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刻(とき)吸いの魔女  作者: かもライン
愛しの人を、赤ちゃんにしてしまったら
14/20

after 7 年末 と 年始

 アパートで義母・妹と対応した直後、何か疲れが一気に出たのか、その後アパートの掃除も完了できず、というか全然集中できないまま、中途半端で帰宅した。ほぼ辛うじて、冷蔵庫とかからヤバそうな食品関係を持ち帰る位が精一杯だった。


「あいおーうう」『大丈夫?』

 愛美も心配して聞いてくる。

「なんだろう? 何か一気に疲れちゃった……」

 見たら、百合子も同様に疲れが見え、流石にそのまま電車乗り継ぐ気力もなく、帰宅にはタクシーを使った。

 流しのタクシー捕まえたのだが、流石に今回は例のタクシーさんでは無かった。

 

 ベビーシートになるトラベルシステムの取り付け等は、運転手に手伝って貰い、何とか帰宅したとたん、2人してソファーに倒れこんだ。


「百合子ぉ? これで取り急ぎの分は全部終わったのよね」

「多分ね。あの嫌な胸騒ぎ、完全に無くなったし……」

 暫く本当に動けなかったし、愛美も我慢強く何も言ってこなかったけど、流石にそのままじゃ駄目だと思って、愛美を抱き上げて母乳を与えた。やっぱりお腹はすいていたらしく、結構飲んでいる。


「やっぱり無理していたみたいね」

「私もさすがに衰えたわ。昔ほど体力ない」

 体力もそうだけど、気力もそう。おそらく前倒しで使っていた分のツケが一気に来た様な感じ。


「あ~う~」

 愛美が身体をさすってくれる。とても気持ちが良い。

 ぎゅっと抱きしめる。

 伝わってくる、癒しの波動……。


「あ~、ありがとう。ちょっと元気出た」

 ようやく立ち上がれて、愛美のオムツを換える。


「良いわね貴方。私にも頂戴」

 百合子が手を伸ばす。そこに愛美が手をあてる。

 ジーンと暖かい波動が小さなモミジの様な手を通して伝わっていくのを感じる。

「あ~、この子がいて助かるわ。あんまり充てにしちゃいけないんだけどね。自前の気力使い果たしちゃったみたい」


 足りない気力を愛美から貰って、何とか身の回りと愛美の世話が出来た。

 それも何とか2人がかりで。

 今、この家に百合子と2人がかりで出来るから何とかなっている感じ。


 夕食は、買い置きのレトルトと冷凍物で済ませた。

 結局、お風呂も入らずに寝た。

 お風呂に入ればリフレッシュ出来るかもしれないが、万一お風呂の中で寝てしまう可能性もあるから、念の為に避けた。


 さて、翌日は日曜日で、一晩ぐっすり寝た百合子はそこそこ体力回復した様だが、優子はまだ疲れが残っていて、ほとんど何も出来ず1日を過ごした。優子は、百合子以上に元から体力がないのだ。

「お昼ごはん、どーするー?」

「ピザでも取ろうか?」

「いーねー」

 のんびり最低限の家事と、愛美の世話だけで、ぼんやりと時間が過ぎていった。


 週明けの月曜日、百合子は欠伸あくびしながら出社していったが、優子は疲労がまだ残っていた為、会社を休んだ。まるで遅れてやってきた産後の肥立ちの様だ。百合子的にも出来れば一緒にいてあげたかったのだが、百合子か優子じゃないといけない仕事が、あるのだ。

 実は優子の役割的仕事もあったのだが、それは他のメンバーでフォローしたり、どうしてもダメな事は電話したり、自宅PCでリモートしたりした。


 抜けられない百合子の代わりに、途中で景子と涼子が交代で来て、身の回りの手伝いとか愛美の世話もしてくれた。百合子もその日は早々に切り上げて、帰ってきてくれた。


     ☆


 翌29日は最終出勤日。今日もまだ、駄目っぽい。

 とはいえ世間の新ママさんなら4日目5日目っていったら産後の肥立ちの真っ最中、ようやく退院できるけど家で家事は大体免除される位で。でもまぁこっちは翌日・翌々日を派手な外出しておいて、今更何? って言われそうだけど、体力が完全じゃないんだから仕方ない。


 百合子がちょっと前に出勤していったところで、突然インターホンが鳴った。

 百合子ならインターホンなど鳴らさず入ってくるから、また誰かヘルプ来てくれたのかな? と思って、カメラ映像を見たら、あれ? 景子でも涼子でもない。大きなスーツケース横に転がして、って。


