表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻(とき)吸いの魔女  作者: かもライン
愛しの人を、赤ちゃんにしてしまったら
8/20

after 1 その翌朝

 あら、窓の外が明るい。朝が来たのね。


 夜、あれから何度か突かれて起き、母乳をあげてオムツを換えて、早い時で1時間。長くて3時間。ウトウトしては起き、また寝てを繰り返し、眠い。

 今は大丈夫みたいね。と思って隣を見た。


 え? いない。

 どうして!?


 優子は、飛び起きた。


「え? 健太クン。健太クン!?」


 起きて、部屋を出た。暗い廊下の電気を付ける。いない。

 突き当りのダイニングに行く。


 そうしたら、そこに簡易的なベビーベッドのバウンサー(※01)があり、百合子がその横の椅子に座っていた。


「あら? 優子。おはよう」

「え、百合子。健太クンは?」


 見ると、健太はそのバウンサーで哺乳瓶を咥えて、ご機嫌そうにしている。


「え、あ、健太クン。良かった。でもなぜ?」

「あー、あんたがそんな事言う?」

 百合子は、けだるそうにこっちを向く。


「夜が明けてトイレ行こうとして、あんたの部屋から健太くんの声が聞こえてドア開けたら、健太くんがあんたをツンツンしながら『う~う~』言っていたのよ」

 あ。そんな状況だったんだ。眠くて起きられなかったからなのか?


「でもって健太くんに『お腹すいたの?』って聞いたら、うんうんって大きく頷いたわ。まだ首も据わっていないのに」

 あ~。何となく想像できる。


「だから、健太くん連れだして、ミルクあげていたのよ。ついでに色々話をしたわ」

「え、話?」

「言っとくけど、健太くん。ちゃんと話できるわよ。まぁ舌とか唇とかが未発達だから、『あ~』とか、『ぶ~』とかしか言えないけど、その言葉に合わせて言いたい意思が伝わってくるから、それ位ならあなたでも聴こえるんじゃない?」

「そうなの? そうなの? 健太くん」

 優子は、健太のベッドに寄り添うように近づいた。


「ま~~う~っ」『あ、優子さん/だっこして/ミルク下さい』


 あ、ああ。何となく分かるわ。

 ちょっともどかしいけど、以心伝心みたいな。

 言葉と同時にいくつか意思が流れてくる感じ。優子自身も、魔女としての力がUPしてきているかもしれない。


 まぁ仕草や表情も含めて伝わってくるから、隠そうとしている相手の心を読もうとするより、意志が読み取りやすい。


 健人は哺乳瓶から口を離し、両腕を優子の方に伸ばす。


「そう? やっぱりママがいいのね?」

 百合子はちょっと拗ねたように、自分用に作ったホットミルクをマグカップで飲んでいた。これは、ミルクを美味しそうに飲んでいる健太につられてか?


「さぁ、ママですよぉ」

 優子は両腕を伸ばす健太に応える様に、持ち上げて抱く。

 健太も抱いた優子の身体にしがみつく。


「あらあら」

 優子は百合子の隣の椅子に座って、パジャマのボタンを外し母乳を与えた。健太は、そのおっぱいにかぶりついて飲み始める。


「まぁそうだろうね。母乳の方が良いだろうね」

「うんうん」

 必死で母乳を飲む健太を見て、満足そうに優子も微笑む。


「まぁ市販のミルクより母乳の方が多分美味しいだろうし、栄養的にも、また免疫成分も含まれているし、何より!」

 百合子はビシっと健太の方を指さす。

「大好きなひとのおっぱいを口にする大義名分!」

「何それ?」

「だって健太くんの方から『優子さんのおっぱい! 優子さんのおっぱい!』って心の声がダダ洩れ」

 健太は一瞬、ギクっ!と固まる。


「い~の、私のおっぱいは全部、健太くんのモノ」

「あ~、こんなところで惚気?」

 再度、ふてくされたようにホットミルクを口にする。


 しばらく、ゆっくり健太が母乳を飲むのを見ていたが、充分飲んで口を離したところで、百合子は切り出した。

「それよりね、さっき話していた健太くんとの会話。まずは健太くんが直接言った方が良いんじゃないかな?、今はしゃべるのも大変だから、細かいフォローは私が代わりに言ってあげるけど」


