after 3 優子の職場
住宅街の一角、上はマンションで一階には商店やらテナントが並んでいるところに、優子と百合子が経営する会社があった。倉庫と事務所合わせても80坪くらいの小さい会社。テナントの前に、駐車場スペースが3台分あるが、営業車はこのハイエースのみ。残りは外来とかで使っている。
従業員は優子と百合子入れて6名の、輸入販売等をメインにした商事会社である。
「あ~、おかえりなさーい。わぁ可愛い!」
ベビーシートをベビーキャリーにして取り外し、抱えたまま事務所に入ると、受付・事務の里枝 《りえ》がさっそく寄って来た。
「大変だったでしょう。お疲れ様です」
奥から、経理担当の景子 《けいこ》も現れた。
まさに興味津々の様子だ。
「そんなに皆、慌てて来なくても逃げないから。それよりお昼まだでしょ。ピザでも取る?」
「あ、ゴメン。今、脂っこいものはちょっと」
折角の百合子の好意だったが、何か色々あったせいか、しつこいモノは胃が受け付けそうにない。でも確かにお腹は空いている。
「うどんかソバだったら、いけそう」
「あ、そう。じゃ、更科のメニュー持ってきて」
更科はこの近所にあるソバ屋で、たまに出前も取るからメニューもある。
「貴方達も頼んでいいわよ」
百合子は、涼子や里枝達にも、そう声をかける。
「んじゃ、あたし、鴨南蛮そば~!」と、里枝。
「では私は、鍋焼きうどんで」と、景子。
「カツ丼大盛のセット」と、涼子。
「あぅおー、あぅおー」『カツ丼、カツ丼!』と、健太。
「駄目よ! 産まれたばっかりの子が何言ってるの。貴方はママのミルク!」
「ぶ~!」『ぶ~!』
涼子は健太の表情見て、笑っている。
優子は健太をキャリーから外して抱きかかえて、奥の応接ソファに座り、服のボタンを外し始めた。
この場には女しかいないから、気にせず母乳をあげられる。とはいえ流石に最低限の露出は避ける為、授乳ケープは使う。
さっそく健太はおっぱいにかぶりつく。
「で、優子は何にする?」
「山菜うどん。あったかいの」
優子が母乳あげ始めて、ほのぼのと見ている里枝。興味なさそうに仕事を再開する景子。なぜか見て見ぬフリをしている涼子。
「じゃ、出前が届く間に出来る事を進めておきましょうか。婚姻届、ダウンロードしておいたからね」
百合子はA3サイズにプリントされた婚姻届けを持って、優子の横に来た。
「手が離せないだろうから、書けるところはこっちで書くから、ちゃんと確認しな」
「うん、ありがと」
優子は健太におっぱいあげながら、その婚姻届け用紙の方を見る。
健太もそっちの方見たいのかゴソゴソしているけど、授乳ケープが邪魔で見えなさそう。とはいえ、仮に見えたところで、そんな中途半端な距離に焦点は合わないだろうけど。
「名前・生年月日。健太くんのところは私が書くから、自分のところは後で自分で書きなよ。健太くんのソレは、免許証通りで良いよね」
健太はおっぱい飲みながら、うんうんと頷く。
「住所と本籍は、戸籍謄本通りじゃないと駄目だから、取ってからだね。免許証とかマイナンバーカード記載の住所は、番地とか省略している場合があるから。父母の欄も、戸籍謄本見て書けばいいね。次行こう」
百合子は、本籍や両親の名前のところは鉛筆で『謄本通り』と薄く書き込んでいる。
「さて、ここが一番のトコロ。婚姻後の夫婦の氏。もう決めた?」
「う、うん」
優子は、ちょっと詰まりながら頷く。
「あの、手間かもしれないけど、ここは世間一般通り、夫の、岡倉の姓を選ぼうかと思うの」
「ほうほう。その理由は?」
「結婚したいと思ったのは私たちの意思。それで私は健太くんの嫁になるんだから、岡倉を名乗るのが筋だと思うの」
「あ、おぅあぉぇ」『でも、そんな当たり前みたいな理由で』
健太は一旦おっぱいを口から離した。
「駄目よ。これは私のケジメ。健太くんの両親と会う時に、私自身が岡倉の人間になっているかいないかで印象変わると思うの。健太くんはその両親から見れば孫にあたるけど、私もやっぱりその母としてではなく、岡倉家の嫁として受け入れて欲しいと思っている。我儘かもしれないけど」
