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刻(とき)吸いの魔女  作者: かもライン
愛しの人を、赤ちゃんにしてしまったら
11/20

after 4 区役所へ

 先程落ち込んだ事も一旦は忘れて、優子は、オムツ換えを始めた。

 オムツカバーを外し、止めていたテープも剥がした。


 ウンチしていた。それも2回か3回分。

 でも、新生児のウンチは母乳しか飲んでいないから、あまり臭くないし濃い色では無いから、あまり汚いと思わず新米ママの優子でも抵抗なく処置できる。


 赤ちゃんの肌はデリケートだから、自分のウンチでかぶれない様にウェットティッシュで処理をする。ウンチは、ばい菌の塊なので、特に股間の割れ目には綺麗にふき取る必要がある。しかも丁寧に。


「凄いわねぇ。こんなに小さいのに、ちゃんと女性器だわ」

「あぅぅ」

 優子はしみじみと愛美のそれを、くぱっと開いて隅々まで掃除する。

「あらあら、ちゃんとこんなところまで」

 性器としては敏感な部分を、指でくるっと一周撫でる。

「ぅあ~ぉ」

「感じる?」

「いぁぃぁ」『痛いからやめて』

「あら、そう」


 優子はその一言で興味なくして、綺麗になった状態に満足してオムツを取り換え終わったが、実は愛美は先程の愛撫に少し感じてしまっていた。

 愛美が改めてふと思ったのが、一歳男児に戻された時も彼女のテクニックで絶頂に達した事があった。今でも同様に、もし本気で愛撫されていたら、新生児にもかかわらず、また性的にイってしまうのではないかと思い、少し恐怖した。


 おむつ替えが終わって、応接室に戻って来た。

 応接室でも戻ってくる気配に気付いてか、それぞれお茶を飲んでいたり、当たり障りのない世間話しているところで社長室のドアが開いたから、ずっと談笑していたように感じるだろう。多分。


 そこで優子は入ってきて早々、涼子と百合子の方に向かって話しかけた。

「あの、予定通り区役所まで送ってもらいたいんだけど、手続きは私一人でやりたいから百合子の付き添いはいらない」

「どういう事?」

「行ったら百合子がテキパキと、流される様に色々な手続きしてくれるんだろうけど、これは自分の事だから、一番大切な事だから、自分自身でやりたいの」

「ほう、ほう」

「やり方は一通り調べたわ。多分、私一人だと、不備があったり順番間違えたりするかもだし、手間取って、今日一日で全部終わらないかもしれない。でもそれでも、全部私自身でやり遂げたい。後悔したくないから」

