today (前編)レストランでの出会い
その日はクリスマスイブ。
百合子と優子は、とあるレストランに前々から予約入れていた。とても楽しみにしていたのだが、その日突然取引相手先からのクレームが入り、現地対応する必要が出来た。
「仕方ない。私が行ってくるから優子は予定通り食べてきて」
「食べてきてって、私一人で?」
さらに残念なことに、会社のスタッフや他の知り合いに声をかけたけど、景子は家族とクリスマスを過ごす予定があったし、里枝も出来たばかりの恋人と。涼子は楽しみにしていた推しのクリスマス・ライブがあって、実花に至っては、その日もまだ海外出張中から帰れずで日本にいなかった。
つまりは皆が皆、別の予定が入っていて、優子との夕食に付き合ってくれそうな人はいない。やはりクリスマスの夜というのが大きい。
しかも今夜予約していたのディナーのコースは、無理言って特別大きなヨーロッパ産オマールエビを仕入て貰った特注コースなので、もうキャンセルは効かない。というか、キャンセル料は100%分。
「仕方ない。私一人で行ってくるわ」
料金は2人分。食べるのは1人。もったいないけど、全部無駄にするよりは良い。
代役は見つからなかったけど、どちらにせよ百合子と一緒じゃないなら今回のコースの魅力も半減だ。後で、美味しかった報告だけを入れる為にも、しっかりと食べようかと出かけた。
☆
レストランに着いた。
入口で、2人の予定だったが急遽1名のみになった旨を告げ、とても残念がられた。元々、馴染みにしていた店で、贔屓にしてもらっている。
さて席に着いて落ち着いた時、入口からちょっと渋い声が聞こえてきた。
どうやら飛び込みで、予約は無いらしい。
見ると背はかなり高い。体格もがっちりしている事はコートの上からでも見て良く分かる。 ああ、何か良さそうな人ね。
凄味があるのに口調は丁寧で柔らかい。真面目そうな人なのか?。あのコートの下の体格も格好良い。これから同じ店内で食事を取るなら、声聞いたり拝見できるチャンスあるかも。
でも、残念ながら、今日は予約でいっぱいらしく断られて帰ろうとしていた。
あら、帰っちゃうの?
思わず優子は立ち上がっていた。
「あの」
帰ろうとしていたその男が、こっちを向いた。
さっぱりとした短い髪。全身ゴツい体育会系かと思ったら、意外と愛嬌のある顔。ややタレ目気味で童顔。ちょっと優子好みかも。
目が合った。
いきなり呼び止められ、困惑気味の表情。何か可愛い。
優子の中の直感が囁いている。
この人は絶対に、悪い人ではない。
「あの、相席で良ければ、ご一緒しません?」
ちょっと笑顔を作って話しかけた。
考えてみたらこれまで、わざと誘われスポットとかに顔を出すことはあったが、いつも声かけられる待ちで、今回の様にこちらから声をかけるなんて初めてだった。
いきなりの誘いに、彼も当惑していた。
「えと、いいんですか?」
思ったより若い。30歳前後?。こういうのに慣れていないのか、少しオドオドしている感じ。
「ええ、よければ。本当は2人で来る予定だったけど、急な予定が入ってしまって。でも予約キャンセルするとお店に迷惑だったから、1人で来たところなの」
ここは正直に言う。
実際、本当に誰か一緒に夕食出来る相手は探していた。でもまさか行きずりで、しかも現地調達するとは思わなかった。
「でも、クリスマスに2人の予定って」
どうしようか迷っている感じ。
あ、そうか。ひょっとして、私が人妻と思って、しかも夫とかと来る予定だったのかと思って、遠慮しているのかも。
だから、とびきりの笑みを作って、
「あら違うのよ。一緒に来る予定だったのは、同僚の女性よ。急な出張が入っちゃって、彼女も楽しみにしていたのだけど」
それを聞いて、彼もやっと緊張を解いた。
「そうなんですか。なら、せっかくなので」
そのやり取りを聞いて、ウェイターも案内を始めた。
テーブルの正面でウェイターは彼からコートを預かり、席に座らせた。さっきまで追い返そうとしていた事から180°反転して歓迎モードに切り替える。一連の動作に無駄がないのが実にプロの仕事だ。
座った彼と正対する。
