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さくらの恋  作者: ゆり
16/30

悶々





 さくらに一方的に別れを告げてから、あっという間に2週間が経っていた。





「なんや斗真、最近元気あらへんのやない?」


 牧田さんが心配そうに横から俺を覗き込んでくる。


「いつものヘラヘラした感じはどこいったー?うんー?」


 世良さんも俺の頬をツンツンしてきた。


「……………………………………………………」


「「大丈夫か〜?」」


 先輩方のご心配も華麗にスルーし、俺は ーー花びらを無心でちぎっていた。


「ていうか、なんやのんこの花」


「好き…嫌い…とかぶつぶつ言ってやがる……。小学生か?」


「えぇ?自分で持ってきてるんやろか?」


「いや、部長が面白がって毎日新しいの追加してる……。ついでに女性陣にもプレゼントして好評だそうだ」


「へ〜〜〜〜!」


 うちの科って平和だよなぁと世良さんが笑うのを右から左に聞きながら、最後の1枚を取り終えた俺は机に頬杖をついた。


「…………………………はぁ」


「…………………………わっかりやすいため息ついてはりますわ〜」


「女関係だろ、ほっとけほっとけ。そのうち立ち直る。ただし、仕事に支障が出たら俺がぶん殴る」


「……俺のときみたいに?」


「そう、お前のときみたいに」


 ほんまに手加減なしで殴るんやもん、いややわ〜と言いながら世良さんと牧田さんがこづきあってる気配がする。仲良きことは、美しきかな。

いつもだったら微笑ましいその光景も、今の俺にはなんの安らぎももたらしてくれなかった。もう一度ため息をついた。


 ぎゃいぎゃい、とだんだん騒がしくなってきたところで、ガチャ、と扉が開く。


「お、お疲れ」


「お疲れさん」


 入ってきた人物 ーー谷川さんに2人が声をかけた。


「お疲れ様です」


「早かったな。さすが」


「……慣れてる手術でしたので。というか、なんですか、このにおい。入った瞬間むせそうになりましたよ」


「バラの香り。ほら、斗真があの調子だから……」


 世良さんがくい、とあごで俺を指したのが視界の隅に見えた。


「あぁ、そういえばさくらは?」


 突如耳に入ってきた名に、思わずびくぅっとしてしまう。

確か今日は谷川さんの手術を見学しに行っていたはずだ。明後日は当直。

……突き放したのは俺なのに、行動の詳細を把握している自分が気持ち悪かった。


 いや、仕事だから。

仕事だから、仲間の予定を頭に入れておくことはそんなに変なことではないはず、と自分を納得させた。


 不自然に固まっている俺を気にすることなく谷川さんが世良さんに言った。


「……手術の記録を見たいそうです。その後前田さん達と器具の受け渡しの練習するそうですよ」


「か〜〜〜〜熱心だな〜〜〜〜!」


「ふふ」


 軽く微笑みながら、谷川さんが席についた。鼻歌でも歌い出しそうなほど機嫌がいい。気まずさにいたたまれなくなり、俺は院内を散歩してくることにした。


「斗真、どこ行くん?」


「…………気分転換に散歩してきます…………」


「あまり呆けた顔でうろうろするなよ?患者が不安になる」


「……はいー……」


 牧田さんと世良さんに気の抜けた返事をしながら、詰所を後にしようとしたとき、谷川さんから「斗真」と呼び止められた。

腰が引けながらも「……………はい」と返事をする。


「花、片付けていけ」


「…………………………………すんません」


 この間の口論(だろうか?)なんてなかったかのようないつも通りの態度に、彼の頭の中はどうなっているのかのぞいてみたくなった。






・・・






 だらだら歩きながら、ため息をつく。

谷川さんもそうだけれど、ーーさくらもまた変わらない態度で接してくるので、驚いていた。


 きっと気まずくなるだろう、場合によっては俺が分院への異動願を出そうもしくは他の病院に武者修行に出よう、とまで考えていたのに、肩透かしを食らった気分だった。



(結局……さくらちゃんにとって俺ってその程度だったったことだよな……)