「そう」


 百合子はため息ついた。この娘は普段はおっとりしながらも、こうと決めたら絶対にそうする。頑固なところがある。そう決意した以上、絶対引かないだろう。

「分かったわ。じゃ、書類一式、そちらに渡すね」


 優子は、先程の書きかけの婚姻届と、院長先生に証明貰った出生届が入った封筒を受け取った。

 それと、自分の席から自分の筆記用具が入ったケースに、別の引き出しから自分のシャチハタじゃない印鑑を出してきて入れた。

 百合子はそれを見て、チっと舌打ちした。

「気付いたか……」

 忘れている様なら、それだけは出発前に指摘しようと思っていたところだった。


「でもまぁ、てこずる様なら何時でも電話してきてね。何時いつでも飛んでいくから」

「出来るだけそうならない様に、頑張る!」


 もう、すっかり昼休み時間は終わって、それぞれ全員仕事にかかる雰囲気になっていた。

 ふと思い出した様に、百合子は涼子に声をかけた。


「あ、そうだ。例のベビーカー積んでおいて」

「もう、積んでいるよ」

「え? ベビーカーって、まだ愛美ちゃん使えないわよ」


 軽くて折りたたみも出来るB型ベビーカーは論外としても、寝かせた赤ちゃんでも使えるA型ベビーカーでも通常は生後一ヵ月から。愛美の様な新生児では使えない。


「ベビーカーのままじゃ使えないわよ。そのベビーキャリーは、ベビーカーに装着する事が出来るのよ」

「あ、そんな事が」

「車にもベビーカーにも装着できるのが、トラベルシステムなの」

 百合子は、自信満々に言った。


「世の中、色々と便利なものがあるよ。新生児用の抱っこ紐とかもあるからね」

「いつ買ったの?」

「だからレンタルしたんだって。あの病院から。ベビーシートとかと一緒に。どうせこんなもの、数か月ぐらいしか使わないからね。」

 先ほど言っていた、一式レンタルの詳細なのか。


 嗚呼、世の中便利なものがあり、百合子はそれを知っている。私は知らなかった……やめよう。せっかくモノはあるんだから利用する。まずは進まないと。


「もう、出られる?」

「大丈夫」

 赤ちゃん用品の一式、家から持ってきたところに、ここにあるものと一部交換&追加して、詰め込んでおいた。多分、大丈夫の筈。


「あ、愛美ちゃんを」

 カバンやら結構、大荷物だ。

「どっちか持つよ」と涼子。

 一瞬考える。

 愛美のまま抱きかかえるのなら当然、自分か百合子か、まぁ育児経験のある景子になら良いが、未経験の涼子や里枝に任せるのは怖い。

 でもベビーキャリーに乗ったままなら、涼子に任せても大丈夫か。


「じゃ、愛美ちゃんお願い」

「オッケー!!」

 涼子はベビーキャリーを抱きかかえ、愛美を乗っけたまま座席のベースに取り付けた。


 流石の腕力だ。外す事は出来たけど、多分優子自身だったら、愛美が乗っていない空の状態でしかセット出来ないだろう。セットした後、赤ちゃん本人を乗せてベルトをかけるという方法でしか。

 でも涼子は楽々のせたままセットさせた後、固定出来ているかしっかり確認し、ついでに愛美の額をツンツンとつつく。


「あぶ……」


 もう、すっかり涼子は愛美の世話が気に入ったみたいだし、愛美も涼子に完全に気を許している。

 そうね。一回ぐらい、ちゃんと抱っこさせてあげても良いかなと思う。もうちょっと落ち着いた時にでも。

 優子はカバンとリュックを助手席に乗っけ、自身は愛美の横、後部座席に座った。

「じゃあ出るよ」

 涼子は運転席に座って、エンジンをかけた。

 優子も、スライドドアを閉めた。


「あ、区役所行く途中で、ハンコ屋さん寄ってくれる」

「ハンコ屋さん、どこの?」

「あ、ちょっと調べるから」

 優子はスマホで検索しようとしたが、

「ああ、それならこっちのナビで調べる。あ、あった」

 涼子はナビをセットして、営業車のハイエースを発車させた。


 優子としては、事前に色々調べて万全なつもりだったが、実際にはスムーズにとは言えない感じだった。しかしまぁ、持ち前の運が良いのか、その流れが良かったのか、意外と状況には助けられていた。


 まず、寄って貰ったハンコ屋さんに『倉岡』のハンコが無かった。いや『倉岡』の欄はあったが売り切れていた。見ると結構売り切れ箇所はあったから、それなりに売れているのか補充に気が回っていないのか。

 帰ろうとしたら、奥から頑固そうな店主から、急ぎならすぐに作る、通常1,200円のハンコ代に特急料金500円追加するなら10分で作ると言われた。店内のポスターには特急は1時間で、と書かれていたから超特急なのだろう。今から別のハンコ屋さんに行くより早いからと思って頼んだら5分で出来た。樹脂製の専用機械使ってではなく柘植つげか何かの木に手彫り。しかも良い出来。この店主、ただ者ではない。


 待たせて車で愛美を見て貰っていた涼子にお礼を言い、区役所に着いたが、自力でベビーカーにベビーキャリーの装着出来なかったので、それも涼子にやってもらって教えてもらった。本当に一人で大丈夫かと心配そうに念を押す涼子とは、そこで別れて区役所に入っていった。