「まぁそりゃそうだろうね。両親から見れば、事前の連絡もないわ、いつの間にか結婚しているわ、子供も出来ているわ。で、当の本人はいないわ、で」
やっぱり百合子もおそらく少しは、考えてはいたのだろう。
「ただ、そっちの姓を選ぶと、色々と手間がかかるのよねぇ。免許証とかパスポートとか健康保険とか。銀行預金とか生命保険も名義変更しないといけないんじゃないかな。あ、それと優子はこの会社の役員だから、会社の登記も変更しないといけない。これは司法書士に連絡しないと」
「ご、ゴメン!」
「いいのよ。結婚したら、これらは普通に起きる事だから。という訳で、そっちの変更手続き準備と依頼は、お願いね~!」
百合子は奥の席に座っている景子に声をかけた。
景子はパソコンのモニター見ているまま、手を振って応える。
一応、この会話は横から聞いていた様だ。
「それに考えてみれば、健太くんが春風の姓になる方が色々な名義変更が難しいかもしれないわね。本人不在だし……」
「いぅおーあぅ」『いっそ、それなら何にもしなくても……』
面倒事の多さに、健太もうんざりな顔をするが、そういった事をいい加減にしたら、後がややこしい事になる。
百合子は、結婚後の氏の欄の、夫の氏の □ に ✓ を付け、その先を見た。
「新しい本籍は、流石に優子の今の住所で良いわよね」
「ええ。それは前もそうだったし」
悪い思い出しかない前の結婚でも、一回やった実績を振り返る意味では役に立っている。
「えっと同居を始めたのは、昨夜で良いのかしら? それとそれぞれ、初婚・再婚って書く欄あるけど、優子は再婚。健太くんは初婚……再婚じゃないよね?」
健太は思いっきりブンブンと首を横に振った。まだ据わっていない首を。
「同居を始める前の夫妻の世帯の仕事と職業。健太くんは、流石に住民票はまだ親元のままじゃないよね。なら両方3の企業・個人商店等の勤労者、と。今年は国勢調査ないから、その欄は空欄。届出人の妻の欄は優子が書くとして、健太くんの代わりに私が名前を書いて、印鑑はその後で」
婚姻届け、やっかいと思ったけど、意外とサクサク進んでいる。
「連絡先は優子の携帯にしておいて、これが最後。証人の欄」
20歳以上の証人が2名必要となっている。
「証人が2名いるのよね。1名は私がするとして、もう1名は」
普通は夫側・妻側から1名づつというのが定番とはいえ、今回、健太くんサイドの人脈は全く使えないから、優子側の関係者でいくしかない。
「優子は、誰にお願いしたい?」
言われて、優子は回りを見た。ここには涼子と景子と里枝の3人がいる。
「じゃ、里枝ちゃんお願いできるかな?」
「ええっ!!」
すぐ里枝は振り向いた。やっぱり話は聞いていた様だ。
「あたしで良いんですかぁ? 付き合いの長さでいけば景子さんの方が」
景子も少し首を傾げている。
「付き合いの長さから言えばそうなんだけど、でも今後は里枝ちゃんが一番長く付き合いすると思うのよね。ここ退職しなければ」
「しませんよぉ!!」
「じゃ、お願い」
ちなみに、里枝が一番若く新しく20代後半。涼子は、もう少しいって30代の半ば。景子は百合子よりちょっと若い位の大ベテラン。
もう一人、実花は今、出張中でここにいないが、実は優子にとっては同世代で一番仲も良く、もし彼女がここにいたなら、おそらく彼女にその依頼をしていたと思う。でも今回は何より迅速に手続きを済ませる事が優先するから、仕方ない。あとで謝っておこう。
「それと書いてもらった、出生届見せて」
先程の病院の院長直々に出生証明して貰った出生届を封筒から出す。
証明書の医師の欄と、身長・体重を今日計った数値が書き込まれている。後は、こちらで書き込まないといけない。
「まぁ自宅出産の住所は良いとして、母の名前は届を出す順番とするなら岡倉優子になるのよね。まぁ、ここは窓口で聞いてからの方が良いかな。産まれたのは昨夜の、日付がちょうど変わったあたりかな?」
「え~? じゃイエス・キリスト様と同じ誕生日になるの~?」(※1)