 玄関開けたら、ちょっと懐かしい顔が目の前に。

 ショートボブに防寒コート。海外に出張していた筈の、実花みかだった。

「え!? どうしたの、いきなり」


 ドア開けたとたんに実花は優子に抱きついてきた。

「びっくりしたやで、連絡聞いて。何で知らん間に、結婚して子供も出来とんや!」

「知らないわよ、予定外よ。そっちこそ、帰国は年明けじゃなかったの?」

「メール見て、早々に切り上げて、着いたんは今朝の早朝や。空港から直行して来たんよ」

 でもまぁ早々に帰国できたという事は、仕事も順調だったという事だろう。

 本来なら、この年末ギリギリまで働いて、正月休み中は現地で遊んでくる予定だった筈だから、そのプライベートを切り上げて帰ってきた感じか。


「まぁええわ。さっそく見せてぇな。優子の赤ちゃんを」

「あ、ああ、そうね」

 実花を招き入れて、玄関のドアを閉めた。

 スーツケースはそのまま玄関に置いたままで、中に案内する。

 そのまま居間の、簡易ベビーベッドのバウンサーにいる愛美を見せた。


「はう?」

 さっきまでは寝ていたが、おそらくインターホンで起きたのだと思う。

 見上げると、愛美からは初顔の実花がそこに立っている。


「うわぁ、可ぁ愛いー!。 抱いてええ?」

 いきなり、うずうずしている。

「生後4日よ。大丈夫?」

「だーい丈夫、大丈夫。まーかせて」

 そう言いながら無造作に抱き上げる。無造作そうに見えながら、左腕は首から背骨にかけて一直線にカバーして、右腕でお尻から左半身をしっかり支えている。

 同じ状況でも、涼子だったらもっと、恐る恐るだ。

 実花は、これまでの過去について何も聞いた事ないけど、ひょっとして出産育児経験とか、あるんじゃなかろうか。

 愛美も、突然の知らない人ではあったが、優子の信頼感や、この持ち方の安定感から安心して、既になじんでキャッキャ笑っている。

 確かに、抱き方に不安要素は無い。


「ホンマに生まれたばっかの新生児やな。かーいいなぁ」

 赤黒く、ぶよぶよして、目のまわりとかも皺だらけで、一言で例えるなら猿みたいな新生児を可愛いと言えるのは、お世辞か、過去同様に新生児の愛しい存在があった場合と思えるから、過去に実花も出産経験とかあるんじゃないかと思ったが、残念ながらそういう事については一切、聞いた事はない。

 結構長い時間、ゆさゆさしたり、にらめっこしたり、していた。


 あれ? 全然、優子からの会話がないな、と思ったら、優子はソファに深く腰掛けたまま居眠りしていた。


「もう、こっちを全面的に信頼してくれているのはえねんけど、ちょっと不用心ちゃう?」

 実花がそう言うと愛美も、うんうんと頷いた。


「えーっと、そろそろちゃうかな。どぅやろ」

 実花は、オムツに手をあてる。触った感じと重みで、濡れているのかどうかは、だいたい見当つく。


「えっと、オムツの替えは……」

 と実花がつぶやくと愛美は、こっちこっちとバウンサーの方を指さす。見ると確かにバウンサーの足元に、使いかけの新生児オムツやら、お尻拭きやらが積みあがっていた。


「まだ大丈夫や思うけど、折角やから換えとこか」

 実花は愛美をバウンサーに寝かせて、オムツカバーを脱がせ、紙オムツのテープを剥がした。


「おやや、元気良えし、眉もりりしいから坊ちゃんや思たけど、お嬢ちゃんやったんかいな」

 オムツを開帳させて、その両足を開かせて見る。

 おしっこは何回かしているようだが、ウンチはしていない。

 濡れたお尻も、さほど汚れもかぶれもない。

 これなら、お尻拭きは要らないな、と新品の紙オムツと交換して、オムツカバーを履かせる。

 

「オムツはOK。こっちはどうや?」

 バウンサーに転がっている哺乳瓶を手に取ると、もうほぼ空だ。

 多少は残っているかもしれないけど、すっかり冷めている。


「ほな、ちょっと待っといたってな」

 実花は哺乳瓶を持って、キッチンへと行った。

 湯沸かし保温ポットは70度で保温されている。OK!。


 哺乳瓶から吸い口部を外して手早く洗い、洗い桶から殺菌済の哺乳瓶・吸い口を出してきて、代わりに今洗った分を漬け込む。

 殺菌済の哺乳瓶も軽く洗ってゆすいで、目の前にあったミルク缶から、さっと摺り切り1杯。70度のお湯を哺乳瓶に2/3程入れて、手早くマドラーでかき混ぜる。完全に混ざったら、残りの1/3のお湯を入れてから、別の洗い桶に哺乳瓶を立て、下半分ぐらい浸かる位の水を入れる。冷ます為だ。

