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さくらの恋  作者: ゆり
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そして…

 花壇での出来事からいくつかの季節が巡り、気がつくとカレンダーは7年分進んでいた。学生時代担任が『社会に出たらあっという間に月日が経つぞ〜』と言っていたことを思い出す。

あのときはピンと来なかったけれど、今ではその意味がよくわかる。






・・・






 あれから谷川さんとさくらちゃんは順調に交際を続け、結婚に至った。

 牧田さん・谷川さん・俺の「整形外科の独身トリオ」の内最も結婚から遠い(というか興味がない)と思われていた谷川さんが結婚したことに、院内中に激震が走った。


『ままままじか!?』


『えっ、嘘、まさかデキ婚!?』


『ていうか相手誰よ??』


 結婚を発表したその日は谷川さんのphsは一日中鳴り止まず応対が大変そうだった。院長・副院長(俺の父と兄)も電話をかけてきたらしく、なんだか申し訳なく思った。あの噂好きどもめ。


 そして、さくらちゃんの方も質問攻めにあっていて大変そうだった。


 そんな中前田ちゃんが『おめでとーー!!おめでとーー!!あいつまじでいい奴だからーー!!あーーーーさくら先生だったら安心だーーーー!!』と涙を流しながらさくらちゃんを抱きしめていたのが印象的だった。その後『よし、今日は飲みにいくぞ!!祝い酒じゃ!!』と続いたのは実に前田ちゃんらしい。

 前田ちゃんと谷川さんは幼馴染みたいな感じだったから、喜びもひとしおなんだと思う。


 そんな前田ちゃんも他科の医師と結婚が決まり、これまた院内に激震が走ったことをここに記しておく。(前田ちゃんに前から淡い恋心を抱いていた奴が、ここぞとばかりに前田ちゃんに猛アタックしたそうだ。なるほどなるほど……)


 そしてその後さくらちゃんはこどもを授かり ーーーー













 はらはらと舞い散る桜の花びらが、青空によく映える。

 それを眺めながら俺は病院の託児所へと向かっていた。出迎えてくれたのは、


「とーましゃーん!」


「……とーましぇんしぇい、っていわないとだめなんだじょ!」


「もーーうるちゃい!!」


 2人のかわいいこどもたち。我先にと抱きつかれ、俺は自分が布袋様のような笑顔になっているのを自覚した。


「くぅ〜〜〜〜さくらちゃ〜〜ん!!こんなにかわいい子たちを産んでくれてありがとう〜〜〜〜!!」


「……語弊があるな」


 後ろから呆れたような声が聞こえ、振り返る。


「あっ谷川さん!時短勤務お疲れ様です!」


「……悪いとは思ってるよ」


「あはは!皮肉じゃないです!」


 そう言いながらこども達2人分のお稽古バッグを渡した。


「はいこれ。頼まれてたやつっす。フリルもつけときましたから」


「……助かる、ありがとう。相変わらずうまいな」


「いいんですよ!ていうか俺がきっかけなとこありますから!母も喜んでます!」


 入院患者さんの暇つぶしのために俺がピアノの演奏会をしたところ、それを聴きにきていたこども達(男の子と女の子の双子!)が『やりたいやりたい!!』と大騒ぎし、じゃあ母のところで習ってみる?となったのだった。


 こども達が俺の手作りバッグを受け取り、きらきらした目で眺めている。その光景を見るだけで昨日の労働が報われた。


「これあたちの?」「……ぼくの?」


 頷くと満面の笑みでお礼を言われ、俺もまた笑顔になった。

 手を引いて、託児所を出る。


「いやーーかわいいっすね!まじで癒されますわ〜」


「……寝てるときだけね」


「こら、あまりパパママを困らせるなよ?」


 うりゃっと2人の口をアヒルの形にすると、嬉しそうにきゃはは!と笑った。




 





「じゃあな〜。お菓子沢山用意してるから、いっぱい食べてこいよ〜!」


「「やった〜〜〜〜!!」」


 谷川さんとこども達を見送り、詰所に戻る道をてくてくと歩く。


(谷川さんとさくらちゃん、ほんと協力しあってるよなぁ)


