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刻(とき)吸いの魔女  作者: かもライン
愛しの人を、赤ちゃんにしてしまったら
18/20

after 11 岡山帰省(後編)

 愛美に母乳を与え、その後、用意してもらっていたお昼ご飯を食べ、ちょっと落ち着いたあたりで、則子ちゃんが、この辺りを案内してくれると言う。


「ゆ……お母さんは?」

 間違えて、こんなところで百合子と呼び掛けそうになる。

 まぁ別に構わないのかもしれないけど、この場でそういう説明が長くなるのは避けたい。

「いーよ。疲れたから、ここでお茶飲んでいる」

 百合子は百合子で、もうお義母さんやお祖母ちゃんと打ち解けてしまっているらしい。良くも悪くも、マイペースだ。


「じゃ、行くんでしょ」

 則子ちゃんは愛美をA型ベビーカーに乗せる。

 愛美も2か月になるから、トラベルシステムは使わず、直接ベビーカーに乗せる様になっている。


 則子ちゃんは、そのベビーカーを押したがっていたので任せた。

 その横をゆっくり歩きながら、愛美の姿を見る。横で歩くから良く見える。

 愛美は愛美で、懐かしい故郷に少しご機嫌だ。


 田んぼ・畑のすぐ横の道を歩く。田んぼに沿って小さな小川もある。

 すぐ横の斜面は、木々が生えているちょっとした林。

 それを越えたところに、大きな鳥居が見えた。

「ここの鎮守さんで秋にお祭りがあるの。あの、兄貴が泣いて帰ってきたっていう、お祭りね」

「ああ、あの」

 アパートでお義母さんが話してくれた健太さんのエピソード。


「ぶーっ」

 その話を蒸し返されて、少し愛美ちゃんは不機嫌だ。


「お参りしていく?」

「そうね。せっかくだから」

 鎮守さんって呼ぶくらいだから、この辺りの人にとっては氏神さんか。

 なら、挨拶していくのが筋というものね。


「あら? こんなところで」

 則子ちゃんが、既にお参り済ませたのだろう1組の姉妹かな? 中学生くらいの女の子たちに話しかけていた。

「「こんにちわー」」

 女の子達も、こっちを向いて会釈する。

 2人とも同じような服にストレートの髪を流していて、見るからに姉妹と分かる。


「お参り? 受験のじゃないよね?」

「違うよ。もう受験はやめて、ここの中学に通うの」

「だから、改めて決意表明に来たの」

「そう、良かったね」


 そう言うと、姉妹は一瞬「え?」って顔をする。

「だって、夕真ちゃん出て行ったら、夕実ちゃん淋しいじゃん」

「あ、あ、そうだね」

 姉の方が頷く。


「若い子みんな出て行って、過疎っちゃうからね」

「「うんうん」」

 2人とも頷く。

「でも、私は絶対合格して、出ていくよ!」

「「あら?」」

 2人とも、ガクッとなる。

「でも、勉強して、また帰ってくるから。兄貴みたいに行ったっきりじゃないから」

 則子ちゃんも決意表明しているみたい。


「あ、紹介忘れていた」

 則子ちゃん、振り返ってこっちの方に手をやる。

「あの、こちら優子さん。出て行ったまま帰ってこない兄貴のお嫁さん。それとその子の愛美ちゃん」

 そう言って、見えやすい様にベビーカーのフードを上げる。


「え、 健太さんは?」

 お姉ちゃんのほうが聞いてきた。

「今回の帰省はこの2人だけ。ホントにどーしょーもない兄貴だわ」

 その言葉に苦笑いするような愛美。


「でもって、こっちが夕実ゆみちゃんと夕真ゆまちゃん。夕真ちゃんは今度、中学生」

 妹の方が頷くように頭を下げる。

「お隣さん、じゃないな。何軒か奥に住んでいて、やっぱり農家」