 バイバイ、と愛美は手を振った。

 ちょっと苦笑いしながら、涼子も手を振り返した。


 でもって、まずは婚姻届けの為の戸籍謄本だが、優子はその区役所に本籍ある為、普通に申請して取れた。

 健太は住所の区が違うから通常ここでは取れないが、専用端末ブースでマイナンバーカードを使って申請出来た。何年か前に健太自身が転職で必要になって取得申請用の利用登録もしていた為、パスワードを健太(愛美)に教えてもらって取得出来たが、もし申請の為のマイナンバー利用登録を事前にしていなかったら登録確認まで数日程かかったであろう。もしくは健太の住所の区役所まで移動するか。何にせよ、ここでも状況に助けられていた。


 さて婚姻届けと出生届と同じ、戸籍担当の窓口で行われる。

 この手の申請は、窓口の担当者によって天国と地獄の格差を味わうことになるが、実は優子が行った窓口担当は、アイス・ドールとの愛称を持つお局職員であった。

 通常なら不備のある申請書類を持ってきた申請者を恐怖のドン底におとしいれるが、今回は逆、ある意味相手が悪過ぎた。


 出された届け用紙は、不備だらけというかどう書いていいのか分からない空欄だらけで、本来の彼女の仕事としては、不備個所を丸で示した上、早口で内容説明だけして『書けたらまた持ってきて』と指示して突き放すところだったが、目の前に現れたのは、昨夜に出産したばかりのママが、同じく昨夜に生まれて生後半日の新生児を連れて、婚姻届けと出生届を出しに来てたという状況。


 普通なら絶対に私語も言わない彼女が、思わず「難儀な……」とつぶやかせただけでも、普通ではありえなかった。


 昨夜産まれたからと翌日に出産届を出しに来るのは、まぁ早いが特に珍しくはない。でも、それは親とか夫とか家族の者が来る場合だ。なぜ出産した本人が、出産した翌日に来るのか? しかも、その新生児を連れて。

 暫くは外出そのものを控えるだろ。母親は当然。新生児に至っては論外!


 さすがのアイス・ドールも、指摘して突っ返す事など出来なかった。さっさと通して帰らせて、休養させてあげないと。これで体調崩したり後遺症なんか出したら、どーするのか?

 一応アイスドール女史も、出産・育児は経験あり、出産の苦しさも体験済みだ。


 新生児の肌の色は、赤黒い。これは普通の人間の肌の色ではない。むしろ死体の肌の色を思わせる。そういう意味で、まだこの子は、こっち側に来ていない。いつ向こう側に逝ってしまうか分からないような不安を掻き立てる。

 それは自ら、自分の子供を産んで育てた経験が、その気持ちを増幅させる。


 あ~っ、と頭をむしって、口頭で話を聞き、代筆して欄を埋めていった。

 そりゃ、先に婚姻届けを出さなければ、出産届の本人の名前に夫側の姓は使えない。

 でも、今日来るか? 昨夜の今日。産院も退院させるか? 今日。

 出生届の証明欄見て、また頭を抱えた。

 あ、自宅出産なのか……。

 しかし女史としても書類を見て、自宅出産に気付いても、まさか自力出産だったとは思わなかったであろう。


「あの? 何か」

「いや、いいの、いいから。全て、全部、辻褄合うようにして空欄埋めるから」


 女史は、一回顔に手をやって心を落ち着けた後、一気にその空欄を埋めていく。分からないところは、端的に聞く。

「じゃあ、こことここに印鑑押して。こっちが『倉岡』で、こっちに『春風』で」

 優子は言われる通り印鑑を押していく。先程、彫って貰ったばかりの印鑑を。

「ああ、はい。じゃあこれで正式に受理されましたので」


「あの?」

「何ですか?」

「婚姻届受理証明書って、どこに申請するのでしょうか?」

「あ、あ~……」

 再度、女史は頭を抱えた。なら、なら先に、というか一緒に言えよ~。


 黙って、奥から受理申請書等交付申請書を出してきて、少し考えてから書き込むべきところを全て代筆で書き上げ、

「では、これをあちらの受付持って行って、手数料払って下さい。って、婚姻と出生両方か、少々お待ちください」

と、出生証明も併せて2枚の申請書を書き上げた。

 これでお役御免か、と思ったが、ふと悪い予感がして聞いてみた。


「まさかと思うけど、母子手帳って持っています?」

「え? あ、あー。そんなものありましたよね」

 のほほんと、天然の表情で応えるその優子の顔を見て、また頭を抱え、

「そうしたら、この出生届の受理証明書貰ったら、そのまま区民課ではなく、10番の子供支援案内の窓口へ行って下さい。本来なら産院から妊娠の証明書貰わないといけないのですが、もう既に出産済みなので、その出生届の証明書でいける筈です。それと児童手当の申請は15番の子育て手当課の方に。あと出産育児一時金の申請は、この区役所でなく健康保険協会ですが……」

