一世一代の告白
よろよろと処置室へ向かうと、そこにいた看護師数名とさくらちゃんが出迎えてくれた。
俺たちの様子を見て、唖然としているようだった。
交通外傷等を見慣れているとはいっても、知っている顔が怪我しているのはまた違う感覚なのだろうと思う。
「おっつー!忙しいとこ悪いんやけど、30代男性2名受け入れお願いしまーす!」
牧田さんがおどけて言うと、場の雰囲気がふっと和らいだ。
固まっていたみんなが再生ボタンを押したように動き出し、俺と谷川さんはまず傷口の洗浄をされた。
牧田さんがさくらと「2人とも眉上のとこは縫わんとあかん。おそろいや」と話しているのが聞こえる。
ベッドに横になって先生方を待っていると、話を聞いていたらしい谷川さんが口を開いた。
「ねぇ、さくらが縫ってよ」
「させねぇ。俺がやります」
痛む傷に顔をしかめながら起き上がった。
「……空気読めよ。負け犬はすっこんでろ」
「は?ここで決着つけます?」
再びがるるる…としだした俺たちに、さくらがこちらを見て、苦笑いしながらため息をついた。
「……………喧嘩するほど仲がいいって言いますけど、限度ってものがありますからね」
「ほんまや。医師2人が殴り合いのケンカなんて、きいたことないっちゅーねん」
さくらは斗真頼む、と牧田さんが俺にさくらちゃんをつけてくれた。ナイスな采配に彼を今すぐ抱きしめたくなった。
さくらが少し強張った表情で俺の横に立った。下から見上げる体勢のせいで、さくらが上になってくれたときの映像が頭をよぎった。誰か俺を殴ってくれ。あ、もう殴られてるか。
「お願いします」
この期に及んで、こんなしょうもないことを考えていたのを悟られないよう、落ち着いて言った。
けれど、さくらがこんなに近くにいるのが嬉しくてなんだかとても優しい気持ちが溢れてくる。
「…………………………はい。うわー斗真さんの顔を縫うって緊張します……!」
傷口に触れる指が震えている。
知っている奴の顔を縫うというのは難易度が高いものなのだろう。
いいんだって、さくらちゃん。
「そんなに緊張しないで。縫合なんて何回もしてるでしょ」
「そ、そうなんですけど、も、もし変に痕が残ったらと思うと……」
俺が美容に気を使っているのを知っているからこそ、プレッシャーもひとしおなのかもしれない。
「気にしないでいいから。もしそうなっても、さくらちゃんが縫ったやつだって思えば許せるから」
「そういうわけには……」
あくまで気が進まない様子のさくらの手をとって、目を見て伝えた。
「じゃあさ、もしそうなったら、そのときはさくらちゃん責任とって…………
俺と結婚しよ」
谷川さんががばっと身を起こそうとしたが牧田さんから「動かんといて」と押さえつけられていた。
さくらちゃんは目をぱちぱちして、やがて顔がみるみる赤くなっていった。
懐かしい光景に、涙が出そうになった。
ーーーー よき先輩後輩として笑い合っていた日々。
『このままキスする?』『かかかからかわないでください!』…………。
いつのまに、こんなに遠くにきてしまったのか。
「だから、失敗していいからね。むしろ失敗して?」
谷川さんが「ふざけんな」と言っているのがきこえたが、そんなことはもうどうでもよかった。
「さ、最善を、尽くします……」
「いいって尽くさなくても。テキトーに縫ってくれていいから」
震える手で縫合セットを手にしたさくらの肩をポンと叩き、牧田さんが呆れたように俺に言った。
「脅すなや。震えとるやん、かわいそうに。さくら、こっち終わったから代わるわ」
俺がさくらをからかって遊んでいるととったようだ。(自分たちが俺に対してそうだから!)
