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さくらの恋  作者: ゆり
29/30

闘いの後

 左手に持ったスコップで穴を掘り、球根を穴の底にそっと置く。土をかぶせ、ぽんぽんぽんと軽く叩いた。

 爽やかに吹き抜けていく風が心地よい。あたたかな陽射しの中、すっかり忘れていた四季の移ろいを感じ頬が緩んだ。


 現在俺たちは院内奉仕50時間を消化中。事務職員が面白がって作ってくれた奉仕作業カードを持って、各科を回っている。

 コピー機の紙を補充したり、物品の在庫確認の手伝いをしたり、窓ガラスのふき掃除をこなしたり……。作業が終了したら長から印鑑をもらう、という流れだった。なんだこれ。結構楽しいぞ。

『やろうやろうと思いつつ、後回しになってたのよー!助かるー!!』なんて声をかけてもらえるのも嬉しい。


 そして本日は花壇の植え替えの手伝いに来ていた。

 園芸ははまったことがなく『あぁこれを埋めればいいんすね了解っす』と軽い気持ちで引き受けたのだが、



ーーーーこれが実に、気分爽快であった。



(えーーやばくない??なんかはまりそうなんだけどー!土いじりってめっちゃ落ち着くわ〜。俺もなんか植えてみようかな〜)


 少し横にずれ、また穴を掘る。球根をそっと下ろし、また土をかぶせた。


 ぽんぽんぽん。


 芽を出すのが楽しみだ。


 ……ぽんぽんぽん


 控えめな音が聞こえてきた。

 横では谷川さんも作業に勤しんでいる。口の端などがまだ少し紫だけれど、抜糸も済み、傷はほとんど治りかけていた。

 けれど、まだ作業は始まったばかりだというのにTシャツから伸びた腕がもう赤くなってきていて、ヒリヒリと痛そうだった。どうやら日に焼けやすいようだ。


「何?」


 谷川さんが怪訝そうに俺を見た。


「あ、腕、痛そうだなって思って。日焼け止め塗るか長袖着たらどうっすか?」


「……男がそんなことできるかよ」


「またそんなこと言って〜」


 言いながらポケットから日焼け止めを出し、谷川さんの腕ににゅ〜と伸ばした。


「なにす……」


「はいはい、遅いかもだけど日焼け止め塗ってます。これ塗ってたら少しは赤くならなくてすみますので。痛くないですよ」


「…………………………」


「けど夕方ヒリヒリすると思うんで、余ってるミストあげますから使ってください」


 谷川さんはおとなしくされるがままになっている。

 以前なら絶対腕を振り解かれて、それだけならまだしも何か暴言を吐かれて俺がき〜〜っ!!となるのがお約束だったのだが。


 口論の末ふらふらになるまで殴り合った結果 ーーーー 俺たちの間にはなんのわだかまりもなくなっていた。少なくとも俺はそう感じている。


 もう片方の腕にも塗り、なんなら頬も塗ってあげたくなったけどさすがにやりすぎかと思って自重した。

ていうかなんだこの触り心地のいい肌。(多分)何もしてないのにこれって羨ましいわ。

 丁寧に塗り込んで、また作業に戻った。


「……………………………………………………」


 楽しいけれど単調な作業が続く中。

 頭に浮かぶのは、目をぱちぱちしながら真っ赤になっているさくらだった。


『俺と結婚しよ』


 一世一代の告白は、なんの応答もないまま宙に浮いたままになっている。


「さくらちゃん、どうしてます?」


 スコップで土を掘りながら、聞いた。


「……夜遅くまで勉強してる。嬉しいんだと、科のピンチで戦力にカウントされてたのが。寝させるのが大変」


「…………………………」


 熱心に準備するさくらが目に浮かんだ。……それに付き合ってあげている谷川さんも。


 少し表情が曇った俺に気を遣ったのか、谷川さんがぼそっと

 

「…………悪い」


と言った。


「あ、いえ、いいんす。お気になさらず」


 以前の俺だったら「またマウントとりやがって…!」と怒りに打ち震えていたと思うけど、今は不思議とそんな気持ちにはならなかった。むしろ、さくらが大事にしてもらっているみたいでほっとしていた。


