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刻(とき)吸いの魔女  作者: かもライン
愛しの人を、赤ちゃんにしてしまったら
19/20

after 12 2か月後健診と、それと色々

「あらー、優子。どないしたん?」

 実花みかはお茶でも淹れようと給湯室に入ったら、優子が気分悪そうに流しにもたれかかっていた。頭が痛くて、片手で目を覆っている。


「ええ、気分悪くて。頭痛と吐き気がちょっと」

「あ~無理したらあかんで。ちょっと横になるか?」

 実花は優子の身体を支える。

「大丈夫よ。それ程でもないわ」

 そう言いながら給湯室を出る。実花は寄り添って支える。


「あ~、あ? ちょっと待って。その感じ、いつから?」

「え? こんな感じは2・3日前からだけど、これだけ酷くなったのは今が初めて」

「そうなんや。食欲は?」

「あまり、ない。無理に食べたら吐きそう……」

「そっか~」

 実花はちょっと考え、事務所の様子を一通り見た。差し当たって、そこまで忙しくはない。ちょっとぐらいなら抜けても大丈夫だ。


「そしたらなぁ、念の為に病院行っとこか。婦人科の。愛美めぐみちゃんの定期健診もまだやろ? せっかくやから一緒に」

「え?」

 突然の会話の流れに、自分自身の仕事内容を考えた。


「百合子。私、午前中抜けても大丈夫かな?」

「ああ、問題ないよ。車、使うの?」

「それやったら、ウチが運転したるさかい。送ったるわ」

 実花はキーボックスからハイエースでなくジムニーのキーを出して、指でクルクル回した。


「え? ジムニー運転出来るの?」

「そりゃ、スポーツ運転は無理やけど、MT免許あるから街乗りくらいはいけるわ。この前に乗ってみたけど、意外とクラッチ感覚は憶えているモンやね」

「あーそうなんだぁ」

 優子はAT専用普通免許だから、無理だ。

 あの後聞いたら、景子も昔に経験あるから運転は出来ない事は無い、とは言っていた。でも好きで運転したい訳じゃない、との事だけど。


「涼子ぉ、ジムニー使って良いよね」

 会社の駐車場にある内は、社用車扱いだが、一応所有権は涼子にある。


「あー、ひょっとしたらハイエース使うかもしれないから、そっちの方が良い」

 倉庫側で荷物の整理している涼子が声を返した。

「じゃ優子、行く準備しぃ。ベビーシートはこっちで付けとくから」

 実花は、A型ベビーカーを外の駐車場まで押して行った。


「あ~、まぁいいか。愛美ちゃん起きて。2か月健診行くよ」

「うえっ?」

 愛美は、寝ているところを起こされた。せっかく機嫌よく寝ていたのだから、まぁそのまま抱いて連れて行っても良かったけど、どうせ抱き上げる時に目が覚める。


 本当なら2週間健診・1か月健診して、その次は3か月健診がパターンなのだが、2週間健診の後の1か月健診を行かないまま、もう生後2か月を超えようとしている。

 どうせなら予防接種のプログラムに合わせて行こうかと考え直した。


「ほーら。予防接種受けに行くよ」

「うえぇ~え!」

 明らかに嫌がっている。でも生後2か月以降の予防接種は、プログラム通りだ。


「優子、準備出来た?」

「は~い」

 優子は愛美を抱いて出て行く。

 涼子は、その嫌がる愛美の表情が面白くて、手を振って見送る。


     ☆


 産婦人科に着いた。

 運転そのものは涼子の方が上手いが、エンジン吹かしたり急加速もするから、一緒に乗る分には実花の運転の方が、優子的に良い感じだった。


 今回も前回と同様、優子は単独で診察。愛美は実花に抱かれて健診と別れた。

 愛美は、前回は大部屋みたいなところで、他の人たちと一緒に集団検診みたいに受けたが、今回は本人のたっての希望で個別の部屋で受ける事になった。注射されるのが嫌なのではなく、前回みたいに皆の注目受けながらされるのが嫌なだけだ。


