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さくらの恋  作者: ゆり
14/30

嵐の前触れ

「斗真さん、機嫌直してくださいよ」


「…………………………」


「斗真さんってば。も〜」


 さくらが困ったように頭をガシガシかいた。俺はツーーーーンと横を向いていた。


「隠してたんじゃないんです」


「…………………………」


「谷川さんは飛び入り参加だったんですってば!」


 もう!とさくらが両手を腰に当てた。









 さくらが先々週話していた、看護師の前田ちゃん達との食事会。

 その日会えないのは寂しかったけれど、人付き合いは大事だから、快く、行ってらっしゃいと言った。

食事会のあと酔ったさくらが『斗真さ〜ん』って部屋に来ないかな〜なんてちょっと期待していたのだけれど、そんなことはなく。その日は『おやすみ』のメッセージも既読にならず、俺は1人寂しく眠りについたのだった。さくらがもし来たらやってあげようと用意していたフェイスマスクは、自分で使った。


 俺なしでもさくらの日常は成り立つことを目の当たりにして少し傷ついていたところ、前田ちゃんが谷川さんと『谷川先生!この間はありがとうございました!また行こうね!さくら先生にも伝えといてよ!』『……あぁ、うん』という会話を耳にしてしまい。


 白々しくも前田ちゃんに『なになにー?みんなでどっか行ったのー?』と聞くと『そうそう!土曜日、ご飯食べに行ったの!今度は斗真先生もおいでよ!』との返事が返ってきたのだった。


 あれ?女子会じゃなかったの?谷川さんもいたんだ?


 俺のガラスのハートにヒビが入った瞬間だった。

『……行きた〜い!誘ってね〜』








「斗真さん」


 さくらの声にはっと我に返る。俺の横にちょこんと座って、大きな目で心配そうに俺を覗き込んでいた。

うるうるの瞳がかわいくてついキスしそうになったけれど、怒っていることを示すためにツーーーーンと反対側を向いた。

 そんな俺に埒があかないと思ったのか、さくらが俺の膝に乗ってきて彼女の方を向かされ、そのまま頭部をがっちり固定された。


「斗真さん、信じてください。女子会の予定だったんです。そしたら前田さんが『帰り一緒だったから谷川さん拉致してきた⭐︎お財布ゲットー!』って連れてきたんですって」


「ふーーーーん」


 お財布ゲット、とはこれまたあからさまな表現で笑いそうになってしまう。前田ちゃんのこのあけすけな物言いは、院内でもファンが多い。

 