その前から、ずっと聞き耳は立てられていたが、里枝は一回話しかけられているからか、もう公認で話の輪に入ってしまっている。
「さて、ここで一番大切な事、名前を決めないといけないんだけど」
百合子は自分のファイルを出してきた。
もういつの間にか、景子と涼子も近くに椅子持って集まってきている。
「貴方は貴方で考えているかもしれないけど、私もその候補用意してきたのよ」
そう言いながら、その紙を表に出した。
A4用紙に極太黒マジックで。
『命名 愛美』
出来れば半紙に墨としたかったが、急ぎだったからという事で仕方ない。
「皆から愛の恵みを受けて育ってくれたらと思って」
「いいんじゃないですか」と、景子。
「良い名前です~!!」と、里枝。
「あ、ゴメン。ボク、詳しい事とか聞いてなくて、てっきり男の子だと思ってた」と、涼子。
まぁ、誰からもりりしい眉毛と言われているし……。
「優子はどう思う?」
優子は、そう話振られて、はっと我に返り、
「あ、とても良い名前と思う。でも」
「でも?」
「ごめんなさい。実は、今まで色々と頭一杯になっていて、名前付けなきゃいけない事、すっかり忘れていて、全然考えていなかったの!!」
「あああ」
「優子~!!」
皆に攻められて、というより名前を付けないといけない事に改めて実感わいてきたからか、なぜかちょっと優子は涙がこぼれてきた。
「やっと、この子に、ちゃんとした名前を呼んであげられるのね」
そう言いながら優子は、その子を抱きしめた。
百合子は、そんな優子の肩に、ポンと手をやる。
「こんなに急かして申し訳ないけどね。また急いでこれらの手続き進めないといけない様な予感がするのよ。昨夜とかみたいな、切羽詰まったような感じじゃないけどね。相変わらず、何があるのかが分からずに予感だけだから、厄介なのよ」
「でも、こういう百合子の予感は絶対に当たるから……」
本当に厄介なものの場合もあるし、ほんのチョロッとしたものの場合もあって人騒がせの場合もあるから、もう何とも言えない。
ただ、その気持ちには逆らわずに、備えるに越したことは無い。
「じゃあ、本当に急かして申し訳ないけど、この子の名前、愛美 《めぐみ》で良いのね」
「そんな、凄くいい名前貰って。それに比べて、私……」
「いいのよ。ここまで必死で頑張って来たのよ。この子だってそれは十分分かっているわよ。ねぇ?」
百合子は、抱かれたその子の顔を覗き込んだ。
ついさっきまで健太、おそらく今から愛美になった彼女は、凄く複雑な笑いを浮かべて手を振った。
「まいど~。お待たせしました~」
ちょうど出前が届いた。
「あ、ありがとう。ここに並べて」
そう言いながら百合子は、お金を払いに立ち上がった。
まだ涙が止まらない優子に、景子はポンポンと 『そんな気にすることは無いよ』 と意味を込めて背中を叩いてあげた。
結局、全員いつの間にか集まって来ていたのが、そのままお昼になった。
とはいえ応接テーブルは全員で使えないので、里枝と景子は自分の席に持って行って、顔とか身体だけこっちに向いていた。
優子と百合子が3人がけソファに座り、その間に愛美が寝かされている。
その正面に涼子がカツ丼の大盛にうどんと小鉢のセットを並べて一人用ソファに座る。もう片方のソファ1つ分空いてはいるが、景子も里枝も遠慮して、それぞれ自分の席を使っている。
景子が熱いお茶を淹れ、それぞれの席を回っている。
「あ、そういえば、優子は母乳だからNGな食べ物あるんじゃなかったですかぁ」
里枝が口を開く。お茶にはカフェインが入っているから、と思ったらしい。
「そうだね。まずアルコールは一切ダメだ! 優子お酒好きだけど、その間は禁酒しないとね」
涼子がスマホ見ながら応える。
「カフェインは、これくらいのほうじ茶なら大丈夫だけど、飲み過ぎない様にだって。緑茶・ほうじ茶・ウーロン茶は1日1.5Lまで」
「そんなに飲まないわよ」
百合子も、涼子のスマホのページを横目で見ている。