 しゃっ しゃっ


 スコップで土をかけながら、言った。


「……さくらちゃんのこと、よろしくお願いします」


「後輩はみんなで育てるものだろ」


「いえ、そっちの意味ではなく」


「…………………………」


 谷川さんは無言で手を動かしている。


「…………………………2年」


「え?」


「2年と少し、片想いしてた」


 突然言われ何のことかと面食らったが、喧嘩の寸前俺が『急にこんな風になって、変でしょ』と言ったことへの回答なのだと気付いた。

 何と答えていいかわからず無言でいると、谷川さんが静かに語り始めた。


「……初期研修で、熱心な奴がいるなって気になってて。機嫌が悪いときの世良さんにも臆することなく質問しにいってて、内心はらはらしながら見守ってた」


「…………………………」


「そうこうしてるうちに初期研修も終わってもう会うこともないだろうなって思ってたから、整形外科を選んだって知って、本当に嬉しかった。お前狙いってわかってたけど」


 谷川さんがそこで言葉を切った。


「……だから、伝えるつもりはなかった。けどあの日、うなだれていたさくらを放っておけなくて……」


 俺の方を見て、肩をすくめた。


「お前の言うとおりだよ。弱ってたところにつけこんだ」


 そう言って苦笑いする谷川さん。なんとなくだけど、ごめんと言ってるのかなと感じた。

 言葉に出すのはちょっとつらいけど、俺が思っていることを伝えた。


「………………でもさくらちゃん、谷川さんのこと好きでしょ?」


 ま、俺のことも好きだと思いますけどと付け加えてにやっと笑ってみせると、彼はほんの少し泣きそうに顔を歪め、軽く微笑んだ。


「……さくら、泣いてた」


「!」


 驚いてまじまじと谷川さんを見つめる。


「『これで、前を向けます』って。……好きだった人から理由もわからず突然ふられて傷ついてたけど。お前の心の内を知って……悲しみを昇華できたみたい。きらきらした思い出として、額装して心に飾っておくんだと」


「…………………………」


 それをきいて、目頭がかっと熱くなった。


 あぁ、これが。

 告白の返事なんだろう。


 視界が歪んできて、瞬きをすると涙が流れた。


「ははっ、俺の暴走も無駄じゃなかったっすね」


「…………………………うん」


「はは!あーーーーそっかーーーーそっかーーーー」


 谷川さんがポケットからハンカチを取り出して、俺に渡してくれた。遠慮なく受け取って、両目を押さえた。


「谷川さーーーーーーん」


「……なに」


「マジでさくらちゃんのこと幸せにしてくださいねーーーーーー泣かせたら俺がさらいに行きますからねーーーーーー」


「…………………………うん」


「ほんとに、ほんとに頼みましたからねーーーーーーマジでお願いしますよーーーーーー」


「…………………………わかったから、もう泣くなって」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 気持ちのよい青空の下、流れる涙を拭いながら作業を続けた。


 思い返すのは、あの日の夜。


 さくらの体当たりの告白を断っていれば、今とは違う未来があったのだろうか。


 ぶんぶんと頭を振る。



(これで、よかったんだ)



 悩んで、傷つけて傷ついて。

 さくらと付き合わなければ、恋の喜びも苦しみも、知ることはなかった。


『斗真さん』


 さくらを好きになって、本当によかった。





「………………っ……ひぐっ……えぐっ…………」





 涙があとからあとから溢れてくる。谷川さんは何も言わず作業に勤しんでいる。


 そこにいたのは、お金持ちのお坊ちゃんでも、病院の中堅医師たちでもなく、同じ女性を好きになったただの男たちだった。






・・・






 夕方、道具を乗せたリアカーを引きながら谷川さんに話しかけた。


「谷川さん」


「なに」


「さくらちゃんと結婚するんすか?」


 横を歩く彼の横顔が少し緩み、慌てて汗を拭う仕草でごまかした(のがわかった)。


「……そうなったらいいけど。どうだろうな」


「自信ないんすか?」


 からかうようにきくと、谷川さんが困ったように笑った。


「…………苦労はさせないつもりだけど。俺はしがない勤務医だから。女の子はやっぱり御曹司と結婚って夢見るものじゃないかと思


 そこまで言うとハッとしたように口をつぐんだ。

 俺はにやにやが止まらなくなっていた。


「今のなし。忘れろ」


「いやいやいや……俺のことはロバか何かだと思って、続けてください」


「…………………………」


「ゆくゆくはプロポーズを考えているけど、さくらちゃんの元カレがリッチでかっこよくて仕事もできるパーフェクトな奴だからぼく怖気付いちゃうって話ですねわかります」


「……口が滑った1分前の自分を殴りたいよ」


「なんでですかー!いいじゃないっすかー!」


 さっさと先を行き始めた谷川さんをリアカーを引きながら必死に追いかける。


「あ、谷川さん肌めっちゃ赤くなってますよ!ミストしてあげますから」


「……なにそれ、別にいい……」


「騙されたと思ってやってみてって!絶対気持ちいいから!」


「…………まぁ、そこまで言うなら……」


「で、飯も行きましょ!俺奢ります!」


「…………………………あぁ……うん……。自分の分は自分で出すから」


 常とは違う返事に、嬉しくなってにんまりした。


 今日俺は恋を失ってしまったけれど。

 その代わりに、

 永遠の愛情と友情を、一度に手に入れた気がした。

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