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刻(とき)吸いの魔女  作者: かもライン
愛しの人を、赤ちゃんにしてしまったら
16/20

after 9 健太さんの 車

 1月も後半に突入。愛美めぐみは生後1カ月になった。


 生後1か月では、まだまだ新生児のカテゴリーではあるが、少なくとも出産直後の危うい感じは、かなりなくなっていた。

 まだ肌の赤黒さは微妙に残っていても、皺だらけだった顔はツルツルで張りが出て来たし、首や腰も完全に据わってはいないが、かなり安定して、後ろに支えがあれば普通に放置しても大丈夫位に。

 時折もう誰が見ても笑顔、と取れる様な表情も見せられるようになった。

 もう日々が進歩で成長だと実感できた。


 手も足も、そこそこ動かせる様になってきたが、まだまだお座りにも早い。

 というより生後一か月って、世間的にはようやく外出しても良いよ、っていうレベルなのだ。愛美の場合は、生後半日で役所回り、平気であちこち外出しているから、全然そういう感覚は無かったのだが。


 ちなみに今はほぼ毎日、愛美は優子と一緒にベビーカーで出勤し、優子の席の横のハイローチェアが定位置。もう少し手が器用に動くようになれば、スマホなりTVのリモコンなり操作して暇も潰せるかもしれないが、それが出来ないから、その年齢相応にほぼ一日を寝て過ごしていた。


 起きていようと思えば起きていられるが、眠る事で大切な成長を促していると聞いて、極力眠る様にした。とはいえ、どうしても眠れない時は、退屈しのぎに社員同士の話とか聞いたりしながら、ぼーっと過ごしている。


 社員たちも、そんな様子見ながら、起きている時は色々話しかけてくれるし、優子・百合子が忙しい時は、ミルクやオムツの世話もしてくれる。ミルクも本当は優子の母乳の方が良いのだが、愛美の食欲が旺盛なので母乳だけでは足りないから、哺乳瓶は欠かせない。あと、本来ならもう少し先の麦茶とかも前倒しで貰っていた。


 育児書には麦茶は生後5ヶ月後からと書いてあったが、ミルクばっかりで口がコテコテになっているから、口直しが欲しいと赤ちゃん的には実に贅沢な要求したら、飲み過ぎなければ大丈夫とOKが出た。

 当初はブラックコーヒーは無理としてもミルクコーヒー等をと所望したが、それは流石に即時却下され、代替え案で、かなり薄めた煮だしの麦茶を、さらに飲み過ぎは低血糖になるから、本当に口直しだけ程度に用意される様になった。


 とまぁ、もはやこの事務所に愛美がいるのは、当たり前の風景になりつつあった。

 首と腰が据わる様になったら、この会社で営業補佐の仕事したい等との口ぶりも。


 さて、あれから健太の会社からも正式に退社手続きする連絡があり、保険証とか社員証・制服・会社備品関係等の返送手続した。その上で有給もすべて消化した時点で、退社という事になり、最後の給与も健太の口座に振り込まれてきた。尚、退職金はその会社に転職して3年経過していないので、対象外だった。


 銀行口座は、とりあえずそのまま。優子が名実ともに妻なので、入出金も代理で出来るが、念の為に預金には手を付けず、ただ引き落とし等の管理をして、キャッシュカードやETCカード様々なもう使わないものは解約へ。生命保険も失踪数年後の死亡扱いになるまでは、そのまま残して、積立保険・個人年金等は内容とにらめっこして、残す意味のないものは解約方向で進めていった。

 これで完全に健太としての残務整理はほぼ一旦完了した感がある。


 あ、違う。もう1個残っていた、と思っていたところに、

「あー、終わった終わった」

 と、腕をぐるぐる回しながら涼子が倉庫から帰ってきた。


「涼子ーっ。倉庫整理、終わったの?」

「ああ、ちょっと在庫と合わなかったから大変だったけど、何とかなった」

 どうやら、涼子の仕事が一段落着いた感じ。


「あ、じゃあ今からちょっと出られる?」

「んー、大丈夫だけど、何?」

 自分で出来ればいいんだけど、多分これは涼子じゃないと無理だ。


「確か涼子の普通免許、MTいけるよね」

「え? 一応乗れるけど、何か?」

「ちょっと運転して欲しい車があるの。移動したいから、とりあえずハイエースにベビーシートをセットして」

「んー、分かった。愛美ちゃんも行くんだね」

 涼子は、ハイエースの鍵とトラベルシステムを持って、出て行った。


「愛美、ちょっとお出かけするわよ」

「んあ?」

 そう言って、熟睡していた愛美を抱き上げた。

 単に行って来るだけなら、愛美が同行する必要はないけど、多分一緒に行きたいだろうから。

 まだまだ寒いから、愛美にお出かけ用のおくるみを着せる。

 