「紅茶は、緑茶よりカフェイン強いわね。特に優子はセイロン茶を濃くしてミルク入れて飲むでしょ。それは止めた方がいいね。薄くしたらまぁOKみたい。それとコーヒーは紅茶の倍くらいカフェインあるみたいだから、出来れば避けた方が良いわ。
あ~、玉露は絶対ダメ。カフェイン濃度がそのコーヒーの比じゃない」
「あぁ何となくそんな感じよね」
「コーラとかエナジードリンクもNG、と」
「いっそノンカフェインの、麦茶とかタンポポ茶とかハーブティにしたら、ど~ですかぁ」
「タバコは元々私達全員吸わないですから大丈夫ですね」
「あと蜂蜜は、赤ちゃんに絶対NGだけど、母親が口にしても母乳に影響はないって書いてある」
「そりゃ、蜂蜜の栄養成分じゃなくて生きたボツリヌス菌が入っているかもだから、母親が接種したところで、血液から回って届くことは無いでしょ。ただ赤ちゃんの口に入らない様に注意しないと」
とりあえず、色んな情報がそれぞれのスマホを経て交換される。
婚姻届けと出生届は一旦封筒に入れて、うどん・ソバのテーブルからは隔離されている。
「あ、そうだ涼子。この後、悪いけどまた、私と優子を区役所まで送ってくれない?」
と、百合子。
「ああ、そのつもりだ。今日は倉庫の整理も大丈夫だし、出荷する分はまとめておくから、積み込むのは配送業者にお任せで」
「ごめんなさいね。何度も何度も」
「いいんだよ。もうクリスマスも年始の準備も終わりだし、出荷の一番の山場は過ぎたし」
涼子はカツ丼をかき込みながら応える。愛美はそれを『良いなぁ』と眺めている。
電話が鳴る。里枝がそれを取って対応している。
景子も時折、思い付きなのか、メモ取ったりPC検索したり。
何か自分が突然に出産したり結婚したりして色々あっても、それでも会社は普通に回っているんだなと優子は実感している。
『そうね。出産って、母親本人にとってみれば一大イベントだけど、世間的に見れば、何か特別という訳ではないのかも』
まぁ会社からしても非常事態、とかいう意味での特別な事ではない。ただそれが優子の場合、妊娠から出産まで一晩で終わっちゃった事が異常な位で。
「あ、愛美ちゃんのオムツ換えてくる」
「あ、社長室使っていいから。で、ゴミはまとめておいてね」
優子は愛美を連れて、社長室に入っていった。
見ると社長室に、新生児用オムツやお尻拭き、ミルク等のストックも山積みされている様だ。まだ組み立てられてはいないが、会社用にハイローチェア(※2)もある。もう優子が、この事務所で育児しながら仕事する前提で、しっかり整えられつつある様だ。
おそらく午前中、百合子の手配や指示で涼子が買い揃えていたりしたのだろう。
育児は大変だろうが、協力体制も整えられ、同時に優子の仕事的役割にも容赦なく期待されているという事なのか。
「私は目の前の事すら見えなくなっているのに、百合子はもっともっと先を見ているのよね」
社長室のテーブルに柔らかいマットが敷かれていたから、ここでオムツ換えて良いって事なんだろうなと思い、愛美をそこに寝かせた。
寝かされた愛美を見ていて、自分が凄く情けなくなってきた。
優子は、そのまま立ちすくんでしまった。
「あおぃあぉ」『どうしたの?』
愛美が話しかけてくる。
そう、ここにいるのは健太くんではない。愛美だ。
なぜか、そんな事すらも混乱して分からなくなっていた。
思わず、優子はギュッと愛美を抱きしめていた。
「ごめんね。私、ずっと貴方を健太くんの延長でしか見てなかった。もう既に私の娘なのよね。健太くんはもういないのよね」
「え? うぇうぇ」
「貴方の人生は、本来私が用意してあげなきゃいけないのに、ずっと百合子に頼ってばかりで、何もしてあげてなかった」
「おぅあぉんあぃお」『そんな事ないよ。ずっと面倒見てくれていたじゃない』
「でも私、貴方に新しい名前を考えないといけない、なんて事すら思いついていなかった。こんな姿になった貴方を、ずっと健太くんって呼んでた。そうよね、貴方はもう赤ちゃんで、女の子なのに……」
「あぅぅぅ」
