ぐだぐだロミオ
※斗真さん視点です
さくらとお別れして早3ヶ月が過ぎようとしていた。
傷心の日々を過ごしぼーっとしていた意識も徐々に回復してきて、だんだん周りの状況も見えるようになってきた。
失恋からの回復期。
時間が経つにつれてつらい思いもなくなっていくでしょう ーーーー。
恋愛本には確かそう書いてあったが、それとは逆に、俺の心中は穏やかではなかった。原因は明白だ。
『ねぇきいてー!谷川先生とさくら先生が一緒に歩いてるとこ見ちゃったー!』
『えっ私もデート中に会ったことあるー!なんかね、2人仲良く買い物してた〜!会釈したら向こうもあぁどうもって感じで〜』
『ちょっとちょっと、さりげなくマウントとらないでよー!』
……耳に入ってくる、なんとも不愉快な情報。
その噂話を裏付けるかのように、谷川さんの肌ツヤがいいのが気に食わない。
そして。
さくらちゃんが、すごくきれいになっていってることが、一番気に食わない。
「あーーーー…………いい恋してるんだろうな、的な?」
いつもの料亭で。
さくさくと天ぷらを頬張りながら、悠介くんが言った。
「…………………………言わないで…………………………」
涙が出そうなのを必死にこらえながら、返事をした。せっかくの美味しい料理も、また味がしなくなってきた。しゅん…と落ち込んだ俺に、悠介くんが追い打ちをかけるように言った。
「………………別れた女が、いつまでも自分のこと好きでいてくれるって思うのは、男の幻想っすよ」
「ーーーーーーーーーー!!」
鋭い刃で、俺の涙腺は決壊した。
「あらららら…泣かないでください……。はいこれ、懐紙ですけど」
渡された紙で涙をぬぐった。鼻をずずっとすすると、「あ、どうぞ鼻もかんでください」ともう一枚渡された。
「…………あーーーーマジでつらいわ……。いっそのこと異動願出そうかな。なんか、2人仲良くなっていくのを目の前で見せられ続けるってなんの拷問って感じで…………」
ぐすっ ぐすっ
鼻水の音が、端正な和室に響いた。
「……ふったのは、斗真さんなんですけどね」
「……………………………………………………」
「…………さくらちゃん、泣いてたらしいですよ」
悠介くんがもぐもぐしながら静かに言った。病院で見る様子とは違うことに驚き、ばっと顔を上げた。
「え、ほんとに??職場ではそんな様子微塵もなかったけど????」
通常営業って感じでさ、とさくらの様子を伝える。俺はそれにどれだけ傷ついたことか。
「…………吉田から、メッセージ来たんです。『我慢して泣いてて、つらいっす。斗真さんから何か聞いてません?』って」
「……………………………………………………」
俺の想像ですけど、と前置きして悠介くんが言った。
「さくらちゃん、めそめそしてたら斗真さんに迷惑かけるって思って、無理してたんじゃないですか?で、それに気づいた谷川さん?でしたっけ?が慰めて、さくらちゃんもだんだんそっちに傾いていった……って感じなんじゃ……」
「谷川さん、俺には『さくらの兄さんより年上って恥ずかしくない?』とか言ったんだよ……!?それなのに……!!」
うわぁぁぁぁん、とテーブルに突っ伏す。
「俺は別に気にしないけど、が頭についてたんですかねぇ……」
ずずっとお茶をすする音が聞こえた。
「こんなの騙し討ちだろぉぉぉお。なんなんだよぉぉぉお。卑怯だと思わない!?」
「はは、どうなんでしょ」
「あーー思い出した、谷川さんさくらちゃんのこと『お願いしたらなんでもしてくれそう』なんてゲスなこと言ったんだよ!?それなのに……なんだよなんだよ、しれっと優しい彼氏面して……!!」
「……あ、斗真さん今日結構飲んでますね……」
悠介くんが苦笑いしたのがわかったが、俺は話すうちにどんどん興奮してきて、愚痴が止まらなくなっていた。
「あーーマジで腹立つ!!無口だし無表情だし俺にだけなんか態度きついし」
「…………………………」
「けど手術は早いし患者さんや職員さん達には『怖いけど優し〜い』なんて言われて親しまれてるから余計に腹立つ!!!!私服のセンスがいいのもムカつく!!!!」
「……………………………………………………」
