思い出の1日〜前編〜
鈴木くんの家で勉強会をするため、私たち(香奈恵・よっしー・私)はよっしーが運転する車で、鈴木くんの家に向かっていた。
「友達の家で勉強会って、楽しみだね。なんか小学生に戻った気分」
私が言うと、香奈恵がふっと笑った。
「確かに」
「なんかお菓子持っていかなくていいかなぁ?ポテチとかチョコとか」
「あー……そうだね。さすがに手ぶらはまずいか。吉田、ちょっとコンビニ寄ろうよ」
香奈恵の提案に、よっしーがオッケー、と答えた。バックミラー越しに目があうと、よっしーが引きつるように肩を揺らしはじめた。
「??」
香奈恵はよっしーがなぜ笑い始めたのか、わかっているようだった。
「……っふふっ、ついでにさ、クレンジングも買おう」
「あーーさくらごめんあははははは!!!!」
香奈恵は手で顔を覆い笑いをこらえ、対するよっしーは耐えられないとばかりに吹き出した。
「??????」
「いや、あんた今日顔どうしたのよ……!」
「え?斗真さんに会ったときのためにお化粧頑張ったんだけど」
「さくら、頑張りすぎだよ……!」
よっしーは笑いすぎて涙目だ。
「コンビニ寄るからさ、そこで化粧落とすのも買おうぜ」
「えー?そんなに変かなぁ??」
「変……というか、あぁ化粧し慣れてないんだろうなぁって感じ?」
よっしーがそう言うと香奈恵も同意した。
「あんた顔立ち幼いんだからさ、アイシャドウとかはいらないんじゃない?」
「そうなの?雑誌に書いてたんだけど」
「雑誌というかもっと身近な……そうだ、聡子にメイク教えてもらえばいいじゃん」
聡子。同じクラスの美人さん。ちなみにこれから遊びにいく鈴木くんの元カノだ。
「ああ、いいんじゃない?さっちゃん、きっと大喜びで教えそう」
えっ、私でよかったら喜んで!頼ってもらえて嬉しい!
よっしーが聡子の真似をして言った。喜んだときとか一生懸命なとき、手をばたばたさせるところが似ていて、少し笑ってしまう。聡子に失礼だったかな、と心の中で謝った。
「ていうかさ、聡子とミスターまだ続いてるの?」
香奈恵がよっしーにきいた。よっしーはミスター(聡子の今カレ・橘さん。ミスター医学部だったのでミスター)とも仲が良いから知ってるだろう。
「続いてるよ。この間3人で飯食ったんだけどさ」
「よっしー心臓強いね」
「あはは。も〜2人夫婦みたいで。なんか俺も一安心よ」
「ふーーーーん」
香奈恵が面白くなさそうに唇をとがらせた。
「?どうした?なんか不服そうじゃん」
よっしーがコンビニの駐車場へ左折しながら聞いた。
「……不服ってわけじゃなくて。聡子がチャラ男に遊ばれてるどうしようって思ってたけど、なんか、心配無用だったみたいね」
心配して損した、と香奈恵が大袈裟にため息をついて、笑った。聡子は鈴木くんと別れた後とても暗い顔をしていたから、私もよっしーの話をきいて一安心した。よかった!
「ま、今はさくらの顔を心配しないとね。行こうか」
3人で店内へ入り(私を見た店員さんがぎょっとした顔をした)、いつもは立ち寄らない日常品のコーナーへ行く。
一口に化粧落としといっても色々あってどれを選んだらいいかわからず、結局聡子に電話で聞いた。
横にいた香奈恵とも電話をかわる。「あんた男とばっか遊んでないで、たまには私たちとも遊びなさいよ?」と言っているのが聞こえた。
コンビニでお菓子と化粧落としを購入し、またしばらく車に揺られていると、きれいな家が立ち並ぶ区画に入った。
どの家を見ても立派で、まるで住宅展示場に迷い込んでしまったかのようだ。
(わー、なんかすごい……。あ、あの植木コロンとした形に手入れされててかわいい〜)
どこを見ても完璧に整備されている景色に目を奪われていると、これまた立派な門の前に車が止まった。よっしーが慣れた様子で門の脇のインターフォンを押した。しばらく待っていると、
『はい』
という、鈴木くんの声がきこえた。
「あ、俺。来たぜ〜」
『オッケ、今開ける』
門が内側に開き、よっしーが車を乗り入れる。そうして見えてきたのは ーーーーシルバニアファミリーに出てきそうな、洋風のお屋敷だった。
「わーーーーーーかわいいおうちだねぇ!!」
「……え、鈴木ってこんなとこ住んでんの……」
なになに?重要文化財に指定とかされてないよね?という香奈恵に、よっしーが笑った。
「そこまではされてないけど、なんか、昔の有名な建築家が建てた家らしいぜ。絢斗が言ってた」
「あーーそんな感じ!なんか、明治〜大正の名建築っぽい〜〜!!」
きゃーきゃー言いながら車を降りた。スマホで撮りたかったけれど、個人の家を勝手に撮ってはダメだろうと思い至り、ぐっっと我慢した。
玄関のチャイムを鳴らすとすぐにドアが開いて、鈴木くんが優しく出迎えてくれた。
「よっ。いらっしゃい。車混んでなかった?」
「大丈夫だったぜ。ラッキーだった。夕方はひどいだろうけどな」
「もしその時間にかかったら、うちで飯食っていけよ」
「いいの?ありがと」
会話の内容から察するに、よっしーは鈴木くん家に来慣れている様子だった。
「2人、ほんとに仲いいね」
私がそう言うと、鈴木くんが困ったように笑った。
「もうこいつ泊まり道具一式置いてるから。吉田がいてももう誰も気にしなくなってる」
「あはは!」
「あ、そうそう絢斗。来て早々悪いんだけど、さくらに洗面所貸してくれない?」
「え、どうしたの?コンタクト痛い?」
鈴木くんが心配そうに見つめてきた。
「……鈴木、あんた何も思わないの?」
香奈恵が腰に手をやって、呆れたように言った。
「??いや、別に何も……。あぁ、今日ちょっとお化粧してるんだなぁとは思ったけど……」
「その『ちょっと』が問題なの。少し濃すぎると思うから、洗面所で顔洗わせてあげて」
「え?そう??そこまでしなくていいんじゃない??あれだろ、兄貴に会ったらと思って、おしゃれしてきたんだろ??」
「すずきくーーーーん!!!!」
優しい言葉に感激し、犬のように抱きついた。もし私に尻尾がついていたら、ちぎれんばかりにふっていたことだろう。
そんな私の頭をぽんぽんしてくれながら、鈴木くんが穏やかに笑った。
「よしよし……。今日兄貴帰ってくるといいねぇ。兄貴が好きなタルト・タタン焼けてるから取りにこいってメールしといたからね」
「わぁぁぁあファインプレーだよ鈴木くーーーーん!!!!でもタルト・タタンってなにーーーーーー??」
「あはは、りんごのタルトみたいなやつだよ。あとでみんなで食べようね」
「うん!!!!」
ますます犬のようにすりすりしだした私を見て、よっしーと香奈恵が
「飼い主と犬……」
「もしくは兄と妹……」
と呟いた。
こんなに優しい兄がいたらどんなにいいことか。実兄を思い出し、急いで頭の中から追い出した。楽しみにとっておいた私のプリンを兄が勝手に食べたことは、未だに根に持っている。