改めて、とても魅力的な男だった。
「こんな日こんな所で一人食事に来るって、もしかして彼女にフラれちゃった?」
ちょっと意地悪な質問をしてみた。
「それだったらまだマシですよ。少なくとも彼女がいたって事ですから。そういうのは、ここ数年ご無沙汰ですから」
ちょっと照れながら、彼は言う。
「そうなの? それは良かったわ」
「え?」
ここで、ちゃんと先に説明しておかなければ。
「私もずっと一人よ。一人で寂しかったの」
途端に、彼がドキンとしたことが表情で分かった。
あぁ、私って思ったより悪女かもしれない。
ちょうど良いタイミングでウェイターが綺麗な透明緑色したワインの瓶を持ってテーブルに現れた。
「ご注文のコンタディ•カスタルディ フランチャコルタ ブリュット スティレです」
そう言いながら、それぞれのグラスに注いでくれる。
注いだ底から大きく泡が立ち、こぼれる直前で注ぐのをやめる。泡の層が引くと、水面はちょうど良い飲み良い高さに落ち着いている。
彼は、ワイングラスの泡を見て少し驚いていた。
「え、これシャンパンですか?」
確かに、こんな店で炭酸の泡が沸いているワインを見たらシャンパンだと思うかもしれない。
「違うわ。スパークリングワイン。そんな高いものじゃないから安心して」
「あ、ああ。スパークリングワインですか」
それぞれのグラスに、フランチャコルタが注がれた。
「それじゃ、乾杯しましょうか」
私は軽くグラスを手に取ると、彼もそれに合わせて目の前に掲げた。
「じゃ、乾杯」
グラス同士が、チリンと音をたてた。
そして私が飲むのを確認し、彼もグラスに口をつけた。
彼もとても美味しそうに飲むのを見て、改めてこのワインを選んで良かったと感じた。値段の割に、高級シャンパンにも引けを取らないこのワイン。人気もあるから、これも予めキープして貰えるよう頼んでおいたのだ。
アルコール、というか飲み物が入った為か、彼もようやく落ち着いたようだ。
曰く、彼の名前は『倉岡健太』。とても大柄で筋肉質な体格なのに、不思議と怖そうな感じがしない。むしろデリケートな位に優しさが、ふとした仕草や表情に現れている。
仕事はバリバリの営業マン。会社の製品なんかの話を振ると、とても自信たっぷりに教えてくれる。その製品は優子自身には何の興味もなかったが、聞いているとその実物とか見てみたいなと、その魅力に引きずり込まれてしまう。
そんな話を聞いていて、思わずじっとその顔を見つめてしまっていて、ふと目が合ってしまい互いに我に返って、会話が一瞬途切れてしまった。
「あ、あまり興味ない話でしたか?」
「え? いえ、あまりにその話が面白くて、つい聞き入ってしまったの」
そう言い合いながら、ふと可笑しくなって笑い合った。
「でも、何で俺なんかに声をかけたんですか」
改めて、そう聞いてきた。
そうねぇ。どうしてだろう。
「何か店の入り口から、低い声でのやり取りが聞こえてきて、見たら貴方の高い背格好とか見えて、つい声かけちゃったんだけど、理由って言われてもねぇ」
「はい」
あのまま帰ってしまったら、もう2度と会えないだろうと思ったけど、じゃあどうして彼を帰してしまいたくないと思ったのだろう。
少し話もした今なら、彼の人柄も分かる。魅力的な人だとも感じる。
でも、少し離れたところから見た彼に対して、あの時にどう思ったのか。
ある意味、"感”の様なものだったが、正直めちゃくちゃ男運が悪い自分にとっての感ほどあてにならないものは無い。
少し考えて、素直に、正直に思った事を言ってみた。
「あの、実は私、筋肉が大好きなの」
「うっく!!」
彼は食べかけた前菜を、喉に詰まらせかけた。
変な事、言っちゃったかな?。でも素直に思った事だから。
「世間の男の人が、自然と女性の胸とかお尻に目が行くみたいに、私、筋肉質の腕とか足とか、見るのが好きなの。あ、大胸筋や広背筋も好きよ」
この趣味に嘘は無い。
今となっては悪い思い出しかない前夫も、当初はとても筋肉質だった。
私的にはこんななんだけど、健太さんの好みとかはどうなんだろう。
やっぱり同様に、女性の胸とかお尻とかに興味あるんだろうか?