 少し微笑んでしまった俺に緊張が緩んだのか、さくらがそっとキスしてきた。


「嘘ついて合コンに行ったわけじゃないんですから……。斗真さんがなんでそんなに怒ってるのかわからないです」


「…………………………」


「斗真さん」


 しゅん、と頼りなげな声で言われると、不機嫌でいるのが可哀想になってきて、そっと抱きしめた。


「……ふふ、ごめんね。女子だけって思ってたから、男もいたって知って焦っちゃった」


 抱きしめる腕に力を込める。


「男って言っても谷川さんですよ?知り合いじゃないですか」


 さくらが呆れたように言った。


「だからだよ〜。なんか最近2人仲いいじゃん。焦る〜」


 冗談のように本音を言うと、さくらが笑った。


「最近手術の見学やらで谷川さんにお世話になることが多いので。だからそう見えるのかもしれませんね」


 そう言うとちゅっ、ちゅっと唇を重ねてきた。


「機嫌治りました?」


 探るような目線にイタズラ心から、


「ううん。治ってない」


と返した。むぅ、となったさくらがかわいくて、つい笑ってしまう。


「……からかわないでください」


「あはは、ごめんごめん。さくらちゃんがかわいくて、つい」


 ちゅっとキスすると、さくらが赤くなって、恥ずかしそうにはにかんだ。


「斗真さん」


「さくらちゃん」


 そのままキスをし合った。さくらとのキスはどうしてこんなに気持ちいいんだろう。

触れ合うたびに甘い電流が体中を駆けめぐる。


 さくらちゃんも、同じように感じてくれていればいいのに。


「ん……」


「…………………………、する?」


 舌を絡めるとさくらがしがみついてきた。お互い貪り合うように互いの唇を求めた。


 さくらを脱がしてやる。ブラも外し、さくらのかわいい胸をすくうようにして触れた。先端をちゅぱちゅぱ吸うと鼻にかかった甘い声が聞こえた。嬉しかった。


「気持ちいい?」


「あ……はい……」


「最初は何も感じてなかったのにね……いつのまにかこんなに感じるようになって……」


 ちゅっと強めに吸うと、さくらがかわいい声で鳴いた。


「もう……言わないでください……」


「ふふ、俺のせい?」


 神聖な人を自分の手で堕落させてしまったような、仄暗い喜びが湧き上がってきた。


 丹念に愛撫していると、さくらが俺の頭を包み込むように抱きしめてきた。もっと、とねだられているみたいで、すごく興奮する。


「あの……斗真さ……」


「……なに……?」


「あの……いつも私ばかり気持ちよくしてもらってるので……斗真さんのも…………その、しましょうか……?」


「へ?」


 突然の申し出に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまう。さくらの瞳が揺れた。


「……なんか……みんなの話聞いてたらそうなんだって思って……だから……」


 さくらが真っ赤になりながらも俺の股の辺りをまさぐった。


「ちょっと……ストップ。……こら、君はどんな話きいてきたの?いや、前田ちゃん達の会話なんて想像つくけどさ」


 前田ちゃん達に限らず皆その手の話は大好物だった(勿論俺も大好きだ。谷川さんは知らないけど)。

この間の食事会も、おとなしかったのは最初だけで、だんだん聞いてる方が赤面するような赤裸々な告白話で盛り上がったのだろう。それを『なるほど…!』と真面目に頷きながらきいているさくらが目に浮かぶようだ。


「……気持ちだけ受け取っとくね。ありがと」


 でも……と言い淀む彼女にキスを贈る。


「さくらちゃんにそんなことさせられないよ。俺は俺でちゃんと気持ちいいからさ。安心して」


 そう言いながらさくらをベッドへ運んだ。ぽふ、と寝かせてまた口付けした。


「いらんこと聞いてこないように、もう飲み会は禁止」


 半分は本気で言った。


「なんでですか!自分も行ってるじゃないですか!」


「俺はいーの」


「なんでですか……!」


「あはは」


 ばたばたするさくらをぎゅっと抱きしめる。

 どうかこんな時間が終わりませんように、と祈った。

 



 



ーーと同時に、このままさくらをこの部屋に閉じ込めておきたい衝動に駆られた。







・・・








 外もすっかり暗くなり、人も少なくなった院内を俺はだらだら歩いていた。


(あーー今日も疲れたーー。飯食って帰って寝よーー)


 横腹をぽりぽりかきながら、ロッカー室を開けた。誰もいないと思っていたのだが、谷川さんが着替えを済ませたところだった。黒のトップスにチェスターコートがよく似合っていて、思わずハッとした。


「お疲れ様です。谷川さん、そのコートいいですね。すっげー似合ってます」


 つい思ったままを言ってしまう。


「……あぁ、どうも」


 谷川さんがいつもの無表情で答えた。


「最近そういう色流行ってますもんね。俺も買おうかなぁ。ていうか谷川さんどこで服買うんですか?」


 かぶり防止のためきいてみる。


「……特に決めてない。目についたところ」


「……はぁ」


 つっけんどんな態度に、会話が続かない。ま、こういう人だしな(俺にだけ)、しかも早く帰りたいだろーしと諦めたところ、珍しく!谷川さんが情報を追加してくれた。


「喫茶店行った帰りとかに。マネキン着てるの見てあれください、って感じ」


「あ、そうなんすね。へー!」


 謎多い谷川さんのプライベートを垣間見ることができて、嬉しくなった。マネキン買いする人なんだ。ほうほう。喫茶店に行くんだ。ほうほう!