「ていうか、さくらちゃんを見る眼差しからわかるんだよぉぉぉ大事に思ってるってことがさぁぁぁ!!なんなのあの包み込むような優しさ?不器用なりの愛情??」
バンバンとテーブルを叩き始めたところで、悠介くんが耐えきれないとばかりに吹き出した。
「谷川さんのこと、好きなのか嫌いなのかわからないっすね」
「嫌いっていうか、今はすっげームカついてて好きも嫌いも通り越してる」
「はは」
少し笑って、またお茶をすすった。
「…………………………」
どこかの部屋から箏の音が響いてくる。
それに耳をすませながら俺もクールダウンのお茶を飲んだ。
「…………俺さ、反省してるんだ」
「何をです?」
「……俺、結局自分のことだけ考えてたよなって……。隣にいる自信ないーとか言って……。それはさくらちゃんのためとか思ってたけど……」
悠介くんは無言だ。
「さくらちゃんはさ、俺のこと考えてくれてたのに……。気付かなかった自分がマジで恥ずかしい……」
「…………………………」
「考えてみるとさ、俺まともに恋愛したことないんだよね。なんかほんと、今まで何してたんだろって」
はぁ、とため息をつく。
「……適切な行動ではないかもですけど、」
しばらく沈黙が続いたところで、悠介くんがぽつんと言った。
「うん?」
「斗真さんの正直な気持ち、伝えてみたらどうっすか?」
「え?」
「さくらちゃんは斗真さんの心の内を知らないわけだから、驚かれるとは思いますけど。もしかしたら逆転ホームランがあるかもしれないし、なかったとしても斗真さんの気持ちの区切りつくでしょ」
それは俺も考えた。けれど……
「………………自分勝手じゃない?」
「………………否定はできません」
「あぁぁぁぁぁあ」
またテーブルに突っ伏した。そんな俺に、悠介くんが笑った気配がした。
「斗真さん、元気出してください。俺応援してますから」
「……うん」
「そうそう、ちゃんと飯食ってます?今言うのはそれこそ適切ではないですけど……なんか……なんか……」
「?」
顔を上げて悠介くんを見る。「あ、涙目やば」と困ったように、笑った。
「…………………………色気すごいっすよ」
「…………そうかな」
「そうっす。やせたせいかな?なんか……なんて言えばいいのか……うーん……」
腕を組んで頭をひねっている悠介くん。それを見て少し笑ってしまった。医者ってのは意外に語彙力がないものなのだ。
「そういえば最近患者さんから手紙もらったりすることが多くてさ」
「えっ、整形外科に来る患者さんって、すみません、割と年齢層高めのイメージでしたけど、そうなんすか」
「今のセリフ、入院してるお姉様方に言ったらぼこぼこにされるから注意だよ……。ていうか、うん、うちの科だけじゃなくて、なぜか他科の患者さんからももらってさ……。あと野郎からケツ触られたり……。なんなんだろうね……」
「あっはっはっはっは!!!!……ってすみません」
俺がジト目で見たのを気にしたのか、悠介くんがすまなそうに言った。
「いや、でもまじで色気すごいっすよ。俺も今やばいっすもん。飛び掛かりたい」
「えー?そのときは痛くしないでよー?」
「ははっ、とりあえず否定してください」
仲居さんがデザートを持ってきてくれた。「サービスです」と言って頼んでいないアイスがついてきていた。それを見た悠介くんがまた大笑いした。
『正直な気持ち、伝えてみたらどうっすか?』
夕方、院内の廊下を歩きながら悠介くんの言葉を思い出していた。
(そうできたらな……どんなにいいか。けどな……俺は言ってスッキリするかもだけど、言われたさくらちゃんの方は戸惑うだけだろうし……)
これ以上、さくらを傷つけることはしたくなかった。
けれども。
(谷川さんってのが気に食わないんだよな……。あんなテンション低い人と一緒にいたらさくらちゃんの明るさがなくなっちゃうじゃ……)
もはやいちゃもんレベルのことを考えはじめた自分におののき、頭をぶんぶんふってもやもやを追い出した。
思考の堂々巡り。
いつになったら解放されるのだろうか。
はぁ、とため息をつき詰所の扉を開けた。そこには。
「あ、お疲れ様です」
さくらが1人、パソコンに向かっていた。
突然降ってきたチャンスに、俺はピシッと石化した。