「そう」

 2人とも本当にそっくりで、仲良さそうな姉妹だ。


「それじゃ、また」

 2人はまた手を繋いで、小走りで社を出て行った。

 ああ、やっぱりこういう所は若者が出て行って、過疎化していくんだ。

 田舎は気楽で良さそうだな、なんて思っていたところに厳しい現実を見せつけられた感じ。


「じゃ、お参りしよっか」

「ええ」

 改めて参道を奥に、ベビーカーを押して歩いて行った。


     ☆


 夕食はまさに典型的な田舎の農家の大歓迎だった。

 飲む人はお酒呑んでいたが、母乳問題がある為に名物の地酒・御前酒『美作の極』が飲めない事を心底 悔しいと感じた。その代わりに百合子は遠慮なく飲んでいた様だが。


・具沢山で豪華なバラ寿司。

・フキとか山菜の煮物。

・ホルモン? 牛の内臓の色々な部位と玉ねぎを、甘辛いソースで炒めたもの。ここにウドンを入れたら名物ホルモンうどんになるそうだ。

・ママカリ……瀬戸内海産の小魚をさっぱりとした甘酢に付け込んだもの。

・そずり……牛の骨からこそげ取ったお肉を使った煮つけ。

・黄ニラのおひたし。

・柚子味噌がのっかった豆腐


「う~う~う~う~う~!」

 愛美が不満そうに唸っている。

 母・千代の自慢の手料理を目の前にしながら、全く食べる事が出来ない事を悔しがっているのだ。

 それに比べれば、お酒が呑めない位マシかと思い直し、せめて自分自身がその御馳走を食べて、それらの栄養満タンの母乳をあげる事で納得して貰った。味、変わるのかな?

 同時に、次に来た時には!、と愛美も決意の拳を握っていた。


 あと3ヶ月……いやギリギリあと2ヶ月後なら、薄めたり摺り潰したりして、何かは食べる事出来たしれない。


 農家の一軒家だから、広くて泊まる部屋には事欠かないが、トイレが一番端っこの寒い所にあったのが不便だった。しかしそれでも以前はトイレも風呂も同じ家屋内でなく別の棟にあって汲み取りだった時に比べれば、かなり便利になったと言われた。


 一泊し、翌日また津山駅まで送迎して貰ったが、愛美が大きくなって幼稚園とか小学校とかになったら、夏・冬休みとかは長期で預かるから、いつでも来て良いと言われ、ちょっと涙が出た。

 愛美も私も、もう完全に実家に家族の一員として、認識されている。


   ☆


「で、これがお土産よ」

 結局一泊で岡山で過ごした優子と百合子。翌週明けの出勤日には岡山土産を持ってきたのだが。


嗚呼ああこれで優子も岡山に嫁に行って、立派な岡山県人になってしまったのですね」

 と景子が、しみじみ言った。


「えー、何でよ?」

 お土産として買って来たのは、備前名物・大手饅頭おおてまんぢゅうであったのだが。

 少しあっさりしたこし餡を薄皮で巻いた、あんこ好きにはたまらない逸品で、日本3大饅頭の一つとも言われている。あとの2つは知らない。(※1)


「世間一般での認知度では、岡山名産のお菓子と言えば、キビ団子だけど、実は現地人の常食ではないと言われてまして」

「え、そうなの?」


 なぜか景子は自信たっぷりに語りだす。


「桃太郎のモデル・吉備津彦は、元々大和朝廷の人で、鬼退治と称する吉備の国を併呑させた、言わば敵国の大将。今や観光的に岡山の象徴として扱われているけど、実際には太平洋戦争におけるダグラス・マッカーサーみたいなもので、実はそこまで地元から英雄視されていないの。でもまぁ観光的なシンボルだから、その程度には盛り立てているけど、地元民からは誰がキビ団子を食べて桃太郎の家来になんかなってやるもんか、って思われているという話。あくまでも都市伝説だけど」(※2)