 調子に乗って、会話を続けた。


「そういえば前田ちゃん達につかまったそうですね?いくら払わされました?」


 前田ちゃんの蛮行はもはやネタなので、面白半分にきいた。谷川さんが口の端をあげた。


「…………………………5」


「5!?え、単位は!?」


「千なわけないだろ」


「マジっすか!!!!え、どんだけ飲み食いしたんすか!?すごすぎでしょ……!」


 前田ちゃん達が赤ら顔でがっはっは!!と笑っているのがリアルに想像できた。ついでにそんな中1人涼しい顔で飲み続けている谷川さんもリアルに想像できた。


「……話が盛り上がってね。それに比例して飲み食いの量も増えた。気付いたらそんだけいってた」


「……お疲れ様っした……!!」


 この話は医師間で即刻共有されることだろう。独身者は前田ちゃん達の動向に気をつけねばならない(お情けなのか、家庭がある者は狙われない)。


 やば、俺誘ってね〜なんて言っちゃった…!とがくがく震えていると、谷川さんが言った。


「言っとくけど、その中にはお前の彼女の飲食代も入ってるからな」


「…………………………俺の、何ですか?」


 思いもよらない言葉に、心臓が跳ねた。そんな俺に、谷川さんは無表情のまま言った。


「とぼけんなよ、さくらと付き合ってるんだろ?」


「……って誰か言ってました?」


「……いや、誰も何も言ってない。かまかけただけ。引っかかってくれてありがとう」


「…………………………!」


「別に秘密にすることでもないだろ。隠すなんて、さくらがかわいそうだ」


「いや、付き合ってるのかどうかわからないけど……」


 この期に及んで、こんなセリフが出た自分に驚いた。

さくらとのことは断じて遊びではないけれど、……恋人だと胸を張る自信が、俺にはなかった。

 黙り込んだ俺に構わず、谷川さんが続けた。俺は耳を疑った。


「そうなの?じゃあ俺がもらっていい?」


「……!」


 冗談なのか本気なのか、谷川さんの表情からは判断できない。


「素直でかわいーじゃん。お願いしたらなんでもしてくれそう」


 言外に含まれたニュアンスに苛立ち、谷川さんを睨んだ。そんな俺をおちょくるように、言った。


「…………気持ち良かった?なんか、一生懸命やり方教わってたけど」


 何の、なんて聞きたくもなかった。


『斗真さん』


 さくらの優しい笑顔が頭をよぎる。

 2人で育んできたものを汚された気がして、頭にカッと血が上り、気がついたら谷川さんの胸ぐらを掴んでいた。


「……そういうこと、言わないでもらえますか。男の嫉妬は見苦しいですよ」


 そのまましばらく睨み合った。谷川さんは表情に乏しく、なんの感情も読み取れない。

 

 チッ チッ チッ ……


と、時計の針が進む音が妙に響いた。


「……手、離してくれる」


 谷川さんが落ち着いた声で言った。

 目線ははずさず、ゆっくりと力を抜いた。谷川さんがため息をついて、乱れた首元を整えた。


「だる」


「……………………羨ましいですか?俺のことが」


 帰ろうとしていた谷川さんの背に、言った。

 谷川さんがゆっくりこちらを向いた。

 鉄壁の無表情。

 だが常とは違い、怒りのような、なにかピリピリするものが空気をつたい、肌がぞわぞわっと粟立った。

痛いくらいの沈黙が続く。

しばらく睨み合ったあと、谷川さんが静かに口を開いた。


「さくらの兄さん、いくつだと思う?」


「ーーーーーーーーーー!!」


 発言の意図がわかり、俺は赤面した。


「……相手の兄さんより年上って恥ずかしくない?よくそんな子に手出せたね。さすが女好きの斗真先生」


「しかもさくらってさ、元はお前の弟の友達なんだろ?マジでないわ」


 辛辣な言葉に、俺は何も言い返せない。


「ーーま、お金持ちのお坊ちゃんが考えることなんて庶民の俺にはわからないけどね」


 肩をすくめる谷川さん。小刻みに震える俺を見て、にやっと笑って言った。






「ーーーー今なら、まだ引き返せるんじゃない?」






 俺の心の内をのぞかれたような気がして、ぞっとした。


 すっかり戦意喪失してしまった俺に気をよくして、谷川さんは「じゃ、お疲れ〜」と機嫌よく戻っていった。

誰もいなくなった静かなロッカー室で、俺は、ただただ立ち尽くしていた。

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