 でも先生と看護婦さんは、前回と同じだった。

 また看護婦さんの表情が何か妙にワクワクしている。


 色んな人に見られるのは何とか阻止できたが、この看護婦さんまでは無理だった。ひょっとして、この先生が愛美の主治医的な対応をしてくれていて、この看護婦さんはペアになっているのかもしれない


 2か月目の身体測定をして、発育状態や股関節とかの左右差が無いか、目の動き・音を出してその反応とかを診断し、あと問診もしたが、付き添いは普段の行動を知っている優子でも百合子でもないから、実花はその都度、愛美本人に聞いて、それを答えた。


「えと、ミルクはちゃんと飲んどうか? 履き戻しとかはないか、って? え?」

 実花は愛美の顔をじっと見る。

 愛美は「あうあうあう」と答える。

「なんや母乳だけじゃ足りんで、ミルクもよぉ飲んどります。たまぁにゲップが上手くいかんで、ちょっと戻すこともあるようやけど、そこまで多ぉないみたいや」

 それを聞いて、先生も看護婦さんもクスっと笑う。


 本当にマジで愛美と受け答えしていたんだけど、先生・看護婦さんからは実花が関西弁の、いかにも関西人だから、それがはたからは即興のコントをしている様に見え、微笑ましくニコニコして見られていた。

 とはいえ内容的には、別にとりたてて問題は無かった。


 さて健診が終わったらワクチンの接種であるが、折角だからと2か月目に受ける、Hib、小児用肺炎球菌、ロタウィルス、4種混合。それと前回打ったB型肝炎の2回目を全部まとめて打つことになった。打つ場所はその都度変えないと、異変が起きた時にどのワクチンが問題だったか分からない為、肩の三角筋の右左、上腕の下の方右左。それだけだと足りないので太ももの付け根近くも含めて5回打った。

 都度、顔を歪めて耐えた。

 その様子に、看護婦さんも大満足の様だ。


 実花には、前回の話とか聞いていないから何が面白いのか分からなかった。

 愛美が我慢強い事ぐらい、言われなくても知っている。

 その健診が終わるころ、優子も診断を終えて階段を降りてきた。


「う~~~~」

 何か複雑な顔していたので

「なんか、問題あった?」と聞いたが

「う、うん。あ、いや別に」と言葉を濁された。


 会社に帰った。

 優子は、愛美をハイローチェアに寝かせ、涼子と里枝に見ておいてと頼んだ後、百合子を社長室に誘った。


「どうしたの? 身体、悪いの?」

 本来、今日に行く筈じゃなかった病院に行って、青い顔して帰って来た優子。何も言わなくても、何かあったのだろうという事だけは分かる。


「悪くはないのよ。むしろ、良い方。でも……」

 そう言いながら出してきたのが、妊娠検査キット。


 本来コレは病院に行く前に使うものだが、その可能性など考えずに行ったから、病院で貰ったモノを使ったという事。

 真っ白なキットの真ん中の窓部分に、2本の線がくっきりと出ている。

 と、いう事は……。


「ちょっと待って優子。という事は、そうよね。え、どういう事?」

「それはこっちが聞きたい事よ」

「でも貴方、愛美ちゃん産んでから、他の男の人と性行為していないわよね」

「怒るわよ!」

 実際、出産日からずっとマンションで百合子と同居しているから、ほぼ一人になる時間などはない。あったとしても、あれからもずっと健太くんLOVEで、他の男など眼中にもない。


「じゃあ、どういう事? 処女受胎って事」

「もう処女じゃないわよ」

「いや、そういう意味じゃなく」


 しばらく無言状態になった。正直、優子自身も分からない。優子が分からないものを百合子が分かる訳はない。とはいえ、起こっている事は事実だ。

 しかし確かに今、優子のお腹の中には、新しい生命が宿っている。


「と、いう事はね」

 やっと百合子が口を開いた。

「あれから他の男と性行為していないなら、その優子を孕ませた原因は、健人さんの精子に間違いはない。つまりは、その時に2回だか3回だかやった時の健太くんの精子が、その後に出産して、胎盤も排出して、子宮が真っさらにクリーンになったにも関わらず、その子宮の中でしっかり生きていたっていう事でしょ」