と、言いかけたが婚姻届けの中で優子が会社員であった内容を思い出し、

「あ、そちらは会社の方から、健康保険協会に申請して貰って下さい。それと」

 女史は何度か息を整えた後で、

「会社の方から、ちゃんとその子の健康保険証も申請して貰って下さい」

 一気に言い終え、念の為さっき言った事を全てメモに書いて、これで本当にお役御免と、一式の書類を渡した。


「あの」

「まだ、何か?」

「本当に、色々と手続きして頂いて、ありがとうございます」

と、優子は深々とお辞儀をした。

 赤ちゃん(愛美)を抱いた状態でのお辞儀だったので、

「え? ああ」

と、心配して見たが、特に問題はなさそうだった。

 その赤ちゃん(愛美)からも、ニコッとした笑顔とバイバイと振る手に、ずきゅん! と心を奪われた。


 一般的に新生児は、可愛いというカテゴリーにはない。むしろ危ういという不安感を掻き立てる。赤ちゃんが可愛くなるのは、おおよそ生後一か月ぐらいから。肌の色も綺麗なピンクに染まり、もう大丈夫、人間側・こっち側に来てからである。

 でも女史は心を奪われた。自分の子供の出産直後のことを思い出したから。

 だから無条件に可愛いと感じた。本来眠っているか、起きている時も生きている事に苦痛の表情しかしない新生児が、時折り見せる笑顔。それを思い出した。


 思わず応えて小さく手を振ってしまい、いかんいかんと気を取り直した。

 ダメだ。自分は自分の仕事をしないと。


 彼女達が見えなくなった後、行きがかりのついでと思い直し、念の為に、10番窓口と15番窓口にも内線で、

「今からそっちに、昨夜出産したママが昨夜生まれたばかりの新生児連れて、届の書類出しに行くから」

と伝えて、しっかりと処理する様にと注意した。

 その脅威は、その両窓口にも伝染し、恐怖したという。


    ☆


「全部無事、終わったよー」

 帰りはタクシーでなくベビーカーを押して地下鉄・JRを乗り換え、優子は会社に帰って来た。


「お帰り」

 ちょっと心配だった百合子が出迎えする。


「ふぁあああぁぁ」

 ベビーカーの中で、愛美も顔をぐねっと歪ませて、赤ちゃん独特の表情で、大きくあくびをした。

「この子も立派に一仕事したって顔しているね」

「そうよ」

 ある意味、この子連れだからこそ、婚姻届・出生届だけでなく、母子手帳申請も児童手当申請も順調に回ったとも言えるし、この事は区役所で伝説となって語り継がれるのだが、それは後日の話。


「じゃ、この子も疲れたと思うから、今日はこれで帰るけど大丈夫ね?」

「大丈夫です。何かあれば連絡します」と、景子。


「あ、じゃあ家まで送る。色々買い込んだグッズもハイエースに積み込んだところ」と、涼子。

「そうね。すぐ出られる?」

「OK、いつでも」


「え、色々買いこんだって?」

「赤ちゃん用品。家用で足りないものとかリスト作って必要分をお店で見繕って揃えて貰ったのよ。ミルクとか紙おむつは相応に必要だし、ベビーバスやベビー布団の替え一式もあるし」

