第9話 伯爵様の豪邸で!
幽霊に怯えるヨークさんと相談し、俺とリアは彼からの依頼を受けることにした。
もちろん依頼が完了すれば、たんまりと報酬をもらえることになっている。
後日に冒険者ギルドで待ち合わせをして、夜を待ってからヨークさんに案内してもらって、街外れにあるという貴族様の別荘へと向かう。
今回の邸訪問には、ヨークさん以外の『閃光の翼』のメンバーは来ていない。
以前に邸に行った時に、幽霊騒動に巻き込まれて、この依頼はイヤだといって、一緒に来ることを拒否されたらしい。
『閃光の翼』のメンバーはヨークさんを除けば、女性ばかりだからな。
一度は悪霊と遭遇して撤退しているわけだし、幽霊を怖がる気持ちは理解できる。
一時間ほど坂道を歩いていくと、何軒もの邸の長い壁が建ち並んでいる。
周囲の邸を眺めながら奥へと進んでいくと、まるで黒雲に覆われているような、ドンヨリとした雰囲気の豪邸が現れた。
その邸を指差し、ヨークさんが爽やかに微笑む。
「問題の邸はここだ」
爽快に言い放たれても、目の前の邸からは怪しい気配しか感じられないんですが。
俺とリアが邸に入るのに躊躇していると、隣にいるエルラムが杖で胸を叩く。
『元賢者のワシがおる。いざとなれば火炎魔法で悪霊を焼き尽くしてくれようぞ』
『アタシも手伝います。盛大に燃やせばいいです』
「二人共、物騒なことをいうのは止めて。そんなことしたら邸の修繕費を誰が支払うかわかってるの。お貴族様の邸の建て直し費用を負担するなんて絶対にイヤだからね」
素早くリアに頭を叩かれたエルラムとオランは、両手で頭を擦りながら「うーーー」と唸っている。
さすがはお金の計算に敏いリアさん。
俺も借金が増えるのはイヤだからな。
玄関先で騒いでいると、扉が両側へ開き、煌びやかな服装を着た壮年の男性が姿を現した。
「ヨーク君、よく来てくれた。今回は新しい冒険者を連れてきたんだね」
「はい。トオルとリアは『ホラーハウス』というパーティを組んでいまして、幽霊専門の冒険者なんですよ。今回はキチンと依頼を完遂しますから、ご安心ください」
どうやら男性は依頼主の貴族様のようで、ヨークさんはにこやかに笑って、俺とリアに向けて手をかざす。
エルラムやオランを仲間に加えているが、いつから俺達は幽霊専門になったんだ。
あまり誇張されても、依頼をやり遂げられる自信なんてないんだけど。
俺もリアはお祓いもできないし、除霊なんてできないからな。
俺達一行は貴族様に案内されて応接室へと場所を移動する。
大きな対面式のソファに座ると、貴族様がゲッソリした表情でため息を吐く。
「別荘に来た当初は、昼間は何の変化もない邸なのだが、夜も遅くなると邸のいたる所で物音がしたり、置いていた花瓶が不自然に割れたりしてね。それが毎日のように頻繁に起こるようになり、幽霊が怖くなったメイド達や兵士達が逃げ出してしまったのだ」
どうりで豪邸にもかかわらず、門には警備の兵士もいないし、邸の中にメイド達もいなかったのは皆が逃げ出したからか。
「それで冒険者ギルドに指名依頼を出したわけですね」
「うむ。『閃光の翼』はこの街でも腕利きの冒険者パーティと聞いて期待していたのだがな。まさか悪霊が姿を現すとは。魔獣を狩る冒険者では幽霊を対処するのは無理かと、諦めかけていたのだよ」
「『ホラーハウス』は幾人もの幽霊を使役しているプロです。それにトオルはネクロマンサーの固有スキルを持っていますので、死霊魔術にも長けていますのでご安心ください」
貴族様の不安をかき消すように、ヨークさんは胸を張って言いきる。
おいおいヨークさん、アナタには霊感がないからエルラムもオランも見えてないよね。
それを沢山の幽霊を従えているように、話を盛るのは止めてください。
それに、なぜヨークさんが俺が適当に書いた、自分の個人情報を知ってるんだよ。
さては受付嬢の誰かが情報を漏らしたに違いない。
どの世界でも、女性はイケメンには甘いということか。
貴族様の前で大見得を切られたら、幽霊退治は無理でしたって撤退することもできないじゃないか。
俺はチラリと視線を送り、エルラムとオランに囁く。
「俺とリアはここで待機しているから、二人は邸の探索をしてくれ」
『もちろんじゃとも。お安い御用じゃ』
『幽霊さん、待っててくださいです。今から捕まえに行きますです』
二人は明るく笑うと、応接室の扉をすり抜けて廊下へと消えていった。
それを見ていたリアがニコニコを微笑む。
「幽霊を専門に扱う私達に任せていただければ大丈夫です。それで報酬の方は?」
「もちろん報酬は十分に上乗せしよう」
「わかりました。頑張らせていただきます」
貴族様の返事に、リアの目が金貨に変わる。
ヨークさんの盛った話に便上したほうが報酬が期待できると考えたようだな。
さすがは金の匂いに敏感なリアさんです。
俺の借金返済のために、本当の俺達の実力は隠しておこう。
エルラムとオランが邸内を調査している間、俺、リア、ヨークさんの三人は、談笑をしながら二人からの結果を待つことにした。
貴族様の名はアルバート・バックランドと言い、レグルスの街を含む辺境地を領地に持つ伯爵様らしい。
日頃は領都アルノスの邸に滞在しているのだが、初夏の今の時期に別荘に泊まって、 『メルロムの樹海』近くの森で魔獣狩りを楽しむという。
武芸には自信があるらしく、豪華な服を着ているからわかりにくいが、ガッシリした体つきをしている。
しばらくすると廊下のほうが騒がしくなり、扉の向こうからオランの悲鳴が聞こえてきた。
それと同時に応接室の魔道灯が一斉に明かりを落ちる。
ソファから立ち上がって周囲を警戒していると、扉を通り抜けてエルラムが逃げ込んできた。
『説得しようとしたが、全く話を聞こうとせぬ!』
『トオル様、悪霊が出たです! 早く幽霊を退治してくださいです!』
エルラムの後から現れたオランが、抱き着こうとして俺の体を通り抜ける。
それに続いて、扉が引き千切られたように吹き飛び、悪霊と思われる白い影が応接室へ入ってきた。
蜘蛛のように無数の手足を振り回し、髪のなびかせた幽霊が、俺達をねめつける。
怒り狂う幽霊の声が頭の中に響いてくる。
『私のことを忘れるなんて、パパなんて大嫌い!』
パパ?
あれ? 悪霊じゃなかったの?




