プロローグ
「愛華ッ、来るぞッ!」
叫びとともに、風圧を裂く大斧が振り下ろされる。地面が割れ、破片が跳ねた。土煙の奥から現れたのは、筋肉と狂気を纏った体。
──第五層ボス、“憤怒の斧小鬼”。
金属のような肌、赤熱する両目、何より一振りで人間を叩き潰せそうな斧。三度目の咆哮が洞窟の空間を満たした。
(本気だ、今回は──やるか、やられるか……!)
膝が震える。だが新は、逃げなかった。いや、逃げられなかった。
背中にいる少女──愛華を守る。それだけが、彼の行動の理由だった。彼女を、あの平和で優しい日常に戻すために………
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「ねーあらた、またパンだけ? それ栄養偏ってるよ」
制服姿の少女が、髪をかき上げながら新の隣に腰を下ろす。昼休み、晴れた日の屋上。柵越しに広がる青空。日常の音。まさに“いつも通り”。
「いいんだよ。今日はあんパンとカレーパンって決めてたから」
「なんでよ……。ほら、私の卵焼き食べなよ。ちょっと甘めだけど」
「……お、もらう」
くだらない会話と穏やかな時間。世界が止まっていたかのような瞬間だった──その“直後”。
「──っ!? 揺れてる……!」
突然の激しい揺れ。地震。警報も前触れもない。立っていられないほどの縦揺れが屋上を襲い、新と愛華はそのまま、崩れ落ちるように視界を手放した。