第31話 アルバート様からの緊急依頼!
俺は片手の指でアゴを握る。
「口封じですか?」
「私もそう思う。ペイジはカルマイン伯爵の暗躍を示す生き証人だ。何としても奴の身柄を確保したい。冒険者ギルドへ指名依頼を出しておく、協力してくれないだろうか?」
真剣な表情でアルバート様が目を細める。
『ホラーハウス』よりも実績のある『閃光の翼』に依頼したほうがいいと思うけど。
するとリアがニッコリと微笑んで片手をあげる。
「はいはい、やりまーす! 私達にお任せください」
「おいおい、この依頼って貴族絡みだぞ。そんなに軽く受けていいのか?」
「だって、食糧費もかさんでいるでしょ。最近はまともに冒険者ギルドで依頼も受けていないんだから。ここでガッポリと儲けないと、私の貯金が減るじゃない」
リアと出会ってすぐに、俺は彼女に借金をすることになった。
冒険者になって依頼をこなしているし、多額の報酬も貰っているが、利子が積み上がっていて、俺はまだ借金の全額を返済できていない。
それに『ホラーハウス』の金庫番はリアなのだ。
お金のことを言われると、彼女の指示に従うしかない。
俺は諦め顔で肩を竦める。
「依頼を受けさせていただきます」
「ペイジ・ヤードマンが地下牢から逃走してから数日が経っている。できればカルマイン伯爵領へ逃げ込まれる前に捕まえたい。よろしく頼む」
俺はセルジオに頼んで、エルラムとオランを呼んできてもらった。
そして応接室に入ってきた二人へ、アルバート様からの依頼を伝える。
するとオランが楽しそうに微笑む。
「やっとアタシの出番がきたです! 今から速攻で捕まえてくるです!」
「ふむ、ワシも協力してやろう!」
エルラムは自信あり気に長いアゴヒゲを擦る。
そして二人はゴーレムの体から抜け出し、霧状になって消え去っていった。
抜け殻となったゴーレムの人型がドカドカと床に倒れた見て、アルバート様が目を見開く。
そういえばエルラムとオランはゴーレムに憑依しているんだった。
「これは何だ?」
「それはトレントの材木と魔石で作ったゴーレムの素体です。その体に幽霊達が憑依すると、人を遜色ない姿になるんですよ」
「では、アリスちゃんも?」
「もちろん、アリスちゃんも普通の人達と変わらない姿になっていますよ」
俺が大きく頷くと、アルバート様は両手で顔を覆い涙を流す。
「ありがとう。これでアリスちゃんと一緒に暮らせるのだな」
今までは幽霊のアリスちゃんが実体化するためには、俺やリアから魔力をもらう必要があった。
しかし、ゴーレムの素体には魔石が利用されているから、魔力を補充する必要がない。
魔石の魔力が枯渇すれば交換しないといけないけどね。
しばらく応接室で、俺、リア、アルバート様の三人が談笑していると、幽霊メイド達とアリスちゃんが邸に戻ってきた。
扉を開けて入ってきたアリスちゃんが、アルバート様の胸に飛び込む。
「パパー、ただいまー!」
「おかえりー! 今日もアリスちゃんは可愛いぞー」
アルバート様は彼女を抱きかかえ、その頬をツンツンと指で突く。
そして二人は仲よく、アルバート様の王都邸へと帰っていった。
ペイジ捜索の依頼を受けて二日後、応接室にいる俺とリアの前にエルラムが姿を現した。
『ペイジを発見したぞい。既にカルマイン伯爵領で、仲間と一緒におるわい。今はオランが監視しておる』
「どうしてすぐに捕まえないんだ?」
『それがのう、奴等、どこかの貴族を襲撃する計画をしていてのう。そこで考えたのだが、貴族を狙う瞬間を捕えたほうが面白いと思ってのう』
エルラムは長いアゴヒゲを擦りながらニヤリと笑う。
俺の隣のソファに座っていたリアが、話を聞いて興奮した表情をする。
「それは最高に良い案ね。貴族がピンチの時に救出する私達、それなら多額の報酬がもらえるわ」
「いやいや、エルラムとオランの力なら、今すぐにでもペイジの仲間全員を捕まえられるだろ。それなのに危険があるとわかっているのに、わざわざ待ち構えなくてもいいよな」
「私達は冒険者であって警備の兵士でも何でもないの。指名依頼もキチンとこなすんだから、報酬が多くなる方法を選ぶのが当たり前じゃない」
リアにそう言われると言い返す言葉もない。
同じ危険があるなら、多額の報酬を狙うのが冒険者だもんな。
俺は髪を書きながら、エルラムへ視線を移す。
「わかった、その貴族を助けよう。具体的に俺達はどうすればいいんだ?」
『それはペイジ達の行動次第じゃろう。トオルもワシと一緒にオランと合流するぞい』
「え? 俺が行く必要があるのか? 二人が情報を持ってきてくれたらいいだけだろ」
『それでは冒険者ではなかろうよ。ここで話していても時間の無駄じゃ。行くぞ』
エルラムが大きく杖を振り、「飛翔!」と短く詠唱すると、俺の体はフワリと宙に浮き上がり、窓から一気に空へと飛び出した。
慌てて邸の方へ振り返ると、窓からリアがにこやかに手を振っている。
「うわー! 高い! 高いって!」
『地上の人々に見つからんようにするためじゃ。多少のことは我慢せい!』
エルラムと俺は一気に上昇し、あっという間に幽霊邸が点のように見える。
それから三十分ほど並行飛行をして、エルラムが緩やかに降下を始めた。
どうやらカルマイン伯爵領へ近づいたようだ。
レグルスの街よりも、少し大きい城壁都市の上空に着いた俺達は、誰にも気づかれないように外壁に近い路地へと着地した。
「ここはどこだ?」
『カルマイン伯爵領で三番目に大きい街カラムルじゃ。さて、オランと合流するかのう』
エルラムは杖を地面に着け、ブツブツと口の中で詠唱の言葉を紡ぐ。
どうやら何かの魔法を発動しているようだ。
そしてに首を傾げ、街を見回して路地の向こうを指差す。
『オランの気配を見つけたわい』
エルラムと二人で細い路を歩いて、角を曲がって大通りに出る。
通りには露店が建ち並び、石畳に絨毯を敷いて色々な品物を売っている。
通行人達を避けながら歩いていくと、露店の前でフワフワと浮遊しているオランを見つけた。
彼女は両手をワキワキとさせ、口から涎を垂らしている。
その光景を見た俺は無意識にオランへ声をかける。
「おいオラン、何をしてるんだ?」
『あ、トオル様、決して露店から肉串を盗んで食べようと思っていないです。ちょっと臭いを嗅ぎたかっただけです』
オランの言葉を聞いて、俺は片手で自分の顔を覆う。
少し目を離していたら、知らない街で何をやってんだよ!