そう思っていたら、彼が自分の胸の方を見ている事に気付いた。
あ、やっぱりか。
自慢じゃないが、私も自分の胸には自信がある。
俗に言う巨乳ではないが、世間一般的には大きい方と思う。
でも、彼が自分の胸を見ていた事は気まずく思ったのか、照れ隠しに別の行動に出た。椅子を引き、上着を脱ぎ始めた。
「あ、じゃあ少し目の保養になれば……」
脱いだスーツを椅子に掛け、ワイシャツの袖のボタンを外して、その袖を肩の手前までまくって、力を込めた。ぐっとパンクアップした力こぶと、下碗の筋肉もギュッと膨れ上がった。
「うわぁ」
思わず、両手を顔の前で合わせてしまった。
凄いわ。
それだけで、本当に充分目の保養になる。
「学生時代は水泳やっていました」
一旦、腕を下ろしながら、言った。
「種目は?」
「基本は自由形ですが、バタフライもいけます」
「じゃあ、さぞ……」
私の視線は、腕から身体の方に移った。水泳なら、特にバタフライなら、それこそ大胸筋や広背筋が鍛えられて、さぞ見栄えが良い筈。
でも流石に、ここで上半身裸になる訳にはいかないと思ったのか、ベルトを緩め、ワイシャツを少しだけ捲り上げて見せてくれた。
チラッとだけだが、くっきりとシックスパック見えた。
『いやーん。嬉しい!!』
両手を口に当てて喜んでしまった。
その後彼は、ワイシャツの裾を元に戻したが、こっちの視線に気付いたか、スーツを着直すのはやめ、椅子の背にかけたままにした。捲っていた袖も、そのままにしておいてくれたから前碗の筋肉は、しっかり見えたまま。
『いいわぁ。凄くいいわぁ』
本当にコレだけでも充分、彼に夕食を奢った甲斐があった。
コース料理は続いていて、ちょっと少なめの肉料理が下がり、その後にシェフが大きなワゴンを持ってきて、おもむろにクローシュを開けた。ローストされた巨大なオマールエビが現れた。
本日のメインディッシュである。
カナダ産のではなく、ヨーロピアン・オマールエビ。しかもこれだけの大きさのは珍しい。
そんなオマールエビを1匹丸々だと多すぎるからと、目の前でちょうど中心で2つに切り分け、それぞれお皿に乗せて提供してくれた。
「凄いですね。これがオマールエビっていう奴ですか?」
「ええそう。これがあるからこのコースはミニマム2名なのよ。オマールエビは食べた事ある?」
また意地悪そうな顔して聞いてみた。
「いえ、ないっス。あのロブスターで殻とか頭とかがあって、お皿に身だけ取り分けるバイキングとかではありますが、正直、オマールエビとロブスターの区別すらつかないです」
え!?
