第3話 エロジジィの幽霊と霊感美少女!
エルラムから無銭飲食を提案されたけど、俺は丁寧に断った。
腹が減っているとはいえ、食い逃げは日本だと警官に逮捕される犯罪だ。
異世界に来て早々、犯罪を犯すのは日本人としてダメだろう。
腹が減ったとお腹に手を当てながら大通りを歩く。
やはり街の人達には幽霊のエルラムは見えないようだ。
とぼとぼと歩いているとエルラムがニヤリを笑い、杖を大きく振るう。
『元気を出すのじゃー! それ、ワシからのプレゼントじゃー』
何が起きたのか戸惑っていると、路行く人達に急に突風が吹き付ける。
そして地を這うような強い風が、女性達の長いスカートを膝までめくりあげた。
『どうじゃ、目の保養になろう、ウシシシ』
このエロ爺、やりやがったよ!
俺の予想だが、幽霊だから誰にも咎められないと思って、エルラムはいつもこんなことをやってるんだろうな。
デレデレした表情がそれを物語っている。
たしかに俺も女性には興味があるけど、故意に女性の体を見ようとは思わない。
何がプレゼントだ!
お前と同類にするな!
俺は片手で髪をかいて、大きく息を吐く。
「誰にも見られていないからって、いい加減にしろよ」
『またまた無関心の振りをしおって』
エルラムはニマニマと笑いながら俺から離れると、通りの向かいにいたスタイルの良い少女の元へと向かう。
そして少女の後ろへ回り込み、背中から手を伸ばして胸を揉み始めた。
すると恥ずかしそうに少女は顔を赤らめて、その場で固まって動かなくなった。
「やめて……やめて……アン」
あの幽霊め、街中で露出プレイでも始める気か!
これは異世界であっても、完全に犯罪だろう!
早く止めないと!
慌てた俺はエルラムを捕えるために道を横に渡る。
すると俺の目の前に赤い影が現れ、剣をエルラムの顔へと突き刺した。
「今日こそ、悪事を止めさせるんだから、エロジジィ!」
『また邪魔するのか! 青臭い女じゃのう! お前の形の良い乳もワシが揉んでやろう!』
剣が突き刺さったままエルラムがニヤリと笑う。
そして少女から離れ、両手の指をワキワキとさせて襲いかかろうとする。
その間に胸を揉まれていた少女は逃げ去ってしまった。
赤い影は軽鎧を着た少女で、剣を引いてエルラムに向けて身構える。
このままでは、また別の少女がエルラムの餌食に!
少女の危機を感じた俺は、急いで軽鎧の少女の前に回り込み、エルラムに体を掴んで引き剥がす。
「いい加減にしろエルラム! 俺との盟友契約を破棄するぞ!」
「ちょっとした冗談ではないか。そう目くじらを立てるでない」
俺に首根っこを掴まれたエルラムはやれやれという表情をする。
幽霊でもやっていいことと、やって悪いことがあるだろ!
それとも幽霊に倫理観ってないのかな?
エルラムの平然とした顔を見て悩んでいると、後ろからガシっと肩を掴まれた。
振り返ると、軽鎧の少女が俺にジト目を向けてくる。
「あんたがエロジジィの管理をしているのかな?」
「いや違うけど、たまたま墓地で会っただけだし」
「でも盟友契約って言ってたわよね。それって幽霊を使役してるってことじゃないの?」
あーー、この少女には幽霊が見えてる?
エルラムとの会話も全部聞こえていたのか!
俺は恐る恐る少女に声をかける。
「もしかして霊感なんて持ってるのかな?」
「そうよ。だから幽霊が見えるし会話もわかるわ。この幽霊の主人なら、きちんと教育してよね。いつもいつも、街を歩いていたら、ベタベタと身体中を触ってきて気持ち悪い」
ということは、エルラムはやはり常習犯なんだな。
共犯と思われなくなから、一応の言い訳はしておこう。
「勘違いしていると思うけど、俺はこの爺さんの主ではないからね」
「でも盟友の契約を結んだんでしょ。友達になったってことよね。それって同じような意味でしょ」
全くエルラムと無関係と言いにくいのが痛い。
周囲に人が集まってきているし、早く逃げ出したい。
どうやってこの場を無難にやり過ごすか考えていると、少女が俺の手を握って走り出す。
「ここでは目立ちすぎるわ。場所を変えましょ」
「同意見だ! 早く行こう」
大通りを走り抜け、細い路地を通って広い空地へ到着すると、少女が振り向いてジロリと俺を睨む。
もちろんエルラムもついてきている。
「ここなら誰もいないわ。悪いこと続けていたら幽霊が悪霊になることだってあるんだよ。そのことわかってる?」
「幽霊は見えるけど、幽霊の生態には詳しくないんだ。信じてもらえないと思うけど、俺はあの幽霊の主じゃないんだ」
『友達になったのは本当のことだけどのう』
今は黙っていろよ、エルラム!
