いながら、愛華はポットから湯を注ぎ、簡易スープの袋を取り出す。
「ほら、ちゃんと飲んで。今日ちょっと無茶してたでしょ?」
「……してない。してないけど、ありがとな」
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彼らの一日は、すでにある程度ルーティン化されていた。
朝:軽食後に簡易訓練(スラッシュの発動確認や、魔力制御練習)
昼前:ダンジョン探索 → 敵との交戦(ゴブリン変種・アーチャー・トラップ部屋)
帰還後:軽く手当て、昼食、素材整理、魔眼の復習、魔力調整
夜:肉と根菜スープを中心とした夕食、情報共有、今日の反省そして就寝
なかでも夜の食事の時間は、どこか“現実世界”に繋がっているようで、どちらもそのひとときを楽しんでいた。
「明日は、北の方の通路、行ってみる?」
「うん。昨日逃げられた変種ゴブリンの痕跡もそっちに残ってたし」
魔眼Lv.3の視覚で残された“魔力の流れ”が追跡可能になったことは、新にとって大きな戦力強化だった。
一方、愛華の光魔法はLv.4の熟練で安定し、連続詠唱の回数も少しずつ増えてきている。
「……そろそろスキルポイント使っても良くない?」
「それは新くんがピンチになったら考えるよ。もったいないし」
「俺を保険みたいに言うなよ」
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その日、彼らはダンジョンの水場を発見した。
ポイントで設備を強化し、セーフゾーンに“湯を張れる”設備を追加する。
「うわぁ……なんか本当に“お風呂”っぽい!」
「……入ってきなよ。先に。今日はちょっと泥だらけだし」
「ありがとう。じゃ、タオルだけ借りるね」
愛華はそう言って、小さな布を手にして奥へ消える。
しばらくすると、仕切り布の向こうから“ちゃぷ……”と水音が聞こえてきた。
──何か言わなきゃ、と思った。
でも、新は結局、言葉にできなかった。
(落ち着け……落ち着け俺……!)
「新くん、ボディソープってどこだっけー?」
「っ、左の棚っ、左のっ!」
壁の方を向きながら叫ぶ新を見て、愛華は──
後でそっと笑った。
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夜。
焚き火の明かりに照らされる中、新はスラッシュの軌道を何度も確認していた。
愛華は、魔力の球体を並べて、安定性と射出速度を調整している。
「強くなってる実感って、なんか不思議だね」
「なにが?」
「だって、昨日まで苦戦した相手が、今日にはあっさり倒せる。昨日まで不安だった魔法が、今日は頼れる。……でも、“怖さ”って薄れていくんだね」
「それが慣れだろ。怖さに慣れるってのも、必要なことさ」
ふたりは見上げた。
この部屋に天井はあるけど、どこかに“空”を感じる。
この場所を暮らすように受け入れながらも、ふたりは進む。
その先にある“5層”が、ただの階層ではないことを、どこかで感じながら──。