「むわっ」

 健太は、言われて優子を両腕で押す。

 優子も抱きあげていた状態からちょっと離し、健太と顔を正対する。


「あぉ」『あの……』

 そう言いながら、健太はすこし難しい顔になる。


「う~ぉぁむ、え~ぉ」『優子さん、結婚して下さい』

「え~~~~~っ!?」

 優子は真っ赤になって照れる。まさか今、こんな状況で言われると思わなかった。

 嬉しいやら、何か違う感やら、気持ちは複雑だ。


「あのさぁ優子、舞い上がっているところ悪いけど、補足しておくね。コレって結構、健太くんからしたら切実な問題だからね」

 水を差すような口調で百合子は割り込んでくる。


「とりあえず、私たち魔女の事は説明したわ。遺伝子とかは関係なく、魔女のお腹から生まれた子供は魔女になる資質を持つ。DNAとは関係なしで、出産という行為がおそらく儀式魔法になっているんじゃないかという事と。でもって、これ以外に魔女の血統を引き継いでいく方法はない。でも魔女は通常の性行為での受精は難しいから、色々と試行錯誤から子供を作ってきた。今回の性行為の相手を卵子にまで戻して胎内回帰からというのもその一つだと。まぁこういう事情だけは先に理解して貰わないといけないからね。でもね」

 ちょっと、間をおいて


「でも、そんな事情は健太くんの人生とは関係ない。あくまでも、こっちの都合。それでも健太くんは受け入れてくれたわ。自分の身体が赤ちゃんに戻って、健太くんとしての人生は完全に終了しちゃったけど。でもだからこそ、そんな健太くんの人生は償わないといけない。これは、私達の最低限の義務よ」

「え? ええ。うん」

 それがなぜ結婚なのか、分からない。


「突然終了しちゃった健太くんの人生。そのフォローをする為に、手っ取り早い方法が、まず貴方達の結婚なのよ」

「結婚って、でも」

 健太くんはもう、赤ちゃんに、しかも女の子になっちゃって。そんな健太くんと結婚するって、どういう事?


「まだ良く分かっていない様ね。こうなって一番最初にしないといけない手続きは、この子の出生届を出す事なのよ。貴方の娘として」

「ええ、それはそうだけど」

「だからその時、貴方が健太くんと結婚していなかったら、この子は書類上私生児になっちゃうわよ」

「あ、ああそうね」

「まぁ世間一般の話になるけど、ててなし子って可哀そうじゃない? このの人生としても」

「ん? まぁそう、なのかな? やっぱり」

 微妙に、ピンと来ない。


「それと、健太くん自身の人生をソフトランディングさせる為にも、貴方達を夫婦にしておいた方が簡単なのよ。世間的にも」

「せ、世間的って」

 百合子は一旦咳払いして、切り出す。


「まず今日は最初に、健太くんの会社に電話しないといけない。休みの報告を入れないと。まぁ今後ずっと健太くんが会社に行く事は出来ないから、それ以降に退職の手続きもしないといけないけど、まず今日の時点では休みの報告ね。

 でも電話を本人からは出来ないから、貴方がする必要があるの。その時に関係を聞かれた時、まさか赤の他人ですという訳にはいかないから、まぁ妻ですとか同棲している彼女ですとか言わないといけないでしょ。私が健太くんの母親に成りすましても良いけど、後々ややこしいしね」

「つ、妻……」

 優子はちょっと顔を赤くした。


「仕事上、今日の時点で健太くんが抱えている仕事の件で、本人を呼ばれる事も無いとは言えないから、まぁ今だからコロナとかインフルエンザにかかって具合悪くて起きれませんとか言えばいいんじゃないかなって思う。そしたら、しばらく出勤できない理由にもなって、毎日毎日連絡しなくてもいいし。今日が25日だから、このまま隔離期間に入ったら年末の休みに突入すると思うから、次の連絡は年始明けになるかな? そしたらその時にまた新しい事情も考えましょ」

「あ、ああ。うん」

 いきなり事情が現実的な話で埋められてきた。


「健太さんが住んでいた所の解約もしないと。で、その時も、貴方が妻として手続きするのが一番なの。家具とかは大半は処分する事になるけど。あ、それと」

「うん」

「健太くんからの依頼でね。健太くんの財産。財産というか遺産みたいなものだけど、その部屋の物とか、銀行の預金とか、全部こっちに委託するからって。まぁ本人自身がもう、どうする事も出来なくなっちゃっているけど。特に銀行預金とかも妻の立場なら、出し入れしても問題無いんじゃない?。まぁこっちで使うのではなく健太くん自身の今後の養育・教育資金ので使ったら良いと思う。まぁ残高、いくらあるかは知らないけど」