 思い出すのは、部長室に呼ばれたあの日。


『これが起爆剤になって、さくらくんがめきめき頭角を表すかもしれんよ?』


 あのときの部長の言葉は、結果的に大当たりだったと言える。

 最初の方こそぎこちなかったものの、指導と助言をスポンジのように吸収していき、2年経つころにはさくらはあっという間に俺らと肩を並べてしまった。


 そんな中わかった妊娠。


『ど、どうするんだ、色々……』


 知らせを聞いたとき、おそらく科の全員が思ったこと。

 不自然に静まり返った中、谷川さんが言った。

 

『……私情でご迷惑をおかけして申し訳ありません』

『私が妻の分まで働くつもりでおりますし、妻自身もなるべく早く復帰したいと申しております』

『……が、予期せぬ体調不良等で迷惑をかけてしまうこともあるかと思います。そのような立場で言うのは申し訳ないのですが、皆様の力をお貸しいただけるとありがたいです』


 そう言って深々と頭を下げた谷川さん。この漢前スピーチはみんなの心を打ち『よし、任せな!』という雰囲気になったのだった。

(『頭を上げろよ修也ぁぁあ!水くさいやーん!!』

『そうっすよぉぉお!!俺と牧田さんとでなんとかしますからー!!』……)


 復帰後は2人でカバーし合いながら勤務を続けている。

 勿論俺や周囲の人も勤務を代わったり子守りをしたりするのだが、本当に頭が下がる思いだった。


(俺だったらあそこまでできたかな……。いや、きっとシッターさん雇って満足してたかも……)


 そう思うと、さくらを谷川さんに託したのは正解だったのかもしれない。


  




 そんなことを考えている内に詰所についた。中ではさくらが1人、作業をしていた。

 俺に気づくと、とびきりの笑顔を添えてあいさつしてくれた。


「お疲れ様です!」


「うん、お疲れー。こども達にバッグ渡したからね。楽しみだね」


「わーーーーお忙しい中ありがとうございます……!斗真さんほんとに上手に作りますよね。私家事全般てんでダメだから……!」


「あはは、買ったら早いんだけどね。せっかくなら、って思ってさ」


「ありがとうございます……!!」


「いいんだよ〜。喜んでもらえて嬉しかった〜」


 やってみたら思いの外うまくできたミシン。他の職員からもぼちぼち小物を頼まれるようになり、副業として成り立つのも時間の問題かもしれない。


 さくらは窓を背にしており、外では桜の花びらが日に照らされはらはらと舞っていた。


 その幻想的な光景に、涙腺がじわっとした。


「斗真さん?」


 さくらがきょとんとしてこちらを見ている。


「どうしました?」


 急に黙った俺を訝しげに見ている。

 目をぱちぱちするのは、癖なのかもしれない。


 初めて会ったときもそうだった。

 ーーーー ほんと、変わらないなぁ。


「……なんでもない」


 昔を懐かしむのは、年をとった証。

 そう思うと、自然と口角が上がった。


「あ、そういえばさ、今度の託児所運動会で谷川さん走るってまじ?」


 先ほど仕入れた情報を早速ネタにする。


「そうなんですよー!整形外科医がアキレス腱切ったらいい笑い者だって言って部屋でトレーニングしてますよ〜」


「あっはっはっはっは!!もしそうなったら俺が担当するから!!」


 お願いします、とさくらも明るい声で笑った。

 その笑顔を見て、俺もまた笑った。


 舞い散る桜の花びら。


 さくらの朗らかな笑顔。


 胸の中の温かなぬくもりと少しのせつなさが、俺の心を揺らした。桜の季節はどうもセンチメンタルになっていけない。


 ねぇ、



「さくらちゃん」


「? はい?」



 知ってる?



「………………なんでもない」


「もーどうしたんですかー!」



 あなたの笑顔で、


 俺の心はいつも満たされてる。

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