「お、奥が深い……」


「だから、キビ団子をお土産に買うのは県外からの旅行者で、現地の人がお土産にするのは、この大手饅頭なのよ」

「ああ、だから私の事を岡山に染まった現地人扱いしたのね」

「現に、大手饅頭買って来たじゃない」

「そ、それはそうだけど……」

 優子は言葉を濁す。


「私がキビ団子買って帰ろうとしたら愛美が、それじゃなくて大手饅頭が美味しいから、そっち買っていった方が良いって言うから」

「ああ、それはもう立派な岡山嫁だね」

「それに関して異論は無いけど、言われ方が何となく嫌っ!」


 優子的に、健太の嫁としての立場は心地良いけど、もう既に都会人ではないと言われた様な。特に実家のある、農村を見た時のインパクトも含めて。

 もうありえない事だけど、もし健太と結婚して、親が身体壊して実家に帰り農家を継いだら、優子も農家の嫁として割烹着着て農作業手伝いしたり、釜土かまどでご飯炊いたり、自家製野菜の煮物を作ったり……そんな光景が頭の中に浮かんだ。


「いいんじゃない? このお饅頭美味しい」

 そう言いながら、里枝はもう3個目である。

 それ見て愛美はまた「う~」と唸る。

 コレが良いと言ってはみたが、この大手饅頭を、潰して離乳食風にしたとしても食べられるのは数か月以上先の事で、それまでこの大手饅頭はもたない。

 それは分かっているが、やはり目の前で自分が食べられない物を他の人が食べるのを見るのは、微妙に悔しいらしい。でも同時に自分の故郷の名物を、他の人に食べて美味しいと感想を貰えるのも、当然嬉しいからまぁ良しとするといった感じか。


 それと愛美から、やはり今回は食べられないとしても、いずれ食べたいから覚えておいてと岡山駅地下のキムラヤで、菓子パン・惣菜パンもごっそりお土産として買ってきている。


「ウチ、こっちの方が好きや」

 実花みかは真っ先に、桜アンパンに飛びついた。

「メチャ美味しいねんけど、この岡山キムラヤって、銀座木村屋のパチモン?」

「違うわ。銀座木村屋で修業した創設者が、大正8年に暖簾分けしてこの地元で始めた、由緒正しいパン屋よ。パチモンじゃないわ」

 と、景子が解説する。


「このスネーキって、素朴で美味いな」

 涼子は、グルグル巻きでカタツムリの貝殻みたいなパンが気に入ったらしい。

「キムラヤと言えば、実はアンパンよりそのスネーキの方が人気あるらしいですね。でも」

 景子は、そのパン群の中から、細長いバナナクリームロールを手に持っていた。

「私は、これが一番好きです」

 そう言いながら、小さく一口大にちぎって食べ始めた。そして

「パン以外に、このバナナクリームとかオレンジクリームの単体でも売っていましたでしょう?」

「あ、そんなものもあったかもしれないけど、新幹線の時間が迫っていたので」

 と、優子。

「そうですか。私は、そのバナナクリームとかオレンジクリームを、熱々でちょっと焦がした位のトーストに塗って食べるのが好きなんです」


 そう言いながら、景子は半分だけ食べたバナナクリームロールを袋に戻した。

「これ持って帰って、明日の朝、焼いたトーストに中のクリーム塗って食べます」 

 聞いて、実花と涼子もゴクリと唾をのみ込んだ。

「あ~、また今度、岡山行った時に、買って来るわ。オレンジクリームとバナナクリームね」

 うんうん、と愛美も頷いた。



 ――― next after 12 2か月後健診と、それと色々

       次回で、一旦この話は終わります ―――



※1 日本三大まんじゅうとは、東京の「志ほせ饅頭」、福島の「薄皮饅頭」、岡山の「大手まんぢゅう」との事だが、地方などに行くと、地元の名物まんじゅうとどれかが入れ替わる事もある。


※2 あくまで個人的見解であって、岡山県人の総意ではありません。

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