友のピンチ
※鈴木くんは彼女とうまくいっておらず、思い悩んでいます。
『今すぐどうこうじゃなくて、ゆっくりやっていこうね』
斗真さんとの邂逅で倒れたり鼻血を出したりした私。その後の反省会で鈴木くんが優しく慰めてくれた。
『いや〜でもさくらごめん、めっちゃ笑ったわ〜』
『人って興奮しすぎたらああなるんだね。血圧とか測りたかったよね』
好き勝手言っているよっしーと香奈恵は放っておいて、鈴木くんに深々と頭を下げた。
『これからもご迷惑かけるとは思いますが、何卒ご支援のほど……』
『いえいえ、微力ではございますが精一杯やらせていただきます……』
頭を下げ合う私たち。
『……なんかずれてる2人が仲良くしてるのをはたから見てるって面白いと思わない?吉田』
『ははは!医者になりたいやつなんてみんなどっかずれてるって!』
……そんな会話をしたあのときは、夏が始まろうとしているときだったっけ。
そして、今。
試験も無事終わり(全員合格!よかった)、涼しくなってきた風に秋の訪れを感じていた今日この頃。
ーー 鈴木くんの様子が、おかしい。
なんだかいつもぼーっとしているし、目の下にうっすらクマが見える気がする。
大丈夫?ときいても、にこっと笑って「大丈夫だよ」と頭をぽんぽんされるだけだった。隠し事をされているようで、なんだかとても寂しい。
心中を香奈恵に吐露すると、
「……って言ってもさ、鈴木だって言いたくないことだってあるでしょうよ」
と、言われた。
「えーでもさー!私たち、なんでも話し合える仲間だと思ってたのに……」
ずずっと紅茶をすする。
「…………頼ってほしいなぁ…………」
「……………………………………………」
がやがやした講堂内の休憩スペース。2人して座っていると、香奈恵がおもむろにポケットからタバコを取り出した。
「ちょっと吸ってくる」
「待って、私も行く」
「なんでよ、あんた吸わないでしょ」
「吸わないけど、ついてく」
「なんでよ……!」
「風上にいるから」
はぁ、とため息をついた香奈恵にかまわず、とてとてついていった。
それにしても、今日はいつもより講堂がざわついている気がする。
「ねぇ、なんか今日うるさくない?」
香奈恵も同じことを感じたようだ。うっとうしげに辺りを見まわし、ある一点に目をとめた。
「……あー、わかったわ……。ミスター来てんじゃん……」
「あ、ほんとだ」
香奈恵の視線の先には、ミスター医学部こと橘先輩が佇んでいた。相変わらず目を引く人だ。
そして、彼と話している、すごくきらきらした男性に気付いた。え?もしかしてあれって……
「あれ?ミスターと一緒にいるの、鈴木の兄ちゃんじゃない?」
「ーーーーーーーーーー!!!!!!」
顔が、一瞬で赤くなった。
え?え??なんで斗真さんがここに??あ、今日午後休なのかなていうか橘さんと知り合いなんだ美形同士めちゃくちゃ絵になってるきゃーーーーーー!!!!
脳内で斗真さん祭りが始まった。ドンドコドンドコ太鼓が鳴り響き、リズミカルな音楽に皆が体を揺らしている。私もその輪に盆踊りのような振り付けで参加した。
「ちょっ、ちょっとさくら、しっかりしなよ」
横で妙な動きをし始めた私を見て、香奈恵が焦ったように私の肩を揺さぶった。
「ほら、こんなとこ兄ちゃんに見られたら恥ずかしいよ」
「あ、うん……」
少し我に返り、斗真さんの方を見たときだった。
「さくらちゃーん!」
斗真さんが、私に笑顔で手を振ってくれているではないか。
ぶっっっっっ
噴水のように鼻血が吹き出した。
「ちょっと、大丈夫!?」
「……だ、だいじょーぶ!ティッシュいっぱいもってるから……」
バッグから取り出し、鼻に当てた。
そして顔をあげると。
「さくらちゃん、大丈夫?」
至近距離に斗真さんの美しい顔があり、ぴしっと石化した。
そんな私を知ってか知らずか、斗真さんは呑気に「お、香奈恵ちゃんも。久しぶり〜元気だった?」「はぁ、おかげさまで」なんて香奈恵と話している。
「…………………………」
「はは、なんかいつも流血してるね。大丈夫?今度レバーでも食べにいこうか」
「……もう少し免疫ついてからにしてもらっていいですか」
「それもそっか」
香奈恵の返答に斗真さんがあはは、と爽やかに笑った。その笑顔は、鈴木くんにとてもよく似ていた。
斗真さんの手を掴んだ。
「?」
「あ、あの斗真さん、こんなこと言うの生意気ですけど」
「うん?食事ならいつでも連れていくよ?」
?となっている斗真さんに、言った。
「鈴木くんが、最近変なんです。私がきいても大丈夫って言うだけなんで、斗真さん気をつけてあげてくれませんか?」
斗真さんの表情が固まった。
横にいた香奈恵も肩をすくめて「……ま、心配はしてます」と言った。
「……あいつ、友達には恵まれてるな」
斗真さんがふっと笑った。
「大丈夫。心配しなくていいから。俺に任せといて」
そう言いながら頭をぽんぽんしてくれる。
「ーーーーーーーーーー」
「兄さん、それしない方が ーーーー」
香奈恵が言うのとほぼ同時に、鼻がツンとした。
「「あらららら……」」
ティッシュにじわわっと血が広がり、今にもぽたっと落ちてしまいそうになった。
ティッシュを追加しようとバッグを探ったが、あいにく使い切ってしまったようだ。
「はいこれ。使って」
斗真さんがハンカチを差し出してくれたが、状況が状況なだけにとても受け取れない。
戸惑っていると、
「気にしなくていいよ。あげる」
あげる……
あげる……
あげる……
斗真さんの声が脳内で響く。
え、頂けるの??斗真さんの洋服に入っていたこのハンカチを??ああああ今すぐサーモグラフィーでどこかに斗真さんの体温が残ってないか確かめたい……!!!!
「ありがとうございます!ありがとうございます!家宝にします!!」
「……えっと、これ以上醜態を晒さないうちに私たち失礼しますね」
「あはは、別に醜態とは思ってないけど」
香奈恵がぺこっと頭を下げ、引きずられながらその場を後にした。
斗真さんが、優しい笑顔で見送ってくれた。
ずるずるずる……ずるずるずる……
香奈恵に連れられ、廊下を進む。
「さくら」
「うん?」
体勢を立て直し、とてとてと香奈恵の後をついていく。
「さっきのあんた、かっこよかったぞ」
香奈恵がふっと笑って、私の頭をくしゃくしゃっとした。
「あ、うん、なんか夢中で……」
どさくさに紛れて斗真さんの手に触れてしまったことを思い出し、顔がにやけた。
「香奈恵こそ、なんだかんだで心配してるじゃん」
うりゃっと脇腹をくすぐれば、きゃははと笑った。
「ま、あとは兄さんに任せよう」
「そうだね。鈴木くんが元気になってくれるといいね」
「もしかしてまたミスターが絡んでるとか?あいつが関わるとろくなことにならないよね」
「うーん、どうなんだろうねぇ……」
そんなことを話しながら、校舎の外へと出てきた。柔らかな日の光が、ほんの少し眩しかった。