「そうよね。百合子の方が、しっかりしていて良いよね。私じゃなくて百合子に育ててもらった方が、貴方も幸せよね……」
泣いていた。愛美を抱いたまま、泣いていた。
「離したくない。貴方を、離れたくなんかない。でも……」
「おぅぃえおんぁ」『どうしてそんな事言うの? 僕は絶対に貴方が必要なのに……』
愛美は必死で言葉を探した。
「おぅあぃやんぃああ」『僕は赤ちゃんになった。僕は僕である事の全てを失った。でも優子さんは失わなかった。だから僕は大丈夫だ。優子さんを失う事に比べれば』
「貴方……」
「はぁぇあぃぇ、いぁうあぁぁいえ」『離れるなんて言わないで。いなくならないで、僕は貴方が必要だ』
「ごめんなさい。ごめんなさい。もう言わない、もうそんな事」
「おぇぃおぅいぁ」『それに僕には、百合子さんが作るミルクより優子さんの母乳じゃないと……』
「そうね。そうよね」
優子は愛美を抱きしめた。
「ねぇ、めぐみちゃん」
「あぃ」『何?』
「愛美って名前、どう?」
「いぁぁ・あぅ」『違和感、ある』
「愛美って名前、嫌? 別の名前の方が良い? 百合子が付けた名前だし」
「おぇぁいぁう」『それは違う。百合子さんは、候補を出しただけ。決定は優子さん。だから別の名前にしたいなら、候補出してくれたら良い。でもキャサリンとかシンディとか外国人の名前を無理やり漢字にしたりキラキラネームにするのは嫌』
「それは私も嫌」
「えぅいあぅおぅ」『愛美は凄く良い名前だと思う。名前に愛情がこもっている。ただ、自分が女の子になっちゃったんだなと、忘れている事を、その都度思い知らされる様で』
「そう?」
「えぉいぅよぉあんぁぉ」『でも、必要なんだろうなと。まず自分が女だ、という事にも慣れていかないと』
「そうね。じゃ改めて決定!。貴方は今から、愛美ちゃん」
「あぁうぅ!」
愛美は複雑な顔をした。名前を認めたという事以上に、自分で自分が女の子であることを、宣言してしまったって事の覚悟の様なもの。
「あぁぁうおぅぅあぇぇ」『だから、まず、オムツ替えて。すごく気持ち悪い』
オムツ替えして、股間廻りを綺麗にして貰う事も、自分が女であることを実感させられる様で嫌だが、でも今の、このオムツが濡れて蒸れている状態が続くのはもっと嫌だ。
「はいはい」
優子は、赤ちゃんグッズの山から新しいオムツを取りに行った。
☆
社長室から、ドア一枚・壁一枚離れた事務所側。
先ほどから、お昼ごはんを黙々と食べてはいるが、誰もしゃべってはいなかった。
「景子、あなた『聴き耳』使っているわよね」
「社長、あなたも」
壁やドアに耳を当てている訳では無いが、意識はそちらに向いていた。
「聞いてた?」
「聴こえました」
要は、その社長室の中で話している内容を聞いていたという事。
「いいなぁ。あたし、まだそんな事出来ない。後でその内容、教えて」と、里枝。
「涼子は聞いてた?」
「いや、特に興味ない。こっちに関わってくる事なら、知っておきたいけど」
涼子は、もうお昼のカツ丼とうどん。全部食べ切って、景子が淹れてくれたお茶を飲んでいるところ。
「でも良い人、というか良い子だよね。あの娘」と、ポツリ。
「やっぱり聞いてたんじゃない!」
――― after 4 に続く ―――
※1 キリストの誕生日は、クリスマスの12月25日という事になっているが、実際にどうだったのかは聖書にも書かれておらず誰にも分かっていません。ずっと後、4世紀ごろに冬至の日にキリストの誕生日ではなく、キリストの生誕を祝う日としてローマ皇帝が制定させたと言われています。
ある意味、日本の建国記念の日と同じ様なもの?。
※2 ハイローチェアは、一見バウンサーに似ていて、ゆりかごと同様に横揺れする機能も付いているが、バウンサーが揺れて赤ちゃんをあやすのを目的にしているのに対し、ハイローチェアは寝かしつける事を目的にしている。
サイズとしても、バウンサーより大きく重い為、持ち運びには不向き。
安定している分、バウンサーよりは若干長時間の使用にも耐えられるが、やはり安眠させるためにはベビーベッドを推奨される。