思わず、私は噴き出して笑っていた。
意表を突かれた。
そりゃあ確かに一般人に、オマールエビはあまり馴染み無いかもしれない。
でもちょうどタイミングというか、ツボにハマった感じ。
暫く笑って、落ち着いて、やっと
「あのね、ロブスターとオマールエビって国が違うだけで一緒なのよ。英語だとロブスター。フランス語でオマール」
「あ……」
流石に彼も、自分が何をやらかしたか、気が付いた様だ。
「いや……てっきり、ズワイガニと松葉ガニの違いみたいなものかと」
「そうね、本当にそうね」
それに追撃する様なタイミングで、第二弾が来た。
そう。ズワイと松葉も同じ種類のカニだ。多分、彼はズワイとタラバと言おうと思ったのに違いない。
本当に可笑しい。
こんなに思いっきり笑ったのは、何時ぶりだろうか。
少なくとも、前の結婚生活の中には無かった。
今の職場の雰囲気はだいぶ良くはなったが、その前の職場はガチガチに堅いところだった。学生時代でも、そんな他愛もない事で笑い合える相手なんかいなかった。
話が盛り上がるって、こんなに響き合えるものだったんだ。
共感している。一つ一つの話に、心が揺さぶられている。
どうしよう。
本当に、楽しすぎる。
私……彼に抱かれたい。心からそう思った。
でも、これまでそういう場においても、これまでずっと優子の口からそれを切り出したことは無かったから、どう言っていいのか分からない。
女の私から、どう誘いの言葉を切り出して良いものなのか?
最近は何かと、抱く抱かれるの機会は多くあったが、大抵は向こうからアクションを起こしてきて、こちらから切り出す必要も、特にないままだったから。
あ、でも、こちらから切り出せず、向こうからも切り出したいのに切り出せない、なんて事もあったかな? でも、だからと言ってそれを後から惜しいと思う事も無かった。
でも……。
どうしよう。
彼も奥手っぽくて、彼からの誘いを期待するのは、ちょっと難しそう。
少し考えて、優子は優子なりに思いついた誘いを出すことにした。
「ねぇ、もう一杯くらい良いでしょ」
もう、食中のグラスも完全に空いている。
「シェリー酒飲んでもいいかしら?」
優子は上目遣いに、精一杯色っぽい声で聞いた。
これが本当に精一杯の優子なりの誘い。
こういう場で女がシェリー酒を飲んでも良いか聞くっていう事は、女が『今夜は貴方に全てを捧げます』という《《酒言葉》》である。
シェリーはワインの中でもアルコール度数が高く、それを女が飲みたいっていうのは、酔った自分を介抱してほしい欲しい、という意味合いがあるという、酒飲みの間ではよく聞く話。
女からだとそういう意味だが、逆に男からシェリー酒飲まないか? と誘うパターンもあり、実は直近でも、そういう誘いに乗った事もある。
「ええ、大丈夫っス」
健太が応える。
優子はウェイターを呼ぶ。呼んで、ティオペペを頼む。
ウェイターは、先程のワインのものより若干小ぶりのグラスを並べ、綺麗な薄緑色のビンから、黄金色の酒を注いでいった。
「じゃあ改めて、乾杯」
「乾杯」
グラスをチンと合わせて、優子はくーっと一息で飲んだ。
普通のワインよりアルコールが強く、全然甘みがない。むしろ酸味が強すぎる感じかな。
「どうかしら?」
優子はさらに色っぽい目で、健太の方を見る。
「あ、酸味がキツイですね。ちょっと苦手かな?」
「あ、あら、そう?」
優子の表情が、少し曇った。
優子の誘いに全く気付かなかったか、知っていてとぼけたか。
もし、知っていてとぼけたとするなら、ここからさらに切り出すのは、野暮の極みと言って良い。
逆にストレートに誘えなかった時点で、優子は詰んだ、と感じた。
優子は、シェリー酒を苦手という健太からグラスを奪うと、一息で飲み干した。
その後にデザートとコーヒーが出てきたが、優子は上の空で片付けた。
全て終わって勘定になり、彼女がカードを出そうとしたら、
「あ、折角だからここは」
健太は財布から自分のカードを出してきた。でも
「ダメよ。このコースはミニマム2名なんだから、貴方が食べなくても値段は一緒。むしろ、食べてくれたおかげで食材も無駄にならなかったぐらい」
そう言って、優子は自分のカードで勘定を済ませた。
そのやり取りに健太さんも少し焦ったみたいで、さっさと済まそうとしている優子に斬り込んできた。
「じゃ、せめて送らせて貰って良いですか?」
「え? あらぁ」
その言葉に優子は改めて我に返った。
彼の口から送りたいという誘い。彼が優子のマンションまで来てくれる。
ならば、
ならば、まだチャンスがある!