話が厄介な方向へいくだろ!
しばらくジッと俺を見つめていた少女が大きく息を吐いた。
「その服装からすると、この王国の住人ではなさそうね」
「この王国に来たのは初めてだからね」
「それでアナタは何をしに来たの?」
どうやらエルラムの一件は保留にしてくれたようだ。
街の外の墓地でエルラムと出会ったけど、まだ人間の知り合いはいない。
この異世界で暮らしていくなら、一人でも多く人から情報を得たほうがいいからね。
それにしても、見ず知らずの者の相談を受けようなんて日本でも珍しい。
でもこの少女なら街のことを教えてもらえそうな気がする。
そう判断した俺は、彼女に相談してみることにした。
「実はさ――」
日本から転移したことを除いて、突然にレグルスの街の外れの墓地に立っていたことを説明する。
すると少女は難しい表情をして、胸の前で両腕を組む。
「それって転移トラップにひっかかったということね。でも転移トラップって、ダンジョンの中にある罠のはずなんだけど」
この異世界にはダンジョンもあるのか……ますますラノベ小説だな。
まさか勇者がいたり、魔王がいたりするのかな?
そんなことをボンヤリと考えていると、俺を見て少女が怪訝な表情をする。
「それでアナタはどんな職業に就いていたの? 服装からすると冒険者ではなさそうだけど」
「会社員をしていた。資料作りは得意だ。簿記や会計も少しならわかる。接客も得意なほうだから営業もできると思うけど」
「会社員? 資料? 簿記? 会計? そんな職業は聞いたこともないわ。どうやらとんでもなく遠い国から転移させられたようね。この王国で手早く仕事をしたいなら冒険者になることをオススメするけど、でもアナタって戦闘できるタイプに見えないわね」
「肉体労働系の職業をしたことがないんだ。どちらかと言えば事務職は得意なんだけどね」
俺の言葉を聞いて、意味がわからないという風に、少女は肩を竦める。
平和な日本に生まれて、学生の時も殴り合いの喧嘩などからは縁遠かったからな。
体育の授業の時も、マラソンなどの持久走には少し自信あるけど、球技などは苦手だし。
剣道や空手などの武術も習ったことがないので、戦闘なんてできるわけがない。
すると今まで黙って隣に佇んでいたエルラムがニヤニヤと笑う。
『ワシのことを忘れておらんか? 希代の賢者が味方なのじゃ。大船に乗ったつもりで冒険者になるがよい』
「へえー、お爺ちゃん、賢者なの? スゴイねー」
少女は全く信じていないように、呆れた表情で手をパチパチを叩く。
どうやらエルラムの声が聞こえているようだ。
その姿に怒ったのか、エルラムは杖を天高くにかかげた。
『見ておれ! エクスプロージョン!』
エクスプロージョンと言えば、某アニメに登場する、火炎魔法の最上級レベルじゃないか。
まさか賢者ともなると、街を破壊するような魔法も使えるのか?
興奮して見守っていると、エルラムの杖の先から五十センチほどの火球が空へと飛翔し、上空でパンと爆発した。
これってエクスプロージョンというよりもファイアーボールの威力しかないような?
エルラムの魔法を見た少女がプププッと腹に両手を当てて笑い転げる。
「しょぼすぎるー」
『笑うでない。トオルと縁のパスを結ぶまで魔力が枯渇しておったのだ。魔力さえあれば最大火力の魔法も使いこなせるわい』
魔法を放出して影が薄くなったエルラムがブツブツと呟きながら、少女に近づいていくと、何の前触れもなく彼女の体と同化した。
『この女、よい魔力を持っておる。吸いつくしてくれようぞ』
「やめてー! 私の体から出ていってー!」
『ほれほれ、体の力を抜いて、我に従うがよい』
「イヤー! そんなことしないでー!」
少女の唇から、エルラムの言葉と少女の言葉が交互に放たれる。
その会話を聞いていると、真昼間に広場でやり取りする話ではなく、聞いている俺が恥ずかしくなってくる。
少女は目に涙を溜め、カクカクとした動きで腕を伸ばして俺に助けを求めた。
「段々と気持ちがおかしくなるー! ボーっと立って見てないで、早くこの霊を体から追い出してー!」
せっかく知り合ったのだし、少女を助けたいけれど、霊を追い払うなんてしたことがない。
お祓いすればいいのか?
神道系、それとも仏教系?
お経も全く覚えていない俺が除霊なんてできないぞ。