第10話 アルバート様の愛娘と再会する!
「ママのことも、私のことも忘れるなんて許せない! パパなんて末代まで呪ってやるー!」
応接室に現れた幽霊が、無数にある手足と長い髪を伸ばして、部屋中にある調度品を壊していく。
その音に怯えたアルバート様を、ヨークさんが庇うようにして腰の鞘から剣を抜く。
「トオル君、リア君、出番がきたよ! 早く幽霊を退治してくれ!」
「トオル、任せたからね! さっさと除霊しちゃってよ!」
「『ホラーハウス』は二人のパーティだろ!」
「だって幽霊といえば、トオルの専門じゃない!」
両手で頭を覆いながら、リアが無責任なことを言う。
ただ霊感があって霊が視えるだけの俺に、何ができるというのだろうか。
俺はヤケクソになり、エルラムとオランに向けて大声を出す。
「邸が燃えてもいいから、やっちまえ!」
『うむ、それはできんぬ。子供をイジメるのは良くないからのう』
『幼児虐待には反対なのです』
嬉々として魔法を放つと思っていたエルラムが、意外なことを言う。
それにオランも腕を大きくバッテンする。
二人の反応からすると悪霊の正体は女の子のようだけど、このまま暴れられても収集がつかなくなるだけだ。
でも、何かおかしいな?
暴れてはいるけど、人を直接敵に攻撃してこないぞ。
幽霊の暴れ方の違和感に気づいた俺は、意を決して幽霊に向けてゆっくりと近づく。
すると悪霊が手足と髪の毛を暴れさせ、床、天井、壁に穴を開ける。
しかし、予想通りに俺の体を傷つけるような攻撃は全て逸れていく。
パニックを起こして暴れ回る幽霊の前まで歩いていき、俺はそっと幽霊の頭の位置に手を置いた。
「寂しかったのかい? それとも怖かったのかな? パパに伝えたいことがあるなら、お兄ちゃんに話してみないか?」
『だって、パパがママと私のことを忘れてるんだもん。生きてた時は、私のことを大好きって抱っこしてくれたのに。パパの嘘つき、絶対に許してあげないんだから』
「パパは動揺しているだけだよ。君が幽霊になっているなんてパパは知らないからね。君の名前を教えてくれるかな?」
『アリス……私の名前はアリス・バックランド……』
俺と話ているうちに、随分と落ち着いてきたのか、悪鬼のような形相だった顔が、徐々に可愛い幼女の姿へと変わっていく。
バックランドはアルバート様の家名だから、この女の子は伯爵様の娘なのだろう。
「そうなんだね。アリスちゃんがここにいるって、きちんとパパに伝えるから、静かに待っててくれるかな?」
『……うん』
コクリと頷くアリスちゃんの表情はとても悲しそうで、とても痛々しい。
俺はクルリと身を翻し、ツカツカと歩いてアルバート様と向かい合う。
「暴れていた幽霊の正体がわかりました。この子の名はアリス・バックランドさんだそうです」
「……その名は、失った娘の名前……」
アリスちゃんの名前を教えると、アルバート様は体の力が抜けたように床に崩れ落ちる。
アルバート様の話では、三年前に、魔獣狩りがしたいからと家族を連れて別荘に向かっていたそうだ。そして旅の途中で、野党に襲われて、伯爵の妻と娘が命を落すことになったという。
目からポタポタと涙を流しながら、アルバート様が顔をあげる。
「しかし、教会の高位の司祭に頼んで、妻と娘の魂は天界へ導いてもらっているはず、どうしてこんなことに?」
「幾ら金を積んで司祭に頼んでも、拝んでくれるのは他人なわけですからね。大好きなパパが祈ってあげないと、アリスちゃんがパパに忘れられたと勘違いしても仕方ないと思いますけど」
「何ということだ。私はアリスのことを一度たりとも忘れたことなどない。今でも妻と娘を愛している。幽霊であってもいい。一目でいいから姿を見せてほしい」
アリスちゃんの姿を見たいと言われても、娘さんは悪霊になりかけていて、手足が無数に生えた蜘蛛のような状態になっていますけど……それでも本気で見たいのかな?
すると今まで傍観していたリアが口を挟んでくる。
「お貴族様のお願いなんだから、何とかしなさいよ。アリスちゃんもパパとお話ししたいわよ」
「そう言われても、霊感のない人が幽霊を見えることなんてできないぞ」
「そこを何とかするのがネクロマンサーでしょ」
それは冒険者登録するために適当に嘘を書いただけで、リアも一緒にいたんだから知ってるだろ。
しかし、せっかく正気を取り戻したアリスちゃんと、アルバート様を会話させたい気持ちはある。
せっかく家族との感動の再会だもんな。
困り果てた俺は、エルラムに視線を向ける。
「何とかならないか?」
『ワシは元賢者だぞ。不可能はないわ。まずはトオルの体を貸してもらおうかのう』
「どうして俺に憑依する必要があるんだよ」
『今のままでは魔力が少ないのじゃ。トオルと同化すれば、体の魔力を存分に使えるからのう』
エルラムとオランが幽霊の姿を維持するためには魔力が必要だ。
今は俺とリアの魔力を少しづつ分けているのだが、それでは魔力が足りないということか。
俺は少し思案した後に、諦めて肩を竦める。
「わかった。依頼を完了させるためだ。俺の体を使っていいよ」
『そうそう、素直に体を貸せばよいのじゃ』
エルラムはニヤリと笑うと、スーッと俺の体の中へ入ってくる。
すると体の主導権を握られ、俺はモニターから現実を見ている状態となった。
俺に憑りついたエルラムは、ゆっくりと歩いて、アリスちゃんの目の前に立つ。
「まずは悪霊になりかけているのを何とかせんとな」
すると俺の片手に、目に見えない杖が握られ、大きく左右に振る。
「それ! 魂に取りつく厄災よ! 女神の光により浄化せよ! ホーリーライト!」
エルラムの詠唱すると、空中に眩い光が現れ、不気味な蜘蛛と化しているアリスちゃんの全身を覆う。
その光の中で黒い穢れは浄化され、可愛い女の子の姿をした可愛いアリスちゃんへと変化していった。
そして光が消えると、エルラムがアリスちゃんの頭の上に優しく片手を置く。
「トオルの魔力を与えよう。さすれば少しの間は実体化できるじゃろう」
その言葉と同時に、俺の体からドンドンと魔力が流れ出し、アリスちゃんの体へと注がれていく。
おいおい、そんなに魔力を渡して大丈夫なのか?
魔力の枯渇って、命に影響はないのよな?




