too late
「お、つかれ……さま」
石化が解け、からからに渇いたのどから声を絞り出した。
そんな俺を気にすることなく、さくらはカタカタとパソコンに向き合っている。
ぎくしゃくとした動きで自分のデスクに座り、やるべき作業に取り掛かるためパソコンを開いたが ーーーー集中できない。
(〜〜〜〜だめだ、意識しちまう…………)
だめだと思うほどさくらのことが気になり、彼女がパソコンに集中している隙についじっ…と見てしまう。改めて思った。
きれいに、なったよな。
結んでいてもわかる艶のある黒髪、濡れたような瞳、きれいな肌、ふっくらとした唇……。
元々かわいらしい顔立ちをしていたけれど、豊かに花開いた美しさに、どうにも目が離せなくなってしまった。
ばちっ、と目が合った。
「…………………………!!」
慌てて目をそらし、パソコンに向き直る。
「えっとー、あれどこだったっけ」なんて白々しい小芝居をしながらマウスをカチャカチャ動かした。
全然頭に入ってこない文章を読んでいると、さくらが「あ、そうだ」と明るい声で言った。
「手紙、預かってきたんでした」
そう言って俺のデスクまで持ってきてくれた。
「どうぞ。患者さんからです」
差し出された封筒を受け取る。
「ありがとう。………………………………」
「いえ」
遠慮がちな笑みに、胸が痛んだ。
自分の席に戻ろうとしたさくらを呼び止めた。
「…………さくらちゃん!」
「はい?」
振り返った彼女と目が合う。
一瞬怖気付いたが、すぐに言葉を紡いだ。
「ーーあのとき、さくらちゃんも手紙書いててくれたよね。ありがとね」
『最近元気がないので心配しています。これ飲んで元気出してくださいね!』
『斗真さん 大好き!』……。
あのときもらったメッセージカードは、今も捨てずにとってある。
俺の発言の意図がわからず、さくらは困惑しているようだ。探るように、俺を見ている。
「…………………………あのときは、ごめんね」
そう言うと、さくらの顔が泣きそうにくしゃっと歪んだが、すぐに手をパタパタと振って、申し訳なさそうに笑った。
「いえ、私の方こそごめんなさい、です!迷惑かけてたの気付かなくて、本当にすみませんでした」
髪を耳にかける仕草をしながらはは、と苦笑いしているさくら。
その儚げな様子に、考えるより先に体が動いて、そばにいって抱きしめていた。
あのとき抱きしめることができなかった分を取り戻すように、ぎゅっ…と力を入れた。
彼女の身が強張るのがわかった。
賽は、投げられた。
「あ、あの……?斗真先生?」
「ごめんね……。本当に、ごめん。ごめん…………」
「????????」
さくらの戸惑いが伝わってくる。
言わない方がいいとはわかってる。このまま身を引いて、さくらの幸せを願うことが正しいことだってわかってる。
けれど、もう、止められなかった。
「………………迷惑なんて、思ったことないから」
「え?……」
さくらに言わせてばかりで。
肝心なことを君に伝えてなかった。
「………………さくらちゃんのことが、大好き。ごめん、一度も口に出してなかった」
さくらがますます身を強張らせた。
体を離し、そっと頬に手をそえた。
「さくらちゃん」
優しく唇をなぞり、そっと重ねた。
甘い電流が身体中を駆け巡り、衝動に任せて2・3度さくらの柔らかい唇をついばんだ。
「………………いやっ!」
どん、と突き放された。
口を手でぬぐい、涙目になって俺を見ている。
小刻みに震える肩が、どうしようもなく愛しくなった。
「………………も〜〜、斗真先生、どうしたんですか!冗談が過ぎますよー!」
この期に及んでもなお、冗談ということで穏便にすまそうとしてくれるさくらの気遣いに、涙が出そうになった。
「……あのね。俺、さくらちゃんの隣にいる自信がなかったんだ。だから、あんなひどいこと言って、離れようとして……」
「……………………………………………………」
「でも無理だった。さくらちゃんと離れたら、世界も白黒に見えるし、何食べても味しないし、ほんとに、ただ毎日生きてるだけって感じになって……」
「俺の身勝手で振り回して、傷つけて、本当にごめん。でももう一度だけ、俺にチャンスちょうだい」
さくらの瞳が戸惑いで揺れている。
何度か何かを言いたげに口を開いたが、下唇をぎゅっと噛んだ。やがて、俺を見据え、震える声で言った。
「…………どうして……今になって……………」
「さくらちゃん」
腕を引き寄せてもう一度抱きしめる。
腕に力をこめたところで ーーーー
「あーーーー今日も疲れたーーーー」
「患者多かったな」
「…………………………」
先輩方3人がどやどやと入ってきた。
「あ、お、お疲れ様です」
さくらちゃんがぱっと離れ、「いつもの練習に行ってきます」と気まずそうにそそくさと詰所を出ていった。それを見た世良さんが、
「お、なんだなんだ、斗真、さくらには手ぇ出すなよ?」
と、あっけらかんと言った。
「いえ、そんな………………」
「斗真センセーはおモテになりますからね。女性はみんな自分のことが好きって思ってるんじゃないですか」
谷川さんが怒りをにじませている。
ファイルを投げてよこした。
「?」
「……手紙。患者さん達から預かってたナースから預かってきた。お前に渡してくれだと」
「最近えらい多いな〜!うらやましいわ〜!」
牧田さんの笑い声が詰所に響いた。
それをききながら、俺は谷川さんの刃のように鋭い視線に詰問されていた。背景にはごごごごご…と地響きが聞こえてきそうだ。
『……………さくらに、何かしてないよな?してたら殺す』
言葉はなくともはっきりとそう聞こえた。
俺はエスパーになったのかもしれない。