「やっぱりそうかな?」

「だってそうとしか考えられない」


 イメージとしては、とても不謹慎で申し訳ないが、震災があって、津波があって、その後火事で全部焼けちゃった後の民家の瓦礫の下に、生き残った人がいたっていう位の生命力。(※1)


「でもってそれで生き残った精子……いや1匹2匹じゃないでしょうね、生き残った精子達が、その直後だかに排出された貴方の卵子と結合し、真っ新になった子宮の胎盤に着床したっていう事でしょ」

「そうかな? やっぱり」

「あくまでも推測でしかないけど、他に考えられないから」


 それを聞いて、優子はやっと気が抜けたのか、床に座り込んだ。そしてお腹に手を当てる。ここに自分と健太さんの愛の結晶がいる。

 今度こそ、今度こそ本当に自分と、最愛の健太さんとの子供……


「じゃ、じゃあもう問題ないわよね。私と健太さんの子で」

 優子は本気で安堵していた。まぁ、既に健太という男性はもういないが、主人が亡くなった後に生まれる子供だっている。正真正銘、これは既に籍まで入れてある夫との間に出来た子。


「問題? あるに決まっているじゃないの」

 そんな状況下で、百合子は優子に指を突き付けた。

「え?」

「元々、私達魔女の卵子は、普通の人間の精子じゃ突破できない、膜が強すぎてなのか卵子自身もオーラでバリアしているのか。でも健太さんの精子はそうじゃなかった。そんな魔女の卵子の膜すら突き破って行く位、強い精子だったって事」


「で、どういう事?」

「分からないの? 健太さんは自力で魔女との間に子供を作る力があった。つまりは、貴方は健太さんを”零”に戻す必要など無かったという事。普通に結婚すれば良かったのよ」

「あ………」

 ようやく優子もその意味が分かった。


「どうしよう……」

「どうしようって、この状況下で産まないという選択肢はないでしょ。問題は」

「そう、問題は……」

 新しいその問題に対して、優子は顔をさらに真っ青にしていた。


   ☆


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 優子は、ハイローチェアにいる愛美に対して、土下座していた。

 愛美は、その説明を狼狽うろたえている優子でなく、落ち着いた百合子から聞いた。


「あ~あ~あ~う~」

 そう言われたからといって、今更何も出来ない。

 何か出来る事があって、それをすれば元の健太の身体に戻れるのなら、どんな代償を払ってでも、それをして貰う筈だが、そんな方法ある訳が無い。


 だから、謝られようが開き直られようが、愛美はずっと赤ん坊のままで、というか普通に赤ん坊が成長していくスピードでしか大人になれない。しかも女のままで。


 そう。謝られたからといって、何が変わる訳では無い。

 それに愛美(健太)としての気持ちは既に決まっている。

 あれ以降、もう優子と関わることなく別れてしまう事よりも、今こうして赤ん坊の姿になっても優子と繋がり関わった人生の方が良い、と。それは既に決意した意思だし、その意思はずっと前に伝えている。


 でも、実はもう一つ。選べなかったけど、選べる事が出来たなら別の人生があったのではないか? という事が心残りになってしまったという事。とても理想的で薔薇色の人生が。

 とはいえ、そう思ったところで今更どうなる物でもなく。


 こんな状態なのに、自分が本当の意味で父親になってしまったと超ぉ複雑怪奇な気持ちに。

 しかも産まれてくる子は、確かに自分の子であり、でも、今の戸籍上では妹か弟になる。


 ひたすら土下座する優子に、愛美はハイローテェアから、ちょっと優子の方に顔を向けて、

「うぉ、いーうぉ、うぉ、いーくぁあ」『もう良いよ、もう良いから』

 ただ、その声をかけ続けた。



 ――― 物語は、いったん終了

     next あとがき と おまけ  ―――



※1 本当に不謹慎な例えで、申し訳ない。


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