 はぁ、ともう一度ため息をつく。

思えば最近はため息ばかりついている。何を見ても、何を食べても何も感じない。空虚、というものを実感していた。こんなときには決まって聞こえていた明るい声。



『斗真さーん!どうしたんですかー!』



 優しい笑顔。甘えてくるときの嬉しそうな様子……。

次から次へと脳裏をよぎり、その度に、心に張り裂けそうな痛みが走った。

自分はこれからずっと、思い出の中で生きていくのだろうか。

人生初の失恋は、俺をひどく消耗させていた。


(……こんなのを何回も経験してるなんて、牧田さん強すぎだろ……)


 ついでに、恋多き先輩への敬意も芽生えたようだ。


 窓の外を見やる。

灰色の雲が立ち込めてきていて、今にも雨が降り出しそうだった。俺の気分にぴったり、と乾いた笑いが漏れた。








 そして、本日は当直なり。

一人になると空虚の渦に飲み込まれてしまうのでみんなと一緒にいたかったのだが、皆それぞれやりたいことがあるようだったので、早めに仮眠室に引っ込んできた。

これを言うと忙しくなるという魔法の言葉『今日暇ですね』を何回も呟いてみたのだが、今日に限って妖精さんはお休みのようだ。

 諦めてベッドに横になり、スマホを開いた。夜に引きずり込まれそうな弱い心を何かでごまかしたかった。

 そんな俺を救うかのように、一件のメッセージが届いていた。


『橘悠介:お疲れさまです。あれからどうなりました?』


 文字を打つ時間も惜しく、すぐに電話をかけると3コールほどで出てくれた。彼も今日当直だそうだ。


『で、どうなりました?ラブラブっすか?』


 楽しそうな彼に冷や水を浴びせるようで申し訳ないが、正直に伝える。


「……別れました」


『えっ!?マジっすか?』


 電話の向こうで息をのむのがわかった。


「……マジっす」


『……大丈夫ですか?声……かなり落ち込んでる様子ですけど』


「落ち込んでないよ元気だよ食べ物食べても味がしないし夜もあんまり寝れないってだけで


『重症じゃないっすか!え、そんなんで当直大丈夫なんすか?』


「……仕事中は……患者さんの前では『今ここ』に集中できるからなんとかなってる……。けど勤務終了後とかにどっと来る……喪失感が……」


 だからありがとう、今電話できてちょー嬉しい、と伝えると、悠介くんが心配そうな声音で言った。


『…………俺も振られたことあるからわかりますよ。喪失感、半端ないっすよね』


「……うん。あ、別れを告げたのは俺なんだけどね」


『はい?』

『え?自分が振ってその状態なんすか?ていうか、なんでまたそんなことしたんすか』


 悠介くんが心底不思議そうにきいてきた。髪をかき上げながら「わっかんねー」と言っている姿が目に浮かんだ。ごろん、と仰向けになり、LED灯を見ながら会話を続けた。


「…………………………俺さー、今まで割と自分に自信あったのよ。でもさー、なんか、さくらちゃんの前では全然通用しないっていうか、なんか、あの純粋さの前に自分がどんどん卑小な存在に思えてきて……隣に堂々と立っていられなくて……」

「年齢だって離れてるし、弟の友達に手出したとか……鬼畜の所業じゃん……」


『いやいやいや……ちょっと待ってください斗真さん……さくらちゃん、めちゃくちゃ斗真さんのこと好きだったみたいじゃないですか。だから、坊ちゃん通してなんとか繋がり作ろうと頑張ったんでしょ。それに、無理矢理したわけじゃないんだから、いいでしょ』


「…………………………」


『あとこの間から年齢が年齢がって言ってますけど、言うほど離れてませんて』


 そこまで言ったところで、悠介くんのphsがなる音が聞こえた。ちょっとすみません、と言ってそちらにかかる。


『はい。はい、すぐに行きます…………斗真さんすみません、急ぎのお産入っちゃって。また電話しますから』


「あぁ、ごめんな。じゃぁまた


 言い終わる前に切れてしまった。産科はいつお産が始まるかわからないから大変そうだ。


(……いつか……いつとはわからないけど……、俺も自分の子ども抱っこするときが来んのかなぁ……)


 想像もできない未来に思いをはせてしまい、その現実味のなさに笑えてきた。


(あ~~~~も~~~~みんなどうやって失恋乗り越えてんだろ)


 スマホで「失恋 乗り越え方」なんて検索してしまう。


 今夜に限って、ゆったりした当直日になりそうだった。

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