「嬉しいわ、じゃあそうしてくれる?」
健太はスマホのアプリを使ってタクシーを呼んだ。
その間に優子は勘定を済ませ、2人で店の外に出た。
「あら?」
空からチラホラと、雪が降ってきていた。
初雪ではないが、それでもここら辺では珍しい降雪は、とても嬉しいサプライズになった。
まさに一寸したホワイトクリスマスになった。
「綺麗ね」
優子は、空を見上げたまま両手を広げてクルクル回った。
それを健太は、うっとりと眺めている。
まもなく来たタクシーは優子の住むマンションへ着いた。
健太はタクシーを降りて、タクシーはそのまま帰した。
「あ……」
出て、優子は少しよろけた。酔いがちょっと回ったかもしれない。
「肩貸しますよ。部屋まで送ります」
「ごめんなさいね」
優子は健太に身体を預ける。
「部屋は、何階ですか?」
「4階の403号室よ」
エントランスの正面にエレベーター。階段はその横の通路を出たところにある。なぜか健太はエレベーターではなく、階段の方を見ていた。
「じゃ、しっかりバッグは持っていて下さい」
「え? どういう、うわぁ」
健太は、突然優子を横抱きにした。彼女の腕は、肩を貸している時のまま彼の首に回っているから、その反対側の腕で足を持って持ち上げたのだ。
『きゃあ、きゃあ、きゃあ、きゃあ……』
優子の頭はパニックに襲われた。
え? 今、何をされているの?
これ、どういう状況?
ふと、エントランス正面の鏡に自分たちの姿が映る。
優子は、健太に『お姫様だっこ』されていた。
そのままおもむろに、健太はエレベーターではなく、階段でもって上の階に上がっていった。
確かにこの、お姫様だっこのままエレベーターに乗って、他の住人に見られたら、ちょっと間抜けっぽいかも。
でも、だからと言って、階段で、自分の足で上がって行くの?
しかも4階。優子はちゃんと4階って言った。4階だから高低差10m以上登らないといけない。しかも自分を抱えて。
『確か今あたし、60kg台の後半の筈……』
見た目より、ちょっと重い優子。
でも健太の足取りは、それが70kgになろうと80kgになろうと関係ない感じ、とても力強く一歩一歩、力強く、ゆっくり階段を昇って行った。
嗚呼、このまま永遠に続けば、と健太の体力とかも考えず、優子は勝手なことを考えていた。
しかし無情? にも二人は4階に着いた。
4階フロアに上がった時、優子は何も言わなかったが、健太はすぐ正しい方に足を向けた。階段から上がった、目の前の部屋が407号室で右側に408号室のプレートが見えたから、その反対の方に行ったのだろう。
4階の通路の途中、同じマンションの住人とすれ違ったが、その人は何も見なかったフリして、そのまま通り過ぎてくれた。
すぐに403号室の前に着いた。
「あ、ちょっと待って」
優子は予め用意していた鍵を、器用にも抱かれたままで開錠した。ここで手間取ると、降ろされてしまう。
「そこを」
健太がドアを開けて中に入る。
「ねぇ、このまま奥まで運んで」
優子は、また器用に抱かれた状態のまま電気を付け、鍵を施錠し、靴も脱いで玄関に落とした。
健太は言われるがまま玄関で靴を脱ぎ、誘導通り入った廊下を奥の方まで歩いた。
「そのドアを開けて」
ドアを開け、そのまま壁のスイッチを入れて電灯を点ける。中はベッドルームだ。
一瞬、健太は固まったが、その状態で優子は抱かれたまま、健太の頬に手を添えて、濃厚なキスをした。
もうこれ以上無い、という位に濃厚なキスだった。
優子の舌が、健太の歯と歯を割って入っていく。
吸い合って、呼吸困難になる寸前、ようやく優子は健太の唇を解放した。
「もう、帰るなんか言わないわよね」
健太の膝の力が抜け、優子を抱えたままベッドになだれ込んだ。
濃厚な一夜になりそうだった。
――― 中編に、続く ―――