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さくらの恋  作者: ゆり
20/30

三人寄れば

 谷川さんの家を辞し、一旦自分の部屋へ戻った。歩いて30分ほどの距離だった。スイーツが心配だったが、蓋を開けてみると谷川さんが保冷剤も入れてくれていたのでなんとか大丈夫そうだった。ぬかりのない先輩だ。


 ささっとお泊まりグッズを用意し、香奈恵の家へ向かおうと愛車のCBにまたがった。

が、昨日の嵐のような大雨のせいで道路のそこかしこにまだ水たまりが残っていたことを思い出し、愛車が汚れるのを危惧してタクシーで行くことにした。てくてく歩いて、大きな道路へ出た。


 何台かにふられ、ようやく乗せてもらえた。座席に座り、流れる景色を眺める。ふと、斗真さんとのやりとりが頭をよぎった。



『も〜〜今の空車だったのになんで止まってくれないんですかね〜〜』


『あはは、さくらちゃんのやり方が悪いのかな。…………ほら、俺がやったらすぐ止まってくれた』


『男女差別だきっと……!!』



 そんな、なんでもない会話ですら、宝石のように貴重に思えて泣けてきた。

車の中、彼の手をぎゅっと握ると『ん?』と言って握り返してくれたっけ。


 あのとき隣に座っていた斗真さんは、もう、いないんだ。


 ぽっかり空いた空間が寂しくて、そっと目を閉じた。失恋の痛みに気づいてしまい、もう知らぬふりはできなくなっていた。思い出の洪水に、飲み込まれていった。







・・・








「よっ、久しぶり」


「香奈恵〜〜〜〜」


「よしよし、とりあえず中入りな」


 ぎゅぎゅ〜っと抱きしめてくれた後、優しくそう言った。

香奈恵にはお昼のメッセージで、振られたことを伝えた。ずいぶん心配してくれて、今すぐに会おうと言ってくれたが職場の先輩の部屋にいると伝えると安心したようだった。

『よかった、じゃあ今夜はうちにおいでよ』


 柔らかいカーペットに座り、出されたお茶をぐいっと飲む。だーーーーっと涙をこぼし始めた私に、香奈恵がティッシュを渡してくれた。


「香奈恵〜〜〜〜香奈恵〜〜〜〜」


「うん」


 ぐすっ、ぐすっと泣きながら、これまでのいきさつをなるべく客観的に話した。(つもり)

私の話をきいた香奈恵は、髪を耳にかけながらため息をついた。


「なんか……鈴木の兄さん……幻滅した……。ごめん……怒りが湧いてきてるわ……」


「……いや、でも私が最初強引に迫ったのがいけなかったんだし……」


「……………………………………………………」


 香奈恵が何か言いたげに口を開いたが、頭をぐしゃぐしゃとして黙ってしまった。谷川さんがもたせてくれたケーキを一口食べて、ゆっくりと咀嚼した。


 ふたり無言でいると、玄関でガチャガチャと音がし、香奈恵が弾かれたようにハッと顔を上げた。


「あいつ……来なくていいって言ったのに……!」


「?」


「いや、えと」


「さくらーー!大丈夫かーー!?」


 快活な声で現れたのは、よっしーだった。

 手にしている買い物袋からはお酒の瓶が見え隠れしている。スマホ越しに姿は見ていたものの、こうして直に会うのは2年ぶりくらいかもしれない。けれどそんなことを感じさせないくらい、この間会ったままの、よっしーだった。私も変に緊張せず、不思議と昨日の続きのようにおしゃべりを続けることができた。こういうところがよっしーの魅力なのだと思った。ありのままを伝える。


「大丈夫じゃなーーーーい!落ち込んでるのーーーー!!斗真さーーーーん!!会いたいよーーーー!!いちゃいちゃしたいよーーーー!!」


「あぁ弱音吐いちまえ吐いちまえ!!思いっきり泣くがいいさ!!」


 よっしーが早速お酒の蓋をあけ、お茶が入っていたコップになみなみと注いでくれた。

3人で乾杯する。

ぷはーーっと飲み干して、心に浮かんだ疑問を尋ねたみた。


「あれ?よっしー今鍵開けて入ってこなかった?」


 香奈恵が少しまごついた。


 そして、気まずそうにもじもじして言った。


「実は……その……」


「?」


 どうしたんだろう。

 香奈恵にしては、歯切れが悪い。

 答えはすぐにわかった。


「えと……3日前から付き合いだして……」


「えーーーーーーーーーー!!」


 なんてタイムリーな。私が大口を開けたまま驚いていると香奈恵が赤くなって、バツが悪そうに「ごめん、あんたがこんなときに」と言った。よっしーが明るい声で話を引き取った。