「……すみません、お願いします」
「えーーーーーーーー」
不服を申し立てたが受理されず、牧田さんが手際よくチクチクしてくれた。
俺今彼女とジョギングはまっとんねん、というどうでもいい話をききながら、白い天井を眺めた。
横から谷川さんがさくらに消毒してもらいながら「痛いって」「我慢してください」「やだ」なんていちゃついてる声が聞こえてきたもんだから、奥歯をギリギリしながらあなたそういうキャラじゃないでしょと心の中で突っ込んだ。
「どうしたん修也、今日めっちゃ甘えん坊やん」
俺の代わりに突っ込んでくれた牧田さんに後光が見えた。
そして後日。
俺と谷川さんは部長に呼ばれた。
「……喧嘩の原因は忘れました、と。それで通ると思っているのか?」
経緯報告書を読んだ部長が、眉をしかめて言った。
「斗真先生」
「……申し訳ありません」
「谷川先生も同じようなことを書いているが?」
鋭い視線を谷川さんにも向ける。
「申し訳ありません」
そう言うと部長の方へ進み出て、どこに持っていたのかすっと封筒を取り出し、デスクの上に置いた。
表書きには「退職願」と書いてあった。
「これは?」
部長が落ち着いた声できいた。
「……私なりの、責任の取り方です」
「…………………………」
部長が無言で真っ二つに裂き、ふぅ、とため息をついた。
「……上から『谷川くんの退職願を受け取るな』と言われてる。ま、言われなくても、受け取らないけどな」
そう言ってふふっと笑った。
「『どうせ斗真が何かいらんことしたんだろう』と仰せだったぞ」
「……副院長、ですね。そんなふざけたこと言ってるのは」
副院長を務める長兄がため息をついている様子が頭に浮かび、こめかみがびきびきした。これが終わったら一言言いにいこうと心を決めた。
部長が静かな声で続けた。
「今週末に役員会議がある。そのときに処分を決定するそうだ。君たちも出席するように」
「はい」
「……はい」
それまでに長兄に、曇りなき眼で報告書を読めと念を押しておかねば。
「傷がある程度治るまでは外来禁止だ。病棟で勤務するように。手術や当直等に関しては、私や世良くん・牧田くん・さくらくんでなんとかするから」
副院長もヘルプで入ってくれるそうだ、と続ける部長。申し訳なさで土下座したくなってきた。
ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします、と谷川さんが深く一礼したので俺もそれに倣った。
「ははっ、いいんだよ……ってよくはないか。まぁさくらくんも手術に参加する機会増やしてあげようと思ってたところだし」
「大丈夫でしょうか……」
谷川さんが心配そうに言った。
「まさかいきなり脊椎の手術を執刀しろってわけじゃない。幸い今難しいのは入ってないから。大丈夫大丈夫」
「…………………………」
何か言いたげな谷川さんに、部長がくしゃっと笑って言った。
「案外過保護なんだな、君は。大丈夫、無理そうだったらすぐに対応するから」
「…………………………」
「大丈夫だって。女性の方が肝が据わってるんだから。今回を起爆剤に、さくらくんがメキメキ頭角を表すかもしれんよ?」
ウインクしてイタズラっぽく笑った。
「はぁ……」
生返事の谷川さんに、部長がははっと笑った。
目尻の笑い皺と白い歯が印象的だ。
和やかな空気が流れたところで、部長が言った。
「そうそう、仲直りってことでお互いのいいところを教えてくれないか」
「「はい??」」
部長の突拍子もない提案に俺と谷川さんの声が揃った。
「…………ないです」
「ないですね」
これも、声が揃った。
「なにかしらあるだろう。医師になれる優秀な頭脳で考えたまえ」
部長がニコニコしながら言った。
少し沈黙が流れ、意外なことに谷川さんから口を開いた。
「…………ちゃらちゃらしているので、斗真がいると雰囲気が明るくなるところでしょうか」
「それ悪口入ってません?」
「…………意外に勉強熱心なところは驚くときがあります」
「!」
あくまで無表情の谷川さん。
けれど、俺の全てを嫌っていると思っていた人から(絞り出した感があるとはいえど)こんな風に褒められて、俺は顔がにやけてきた。
なんだよこのやろー!嬉しいじゃねーかこのやろー!
谷川さんの答えに部長も満足げにうなづいた。次を促すように俺を見たので張り切って話し始める。
「谷川さんは無口で無表情で怖いとこありますけど、周囲を力強く引っ張っていってくれる頼もしさがあります!女子サッカーの元キャプテンじゃないですけど『苦しいときは私の背中を見なさい』的な?救急であわわ…ってなってるときにヘルプ入ってくれたときはまじ神って思いました!論文たくさん書いてるのも尊敬します!手術も早くて正確だし!それに……
「わかったわかった、もう十分だろう」
部長が笑顔で俺を制した。
谷川さんがどんな表情をしているのかは、怖くて見ることはできなかった。
「よし、仲直りだ。あとは処分を待とう。行ってよし」
「「失礼します」」
2人揃って頭を下げ、部長の部屋を辞した。
扉をパタンと閉め、谷川さんに「俺のことあんな風に思ってくれてたんすか〜嬉しいです!」と話しかけようとしたが、さっさと行ってしまっていた。
そうだった、あの人はこういう人だった。仲良くなれるかも、と思った俺が馬鹿だった。
しゅんとしぼんでしまった心を励ましながら、俺は俺で副院長室へと急いだ。
結局俺たちに下された処分は、
・反省文の提出
・10%の減給×3ヶ月
・物品の買替費の一部負担
・院内奉仕作業50時間
というものだった。厳しいのかそうじゃないのか、よくわからない。過去に類似の出来事はなく、俺たちが「前例」になる、とのことだった。とほほ。