「あ、明日は土曜で休みだから、ゆっくり買い物とかしようと思ったけど」

「それはそれで良いわよ。服とか小物とか、いくらでも必要なものあるわ。今日、揃えて貰ったのは最低限」

「でも、結構あるね」

 ハイエースの荷物スペースは、結構埋まっている。

 何か、また母としての自覚が足りないような気がして、ちょっと落ち込む。


「お母さんとしても、まだ0歳なんだから、ゆっくりやって行きなさい」

 まぁ、経験者は語るんだろうなぁ。

 そうこうしている間に、ベビーシートは涼子が装着した。愛美をシートに固定し、優子は横に座る。百合子は、助手席だ。

「んじゃ、お疲れさ~ん。良い週末を~」

 里枝が外まで見送りだ。

「お先に失礼しますね」

 遅く来て、早く帰る。正に重役出勤だが、本当に代表取締役社長と、取締役兼開発部長だから、OK!。

「じゃあね。あとヨロシク」

 百合子と優子と愛美を乗せて、営業車のハイエースは、会社を出発した。


 出発し、また愛美は大きくあくびする。

「今日は本当にお疲れ様。キツかったと思うけど、明日が土曜日だから今日中に出来る事やってしまいたかったのよ。まだ胸騒ぎでドキドキしているけど、ちょっと安心感あるわ。本来なら、来週でも良かったかもしれないけど、何か、本当にやらないとヤバそうな予感というか、焦り感じていて」

「あ~、今日言っていた百合子の予感ね」

 実際、それで優子は何度も助けられている。


「でも、多分もう大丈夫と思う。明日は、午前中もう一回診断して貰って、午後は愛美ちゃんの服でも見に行きましょうか」

 今日は週末であるが、もう年末も近いので、出来ることは出来るうちにやっておきたい。


「やっぱり色々物入りなのよね。今日のこれだって、まだ一部なんでしょ?」

 優子は荷台に並ぶ色々なものを見て、ため息をつく。

「まぁね。これ以降はやりながら足りないと思うもの揃える感じかな」


「明日は、車とか運転手は、要らないかい?」

 運転席から、涼子が話しかけてくる。

「大丈夫。ベビーカー使って、買い物とかしてみたいし」


「きゃうわ、いぉぅおあん、ぅんえん、おうおーああ」『今日は、涼子さん、運転手ご苦労ーさま』

「いや、こういう事も実に興味深い、気にしなくて良い良い!」

 と、涼子は言った後で「あ……」と、手を口に当てた。


「あ~あ、やっぱ、気付いちゃってたか」

 百合子も、頭をポカポカやっている。

「百合子ぉ」

 心配そうに、優子も百合子の方を見る。


「あ~、いいわ。どうせいつか分かる事なんだから。こんなに早い展開で話す事になるとは思わなかったけど」

「あっえ、いぉーおぁいぉーえ、ゆーおぁんおゆーぁん、あえぉうぃーあんええぉ」『だって、昨日の今日で優子さん出産した事、誰も平然と事実として受け入れていたから、身内かもしくは、協力者なのかと』

「まぁ確かに、そうよね」


「いぉーおぁん、おぅおうーあぃい、いひーふぃあんおーいぇあ」『涼子さん、僕のつぶやきに、色々反応していた』

「そうね、涼子はすぐ顔に出るから」

「おああああああ」

 運転席で涼子もペチペチと、自分の頬っぺた叩いている。


「え、あぇあぇあ、ぅわぉあんえうぁ」『で、誰と誰が魔女なんですか?』

「そういう意味なら、全員が魔女よ。愛美ちゃん、貴方も含めて」

「えあ!?」


「魔女のお腹から生まれしは、誰もが魔女としての資質を持つ。それ以外の方法でなる場合もあるけど、ここの人たちは皆、魔女として生まれた者たちよ。能力差はあるけど」

「いぉーおぁんあ?」『涼子さんは?』

「え、私?」

 涼子は、ちょっと気まずそうにしゃべる。


「ボクは、聞いたり視たり感じたりと、受動するのは良いけど、術をかけるとか発信するのは苦手なんだ」

「そういう意味では、景子が一番多才でレパートリー多いかも。私以上にね。里枝は全然ね。素質はあるんだけど。優子もこの前まで全然ダメだったけど、最近やっと伸びてきた感じ」

「ううぅ……」

 なぜか優子は声が詰まっている。


「まだ早いから、触りだけにしておくけど、私も魔女としては古株だから色々と魔女のネットワークとか持っているし、色々な関りはあるわ。全部知っている訳じゃ無いけど。いずれ貴方も魔女としての役割を発揮する時があるかもしれない。でも今は、ゆっくり大きくなることだけを考えなさい」

 百合子は助手席から手を伸ばし、愛美の頭をポンポンと撫でた。その掌は愛情に満ちていた。それ程大きくないけど、愛美にとってはとっても大きな掌。

 その手から発せられる愛情の波動の様なものを感じられるのも、魔女の力なのか?