 セットしたベビーシートに愛美を乗せて固定させ、今日ばかりは自分が運転席に座った。

「え、優子が運転するの?」

「場所は、私が知っているから」

 そう言いながら、涼子からキーを受け取る。

 涼子は、これ幸いと後部シートに乗って、愛美のほっぺをツンツンしている。

 じゃ、最後のお仕事済ませましょうか。

 久しぶりのハイエースの運転で、健太くんが住んでいたアパート方面に出発させた。正確にはアパートでなく、その近所の駐車場だ。


 後部座席では、涼子が愛美と指の掴み合いして遊んでいる。

 掴んだり、掴み損ねたりを繰り返し、愛美はキャッキャと喜んでいる。

 凄く、楽しそう。

 何か、本気で涼子が子供相手に遊んでいて、愛美も愛美で何か子供返りして楽しんでいる様だ。


 私相手だったら、あまりそういう事はしないなと思うし、ここまで本気で遊べないなとも思う。

 微妙に、羨ましい。


「で、何処に行くんだっけ?」

 改めて涼子が聞いてくる。

「健太くんの住んでいたアパートの近くの駐車場。実はまだそこに、健太くんが使っていた車があるの。駐車場は今月いっぱいで解約手続きしたから、そろそろ移動しないといけない」

「ふーん」

 涼子はちょっと考えている。


「動かすだけの為にボクを呼んだって事は、ミッションなんだ?」

「察しが良いわね」

「だって、さっきも確認したじゃん。健太さんの車ってミッションなんだね。何だろう?」

 涼子は愛美に指を握らせ、ブンブン振っているらしい。愛美のキャッキャした声が続いている。


「一応、私も見たけどね。何だと思う?」

「そうだねぇ、健太さんって武骨な人だったみたいだから、運転そのものが楽しみ的な趣味の車かな? ケータハム・スーパーセブンとか、ロータス・エランとか」

「ブ~っ!」

 愛美が声を上げる。

「やっぱ、間違いか。ならば86(ハチロク)トレノとか、ランエボとか」

「ブ~っ!」

「前、話さなかったけ。軽だよ」

「軽か~。軽でミッションねぇ」


 優子も久しぶりのハイエースの運転、愛美産んでからは初めてだけど、まぁ全然大丈夫。車体感覚掴んでいれば、むしろ小さい車より運転はしやすい。

 そろそろ、到着できそう。


「まさか、軽トラって事ないよね」

「ブ~っ!」

 愛美がまた声を上げる。軽トラのミッションは、農家や社用車としてもまだまだ走っているし、武骨で、ある意味ありそうな雰囲気だったが。


「何だろうな。メチャ旧車の可能性もあるけど、最近のならホンダS660(エスロク)とかアルトワークスとか、ハスラーの可能性もあるな。軽って遊び車も充実しているから」

「おおぅ!」

 愛美が『惜しい!』という意味か、感嘆の声を上げる。

 と言われても、実は車種とか聞いても優子には、よく分からない。


「まぁ着いてからのお楽しみね。そろそろよ」

 健太くんのアパートの横を、さっき通り抜けて、駐車場見えてきた。

 舗装されていない砂利の空き地に、ロープ打ち込んで区画整理されているだけの駐車場。これで、月・一万五千円する。もし舗装されていたら二万円円超えみたい。

 20台くらい置けるスペースに、半分くらい車が止まっているが、入り口に『空』の印が無かったから、多分全て埋まっているんだろうな。


 中に入ったところで、ハイエースを停める。

「着いたわよ」

「じゃ、この中にあるんだね。どれだろう?」

 涼子は、ドアを開けて外に出て周りを物色する。

 こっちも一旦出て、後ろのドアを開けて愛美を抱き上げる。

「おおぅ」

 風がビュンと吹いて、微妙に肌寒い。


 10台くらい車が止まっているが、この中で、まず軽を探せば良いから簡単かな?