「そーなんだよー!今週のグループラインで言おうと思ってたんだけどさー!」


「えっ、えっ、ほんとに!?もう、驚きすぎてほんとに!?しか言えない!!えっ、ほんとに!?」


 飛び跳ねんばかりにきゃーきゃー言うと、よっしーが太陽のような明るい笑顔で「おう!!」と言った。

 大好きな2人が恋人同士になった。本当に、本当に嬉しかった。


「うわーーーーん、嬉しいよーーーー!!」


「わっ……泣かないでよ……なんでよ」


「だってだってーー!!嬉しくてーーーー!!おめでとうーーーー!!ほんとに……ほんとに……おめでとーーーー!!」


 私が涙を流しながらそう伝えると、香奈恵とよっしーが顔を見合わせて微笑みあった。

その優しい光景にさらに涙が溢れてきて、止まらなかった。最初は微笑ましく見守ってくれてた2人も、やがて私がひぐっ…ひぐっ…とひきつけを起こし始めると、焦ったように背をさすったり水を飲ませたりしてくれた。








・・・








「斗真さん、そんな風に人を傷つけるようなこと言わなそうだけど……」


 落ち着きを取り戻した後、よっしーにも私の話を聞いてもらった。おめでたい話の後に悪いな、という気持ちがあったけれど、よっしーに言わせれば「それはそれ、これはこれ」らしい。気を遣われず、あっさりした割り切りが嬉しかった。よっしーが続けた。


「うーん……。斗真さんっぽくない」


「……兄さんは兄さんで何が事情があったとか?そんなわけないか。ていうか、あんたきいてみてよ」


 兄さんと仲いいでしょという香奈恵に、よっしーが慌ててかぶりをふった。


「いや、まぁ、仲良い方だと思うけどさ。うーーん、そうだなー……」


 よっしーが何かを思案するように天井を見上げた。香奈恵が「ねぇ、酔ってるの?」とイライラした調子で聞いた。


「ーーーー橘さんにきいてみるわ」


「え??」


 突然出てきた名前に驚いて、よっしーをみやる。


「俺より橘さんの方がこういうのは適任かも。あの2人も仲良いし」


 ちょっと待ってね、とスマホをお尻のポケットから取り出し、たたっとメッセージを送ってくれた。


「何かわかったら連絡するから。さくら、あまり気を落とさずに過ごせよ?」


 よっしーが微笑んだが、それはすぐに苦笑いにかわった。


「……っつっても無理だよなー、マジで斗真さんがそんなこと言ったの?」


「ね……かわいいさくらに何してくれてんだてめぇって感じよね……」


 香奈恵が500ml缶をめきっ…と潰した。


「あはは、2人に話聞いてもらったらなんか気が楽になった!!ありがとね!!さっ、飲もう飲もう!!大学病院の話、ききたいなー!」


 とぽとぽとぽ……と2人のコップにお酒を注いだ。私は明日当直だからそんなに飲めないけど、今夜は大いに盛り上がりたいと思った。






 そして、翌朝。





 昨夜は泊めてもらったが、付き合いたての2人のおじゃま虫にはなりたくなくて『いーから落ち着くまで泊まりにきなって!!』という申し出は辞退した。(『そうそう、俺ら職場でも顔合わすからいいんだって!!』『もーー、だからあんた来なくていいって言ったのに!!』『仕方ないだろ、さくらの話きいて知らねぇ顔はできなかったんだから!!』……テンポのよい掛け合いをきいて、笑ってしまった)

 負け惜しみとかではなく、本当の本当に、2人には幸せになってほしかった。


(結婚……するのかなぁ。したら素敵だなぁ。式には呼んでほしいなぁ)


 友人代表でスピーチなんてしてる自分を想像すると、頬が緩んだ。


 香奈恵のマンションを出て、てくてく歩く。


「よし」


 むん、と気合いを入れる。


 この難局を、乗り越えねば。


 1人になったらぐるぐる考えてしまうので、そうならない方法、何かに集中できる方法 ーー



「仕事頑張るぞ!!当直の回数、増やしてもらおう」



 皮肉な話だけど、斗真さんが今魂が抜けたような状態なので、部長に言えば斗真さん分の当直をいくつか私に振ってもらえるだろう。

牧田さんも、彼女といたいという理由でまた当直を嫌がっているので、話してみれば1回くらいは譲ってくれそうだ。


 新しい道が開けたようで、ぱあっと目の前が明るくなった。

 空を見上げると雲一つない青空で、自分の決断は正解だと言ってもらってる気がした。


「よっしゃ、頑張るぞーーーーーー!!」


 おーっと拳をふりあげる。

 道行く人がぎょっとした目で私を見た。

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