 その具体的な金額までは、あえて聞かなかったし、健太もあえて言わなかった。

 でも実は意外と堅実に貯金していた様で、預金残高に2人共ちょっと驚くことになるけど、これは後の話。


「それとこれが一番重要な話。健太くんの実家の両親に、この結婚とか出産とかを伝える必要があるの。さっきちょっと考えたんだけど、本当にこれ、事前に段取りが出来るなら、こんなにややこしい筈無いのにって、思える位もどかしい。でも今のこの現状をキチンと実家の両親に、シナリオ作って説明しないといけない」

「シナリオって、どういう?」

「説明するのは結婚と出産の経緯。両親が聞いてどう思うか。なにより、本人はもういないって事を、死んだことにするのか、失踪したことにするのか。きちんと考えないと」

「え、ええっ!!」


 さらに現実的な事を突き付けられた。状況によってはお葬式する必要もあるのかな? とか頭の中に思い浮かんでくる。

「何より本人不在の状況で、結婚して妻がいて、さらに子供もいる。そんな事、何で今まで秘密にしていた? って思う筈よ。両親とかにしたら。」

「あ、それちょっと……」

 本当にややこしい。出来ればパスしたい。でも駄目なんだろうな。


「あ、今、パスしたいって思ったでしょ。絶対ダメよ。これは最低条件。それをしないと健太くんは実の両親との縁が切れちゃうから、これが最低限の償い。

 とりあえず、この状況さえ説明できれば、健太くんと両親と、親子ではないけど、祖父母と孫って形にソフトランディングできるの。じゃないと可哀そうでしょ」

「あああ、ううう……」


「まぁいざという時は、私も一緒に付き添ってあげるから。まぁ場合によっては健太くんのかたきみたいな目で見られるかもね。

 でも大丈夫よ。このがいるから。最低限、孫娘がいるって事は喜んでくれると思うのよ。実際にはその当の息子だけど。ああ、ややこしい」

 本当にややこしい。

 健太くんも、うんうんと頷いている。


「で、状況は理解した?」

「う、うん」

 渋々ながら了承。


「じゃあまず今、何よりするべき事をするわね」

 百合子は、優子の膝から健太くんを抱き上げ、再度バウンサーに寝かせた。座らせたいけど、さすがに生後1日未満の健太は、背もたれがあっても自力で座れない。


「分かる? これはケジメだから」

 そう言いながら、百合子は2人の前に立った。


 左手に何か本を持つ仕草で、右掌を2人の前にかざし、そしてコホンと咳をして、自身を落ち着かせ、真面目な表情になった。


「新郎・倉岡健太よ あなたは優子を妻とし

健やかなる時も 病める時も

喜びの時も 悲しみの時も

富める時も 貧しい時も

これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い

その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「あう!」

 健太は小さく頷いた。


 そして、優子の方を向き、

「新婦・春風優子よ あなたは健太を夫とし

健やかなる時も 病める時も

喜びの時も 悲しみの時も

富める時も 貧しい時も

これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い

その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「は、はい」


 突然始まった結婚式に戸惑いながらも、これが健太として最後の儀式なんだと実感する。逆に言えば、誓いの言葉をするまでは、まだ健太くんは対等の立場だが、これが終わればもう、親子。それも母と娘の関係になる。


「では誓いの口づけを」

 優子は健太を抱き上げ、その唇と唇を合わせる。

 そう。これが最後の儀式。

 目を閉じ、ゆっくり時間が過ぎる。


 百合子もそれを、ゆっくり見守る。

 ゆっくり。

 ゆっくり。

 ゆっくり。

 ゆっくり……。

 次第に健太がピクピク動く。やがてピクピクはジタバタになる。優子はその腕を離さない。


「ちょっと、優子!」

 百合子は慌てて2人を引き離す。健太がゼーゼー大きく息をしている。


「健太くんが死んじゃうでしょ!!」

 健太も、はぁはぁと息を整え、

「うぃふぁおわぁぇうわぁ!!」『舌を入れるな!』


 本当なら、この後に百合子から結婚成立の宣言を入れる筈だったのだが、見事にすっ飛んだとか。


※01 バウンサー

 赤ちゃんを寝かせるために使う、ベビーベッドというより ゆりかご である。普通のゆりかごが、前後にゆらゆら揺れるのに対し、バウンサーは全体がバネの様になって、ビヨヨンビヨヨンと縦に揺れる。

 大人が外から揺らしてあげなくても、赤ちゃん自身の動きでも結構揺れる。

 ベビーベッドより場所をとらないし、軽いし、持ち運びも楽なので、ベビーベッド以外の居場所作りに、何かと重宝する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