 冷ます間、簿妙に手すきだったから、ついでに流しに残っていた食器も洗って、水切りに立てておく。


 さて、そろそろかいな。

 哺乳瓶から、腕の内側にちゅっと出して温度を確かめると、

「おまち」

 と言ってバウンサーに行くと、愛美ちゃんは手足をジタバタさせて、しっかり起きている様なので、左手一本で首と背骨に沿って抱き上げ、右手は哺乳瓶持っているから肘でお尻を支えながら持ち上げ、楽になれるところ……一人用のソファが空いているのでそこに座って、愛美ちゃんの姿勢を正してから哺乳瓶を咥えさせる。

 

 おっ、

 お腹すいとったのか、勢いよぅ飲み始める


 左腕で首の角度を調整してやり、右手は哺乳瓶を持って飲みやすい様にする。

 顔を見ている。必死で飲んでいる。

 ああ、何かえなぁ。


 もう今朝到着する為に、昨日は一気に仕事を終わらせ、先方が引き留めるのを色々言い訳しながら、親睦の夕食も途中で切り上げて、深夜の便に飛び乗った。

 バタバタしていたせいか、昨夜はあまり眠れんかった。


 やっと今、落ち着いた感じ。

 愛美ちゃんは、まだミルクを飲んどる。

 飲みええ様に、またちょっと位置調整しとく。


 はて、ウチは、こんな事をする為に急いで帰ってきたんか?

 でも、この顔を見とったら、そんな事はどうでもぅなる。

 完全に安心して、自分に全てを任せきっている。

 ミルクもオムツも、満足そうである。

 せやね。これしたかったから、急いで帰ってきたんやね。


 向こうのソファでは、まだ優子が居眠りしとる。

 まだのんきに、居眠りしとる。


 なんか、他にも来る為の用事があったよーに思たけど、なんやったっけ?

 忘れる位やったら、急ぎやないんやろぅけど。


 と暫くぼーっとしとったら、ガチャガチャっと音がして、玄関が開く音。

 その直後、ボコンと音がした。玄関のスーツケースに当たった音か?

「あれ? 誰かいるの?」

 百合子社長の声。


 また、もう一人分の靴の音があり、。

 でもって、こっちに向かってくる足音。ちょうどこのソファがリビングの入口方向を向いていたから、すぐ顔と顔を見合わせる事になった。

 向こうからは、ちょうど愛美ちゃんにミルクを与える姿が真っ先に見えただろう。


「え? 実花。なんでここに?」

「ん、この子のママが居眠りしとったから、代わりにミルクあげていたところ」

「ええっ?」


 ひょっとしたら、何故今、自分が帰国して、この部屋に居るのかを聞いていたのかもしれんかったけど、状況が面白かったので、そっちを答えた。


「え? 何っ? どうしたの?」

 途端に、飛び起きる優子。

 あんた、えよ。すごく天然やん。


 百合子社長の後ろから、ベビー用バスを担いだ涼子が現れた。

 あ、なるほど。涼子と一緒か。


「なぁ涼子! それ置いたら会社帰るんやろ、乗せてって」

「え。ああ、良いけど……」と言いかけ、百合子社長に、

「あ、良いですよね」と聞き

「ああ、いいよ。送ってあげて」と指示貰っていた。


 で、まだ「え? え?」と当惑している優子に愛美ちゃん渡す訳にはいかんから、その代わりに、

「じゃ、選手交代で」

 と、百合子社長に、愛美ちゃんと哺乳瓶渡した。


 百合子社長は何か言おうとしていたけど、全然まとまらない様で、

「ああ、もうややこしいから、後で報告書一式を、私と優子のメールアドレスに送っておいて。私、もう来年の出勤日まで出社しないから」

 と、百合子社長に言われて

「はーい。了~解~っ」

 と、言って涼子の肩を叩いて、スーツケース転がして出て行った。


 実花と涼子が出て行った後、

「ねぇねぇ、何で百合子がいるの? 実花は? あ、愛美ちゃんにミルクあげないと……」

 優子は、まだ寝ぼけていた。



 ――― next after 7 年始 と 初出勤 ―――


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