 すると涼子は、早々に該当の車を見つけ、

「あ~っ、コレかぁ!」

 と、声を上げていた。


「やっぱ、流石ね」

「良いねぇ、趣味良いよぉ」

 涼子はその車に手を当て、ドヤ顔をしている。


 該当の車、それはスズキ・ジムニー。

 軽だがガンガンにオフロードが楽しめ、バリバリな硬派! 確かに聞いた感じの健太さんなら、好きで乗っていそう。

「でも、色は派手なイエローなんだね」


 ジムニーの、カタログの表紙には良く出てくるけど、人気という意味ではジャングルグリーンか濃紺のメタリックの方が断然ある。カタログの表紙に出ているのは、おそらく車体の形や表面のモールドが良く見える様にであろう。


「うゅーおでおえああぅわっあ」『中古でそれが安かった』

 愛美がフォローの説明を入れる。


 ぐるっと車体回りを見ていく。

「ルーフのキャリアーに、フロントグリルも武骨な後付けだし、あ! バンパーの下にウィンチまで付いてる! 凄いすごーい!」

 優子には何が凄いのか分からないが、涼子はもう乗りたくてウズウズしている。


「分かっているだろうけど、安全運転ね。会社に戻るまでに廃車にしないでよ」

「わ、分かっているけど、コレをおとなしく乗れって残酷だよぉ」

 かなり不安はあったが、優子はキーホルダーからジムニーのキーを外して涼子に渡した。


「お願いよ!」

「むーっお」

「分かってる、分かってる!」


 涼子は鍵のボタンでロックを外し、運転席に乗り込みエンジンをかける。

 グオーン・グオーンと、何度か空ぶかししてから、

「じゃ、行くね」

と、少し急発進ぎみにジムニーを発進させた。


「むぉおお……」

 愛美的には、多少乱暴運転でも久しぶりに横に乗って行きたい気持ちはあったが、まだ完全に首も据わっていない。一緒に乗れるとしても、もうちょっと先だ。


     ☆


 優子と愛美がハイエース乗って帰ったら、既にジムニーも駐車場に停まっていた。とりあえず、遠回りはしなかったらしい。

 事務所に入ると、涼子がキラキラした目でこっちを見ている。

「ねぇねぇねぇ、このジムニーどうするの?」


 ああ、欲しがっているな。絶対。

 もう愛美自身で使う事は、この先18年はない筈だし、この車を運転できる人もおおよそ他にはいない。


「一応ね、処分の予定。色々手続きは難しいけど」

「欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!」

 一気に、こっちに詰め寄って、愛美の両手を握る。

 まぁ一応、所有権は愛美にあるけどね。


「まぁ、譲る事には全然問題ないんだけどね」

「うんうん!」

「でも、この車まだローンが残っているのよ」

「へ?」

 あ、一気に現実に戻された顔だな……。


「えと、残債はどの位?」

 涼子は、愛美の方を見ながら聞いている。

 状況は予め聞いているし、こういう事も想定していたから説明は簡単だ。 


「この車は元々中古で車体とオプションと諸手続き込みで240万円くらいだったのを60万円程の頭金入れて、残りを3年のローン組んだから、月々5万3千円。大体1年ちょい払っているから、残債は2年の120万円位」

「うーん……」

 あ、考えている。考えている。


「その月々5万3千円のローンを、あと2年弱そのまま払ってくれるなら無償であげるけど、どうする?」

「うーん……」

 考えている。考えている。


「念の為、掛かる費用はそれだけじゃないから。駐車場借りたら、今日行ったところで1万5千円。車検とか整備費も掛かるし、コレ確か軽の割に燃費結構かかるのよね。普通車並みに」

「そーだよなぁ、やっぱそーだよなぁ……」

 考えている。考えている。まだ、考えている。


 流石に可愛そうになったのか、百合子が助け舟出した。

「じゃあね、残債は一旦会社で建て替えるから、月々3万円を給料から天引き。3年半位かな。駐車場見つかるまで暫く会社に駐車していて良いから。でもその代わり、その間は2台目の社用車として使うわよ。ガソリン代は会社持ち。ただし流石に貴方が休日に遠出する時とかは、自己負担で。」

「社長~っ!」

 涼子は目をウルウルして、百合子の両手を握った。


 まぁ予め、この落しどころを考えていたんだけどね。

 車体売却してローンの解約する手間考えたら、だいぶ楽だからだけどね。

 ローンをそのまま会社で肩代わりするか一括返済するかは、経理の景子と相談かな? 手間と利息とで。

 ローンだから良かった。これが完済後所有権譲渡タイプのリースだったら、もっとややこしいことになっていた。


 ああ、涼子が愛美抱いて、ダンス踊っているよ。

 よっぽど嬉しかったんだな。



――― after 10 岡山帰省(前編)

     岡山愛を、感じて下さい ―――

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