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さくらの恋  作者: ゆり
26/30

too late

「お、つかれ……さま」


 石化が解け、からからに渇いたのどから声を絞り出した。

 そんな俺を気にすることなく、さくらはカタカタとパソコンに向き合っている。


 ぎくしゃくとした動きで自分のデスクに座り、やるべき作業に取り掛かるためパソコンを開いたが ーーーー集中できない。


(〜〜〜〜だめだ、意識しちまう…………)


 だめだと思うほどさくらのことが気になり、彼女がパソコンに集中している隙についじっ…と見てしまう。改めて思った。




 きれいに、なったよな。


 


 結んでいてもわかる艶のある黒髪、濡れたような瞳、きれいな肌、ふっくらとした唇……。


 元々かわいらしい顔立ちをしていたけれど、豊かに花開いた美しさに、どうにも目が離せなくなってしまった。



 ばちっ、と目が合った。



「…………………………!!」


 慌てて目をそらし、パソコンに向き直る。


「えっとー、あれどこだったっけ」なんて白々しい小芝居をしながらマウスをカチャカチャ動かした。


 全然頭に入ってこない文章を読んでいると、さくらが「あ、そうだ」と明るい声で言った。


「手紙、預かってきたんでした」


 そう言って俺のデスクまで持ってきてくれた。


「どうぞ。患者さんからです」


 差し出された封筒を受け取る。


「ありがとう。………………………………」


「いえ」


 遠慮がちな笑みに、胸が痛んだ。

 

 自分の席に戻ろうとしたさくらを呼び止めた。


「…………さくらちゃん!」


「はい?」


 振り返った彼女と目が合う。

 一瞬怖気付いたが、すぐに言葉を紡いだ。


「ーーあのとき、さくらちゃんも手紙書いててくれたよね。ありがとね」


 

『最近元気がないので心配しています。これ飲んで元気出してくださいね!』


『斗真さん 大好き!』……。



  あのときもらったメッセージカードは、今も捨てずにとってある。


 俺の発言の意図がわからず、さくらは困惑しているようだ。探るように、俺を見ている。


「…………………………あのときは、ごめんね」


 そう言うと、さくらの顔が泣きそうにくしゃっと歪んだが、すぐに手をパタパタと振って、申し訳なさそうに笑った。


「いえ、私の方こそごめんなさい、です!迷惑かけてたの気付かなくて、本当にすみませんでした」


 髪を耳にかける仕草をしながらはは、と苦笑いしているさくら。


 その儚げな様子に、考えるより先に体が動いて、そばにいって抱きしめていた。

 あのとき抱きしめることができなかった分を取り戻すように、ぎゅっ…と力を入れた。

 彼女の身が強張るのがわかった。

 賽は、投げられた。


「あ、あの……?斗真先生?」


「ごめんね……。本当に、ごめん。ごめん…………」


「????????」


 さくらの戸惑いが伝わってくる。


 言わない方がいいとはわかってる。このまま身を引いて、さくらの幸せを願うことが正しいことだってわかってる。


 けれど、もう、止められなかった。


「………………迷惑なんて、思ったことないから」


「え?……」


 さくらに言わせてばかりで。

 肝心なことを君に伝えてなかった。





「………………さくらちゃんのことが、大好き。ごめん、一度も口に出してなかった」





 さくらがますます身を強張らせた。


 体を離し、そっと頬に手をそえた。

 


「さくらちゃん」



 優しく唇をなぞり、そっと重ねた。


 甘い電流が身体中を駆け巡り、衝動に任せて2・3度さくらの柔らかい唇をついばんだ。




「………………いやっ!」



 どん、と突き放された。


 口を手でぬぐい、涙目になって俺を見ている。

 小刻みに震える肩が、どうしようもなく愛しくなった。


「………………も〜〜、斗真先生、どうしたんですか!冗談が過ぎますよー!」


 この期に及んでもなお、冗談ということで穏便にすまそうとしてくれるさくらの気遣いに、涙が出そうになった。


「……あのね。俺、さくらちゃんの隣にいる自信がなかったんだ。だから、あんなひどいこと言って、離れようとして……」


「……………………………………………………」


「でも無理だった。さくらちゃんと離れたら、世界も白黒に見えるし、何食べても味しないし、ほんとに、ただ毎日生きてるだけって感じになって……」


「俺の身勝手で振り回して、傷つけて、本当にごめん。でももう一度だけ、俺にチャンスちょうだい」


 さくらの瞳が戸惑いで揺れている。


 何度か何かを言いたげに口を開いたが、下唇をぎゅっと噛んだ。やがて、俺を見据え、震える声で言った。


「…………どうして……今になって……………」


「さくらちゃん」


 腕を引き寄せてもう一度抱きしめる。

 腕に力をこめたところで ーーーー





「あーーーー今日も疲れたーーーー」


「患者多かったな」


「…………………………」





 先輩方3人がどやどやと入ってきた。



「あ、お、お疲れ様です」


 さくらちゃんがぱっと離れ、「いつもの練習に行ってきます」と気まずそうにそそくさと詰所を出ていった。それを見た世良さんが、


「お、なんだなんだ、斗真、さくらには手ぇ出すなよ?」


 と、あっけらかんと言った。


「いえ、そんな………………」


「斗真センセーはおモテになりますからね。女性はみんな自分のことが好きって思ってるんじゃないですか」


 谷川さんが怒りをにじませている。

 

 ファイルを投げてよこした。


「?」


「……手紙。患者さん達から預かってたナースから預かってきた。お前に渡してくれだと」


「最近えらい多いな〜!うらやましいわ〜!」


 牧田さんの笑い声が詰所に響いた。


 それをききながら、俺は谷川さんの刃のように鋭い視線に詰問されていた。背景にはごごごごご…と地響きが聞こえてきそうだ。


『……………さくらに、何かしてないよな?してたら殺す』


 言葉はなくともはっきりとそう聞こえた。


 俺はエスパーになったのかもしれない。

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