「あ~~~」『私も愛美ちゃんの頭を撫でたい!』

 涼子の心の声が聞こえた。


「あおっ、ゆぃおあん。あーあぇえおぇあぃあ」『あの、百合子さん。改めてお願いがあります』

「なーに?」

「うぃあいゃいぅおいわ、」『次会社行った時は、ちゃんと紹介して下さい。みんなの』

「あ、ああ!」

 百合子はポンと手を叩いた。


「そりゃそうだね。まぁ連れて行った赤ん坊に皆を紹介するなんて普通しないけど、この場合は必要よね」

 そうこうしている内に、優子のマンションに着いた。


 涼子は、営業車をマンションの外来駐車場に停めて、出てくるっと回って後部座席のドアを開けた。

 既に優子は、愛美のハーネスベルトを外しているところだった。

「あの」

 そのドアの近くに、直立不動の涼子がいた。


「なーに?」

「荷物は全部運びますから、その前に」

 涼子は一旦、呼吸を整え、

「愛美ちゃん、一回抱かせて下さい」

 両手を前に出していた。


 ああやっぱり、こう来たか。

「そうね。今日一番の功労賞だもんね。ちょっと危なっかしいけど、慎重に扱ってくれるなら」

 と言いながら、愛美の顔も見て聞いた。

「涼子さんに、抱いて貰ってもいい?」

 愛美はコクコクと頷いた。


 優子は一旦、首とか保護しながら一回愛美をシートから抱き上げて、涼子の方に向けて腕を伸ばした。。

 おそるおそる涼子は愛美を受け取る。


「肩の方で、首をしっかり支えるの。そう」

 優子は、ゆっくりと預けていた手を離した。

「おおぅ」

 今、完全に涼子一人で愛美を抱きかかえていた。

 全体重を支えた緊張感が、抱いたけど大丈夫だったという安堵に変わっていく。


「やっと愛美ちゃんとトモダチになれました」

 抱いたまま、揺らしたりギュッと抱きしめたり。

「こうして見たら、やっぱり涼子も女だよねぇ」

 今日初めて見せる、涼子の女っぽい仕草と表情だった。


「改めて、小松原涼子。営業兼倉庫担当・34歳独身です」

「って、お見合いじゃないんだから」


「やっと私にも後輩が出来ました」

「え?いぇやんぁ」『え?里枝ちゃんは?』


「里枝は、年下ですが、入社は私よりも先です」

「あ、おぉあんぁ」『あ、そうなんだ』

「これからも、可愛がらせてください」

 そう言いながら、ちょっと名残惜しそうに、愛美を優子に返した。


「じゃ、荷物を運ばせて頂きます」

 何か栄養補給させてもらって元気いっぱいになった涼子は、オムツやミルクの袋やベビーバス等をドンドン運んで行った。優子の部屋とかの説明は不要らしい。

 一通り全部運び終わると、

「では、お疲れ様です」

 と言って、営業車で帰っていった。


「まぁ、ホントにぎやかな娘だね。何かと便利だけど」

 百合子はため息ついて、つぶやいた。

「あ、それと私、暫くあんたの所に泊まり込むからね。愛美ちゃん、落ち着くまで」

「え、ええ。良いわ。こっちも助かるし」

 愛美の世話で、寝不足は覚悟していたが、百合子が助けてくれれば、身体壊す事は無さそうだ。


 こうして春風家、いや新しく倉岡家になったこの一家に、ようやく長い一日が終わりを迎えた。


「あ、表札も新しく架け替えないと」

「あううぅーっ!」


 ――― after 5 に続く ―――

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