卵売りの日常
村の朝は早い。鶏たちがコケコッコーと鳴き始める頃には、レイはすでに目を覚ましていた。
小さな木造の小屋で暮らす彼にとって、朝の時間は大切な仕事の始まりだった。薄い毛布を払いのけ、ベッドから立ち上がる。軽く伸びをすると、軋む床板が小さく鳴った。
「ふぅ……さて、今日も頑張るか」
顔を洗い、簡単な朝食を済ませると、レイは鶏小屋へと向かった。扉を開けると、鶏たちが元気よく動き回っている。
「おはよう、みんな」
レイが声をかけながら足を踏み入れると、鶏たちはエサを期待して彼の足元に寄ってくる。慣れた手つきで穀物を撒きながら、一羽ずつ健康状態を確認する。
「よし、今日も元気そうだな」
巣箱を覗き込み、産みたての卵を一つずつ丁寧に籠に入れる。
卵売りとして生計を立てているレイにとって、これは重要な仕事だ。村の人々は彼の卵を楽しみにしているし、定期的に卵を届けることで信頼も築ける。
ひと通り回収を終えた後、レイは腰に短剣を装備した。
(そろそろ、森の様子を見に行くか)
村の近くには小さな森が広がっている。木の実やキノコを採取できるだけでなく、時折魔物が出るため、村人たちはむやみに足を踏み入れない。
レイは卵売りであると同時に、村の安全を守るための簡単な魔物退治も引き受けていた。彼が幼い頃、村を訪れた冒険者に戦い方の基本を教わり、それを活かしているのだ。
森に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。太陽の光が木々の間から差し込み、静かな時間が流れている。
しかし、その静寂は突然破られた。
「ギギッ! ギャギャッ!」
耳障りな叫び声が聞こえた。レイは反射的に物陰に身を潜め、音の方向を探る。
(……ゴブリンか?)
視線の先、数匹の小柄な緑色の魔物が何かを漁っていた。
ゴブリンは知能こそ低いが、集団で行動することが多く、油断はできない。今回のように数が少ない場合は倒せるが、不意を突かれれば危険だ。
レイは短剣を握りしめ、息を殺して慎重に近づいた。
――一瞬の静寂。
そして、レイは迷いなく駆け出した。
ゴブリンの背後に回り込み、喉元を鋭く切り裂く。一体が苦しみながら崩れ落ちると、残る二体が驚いたように振り向いた。
だが、レイの動きは止まらない。
一本の木を蹴り、勢いをつけて飛び上がる。振り下ろした短剣がもう一体の頭に深く突き刺さった。
最後の一匹が怯えて後ずさる。
レイはすかさず地面の木の枝を蹴り上げ、ゴブリンの顔面に直撃させた。怯んだ隙に喉を斬り裂く。
戦闘が終わり、レイは短剣を拭いながら辺りを見回した。
(さて、何を漁っていたんだ……?)
ゴブリンたちがいた場所に目を向けると、そこには奇妙な石が転がっていた。
「……これは?」
一見ただの石。しかし、手に取ると不思議な温かみを感じた。
レイはじっとそれを見つめた。なぜか、離したくないと思った。
結局、理由も分からないまま、彼はその石を持ち帰ることにした。
その夜――
レイは不思議な夢を見た。
暗闇の中で、雷鳴が響く。黄金の光が降り注ぐ。
そして、遠くから誰かの声が聞こえた。
(何かが……始まる)
目を覚ましたレイは、胸のざわつきを抑えながら、そっと懐に抱いた石を撫でた。
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