life goes on
徐々に意識が覚醒していき、重たいまぶたをうっすらと開けた。
目に入ってきたのは、見慣れぬ天井。
しばし昨夜のことを思い返し、ばっと横を向いた。
(………………やっちまったん……だよな?)
腕の中ですぅすぅ眠るさくらを確認し、冷や汗が流れた。
(やばい……なんだこの罪悪感……。だから処女って嫌だったんだよ……!)
俺にはやっぱり遊び慣れたおねえさま方とする軽い恋が似合ってる。
セックスってさ、色んなこと試す楽しい遊びじゃん。
痛くないかな?とか気持ちいいかな?とか心配しながらビクビクするものじゃないだろ。
そんな思索にふけっていると、さくらが「ん……」と体勢をかえた。
びくぅっっっとする。
(どっひゃーーーー跡もしっかりついてんじゃーーーーん!!)
首元に残るいくつかの跡。己の所業に恐れおののいた。こんな……6歳も年下の子に俺は何を……。
(……いや、待て。6歳下と言っても27歳だろ。だから……こんなに罪悪感に苛まれなくてもいいの……で……は……)
ちらっとさくらを見る。幸せそうな寝顔に、ほんの少しだけほっとした。
(あああああでもやっぱ無理ぃぃぃぃぃ!!ほら俺って真面目な子と恋愛したことないからさぁぁぁぁぁ!!咲き初めのバラを踏みにじってしまった気分……!!)
どうしようどうしようどうしよう。
心臓がドキドキする。逃げる……わけにもいかないし、ああ、どうしよう。
いつもだったらワンナイトなんて割と当たり前で、相手もさして気にせず「せっかくだからもう一回しとく?」ってなノリなのに。
そっとさくらの髪をなでる。
「……ごめんな……」
はぁ、とため息をついて布団に潜り込んだ。
さくらを抱きしめ、額にキスする。はぁ、ともう一度ため息が出た。
再度目を覚ますと、さくらが満面の笑みを浮かべて俺を見つめていた。
「…………………………!」
「あ、起きた」
さくらが俺にくっついてくる。
「おはようございます」
「あ、あぁ……おはよ……」
そのまま無言で、くっついていた。
「……か、かか体、大丈夫?」
柄にもなく声が震えた。
「痛いです。じんじんします」
「ーーーーーー!!」
「別に、嬉しいですけど」
「ごめんなさい……」
「なんで謝るんですか?」
さくらがかわいらしくほっぺをふくらませ、俺の頬をつねった。
その様子がかわいいフグみたいに思えて、思わず吹き出してしまう。
「??」
「いや、あの、ごめん、かわいくて……」
「!!え、そんな……えへへ、かわいいだなんて、もー斗真さんたら〜!」
さくらが満面の笑みで俺をぎゅっとしてきた。素肌が触れ、その心地よさに思わずドキッとしてしまう。
ぎこちなく腕を回した。
「ふふふ。斗真さんに抱きしめてもらえるなんて、嬉しいな」
「う、うん……」
「は〜幸せ〜〜〜〜」
胸にすりすりしてくるさくら。とてもかわいらしいのだけれど、『今』が終わった後どうすればいいのか、全くわからなかった。
(……もう……絶対やらない……で、普通に接してればそのうち前みたいな感じに戻るだろ戻ってくれ頼む……)
ごめんな。
そっとさくらの髪をなでた。腕の中のさくらが「斗真さ〜ん」と嬉しそうに笑った。
ーーーー
・「もう絶対やらない」
・「普通に過ごす」
身勝手なこの2点を胸に刻み、翌週からの勤務にのぞんだ。
さくらが病院でもべたべたしてきたらどうしよう……という失礼すぎる心配事は杞憂に終わり、彼女は驚くほど変わらず、いつも通りに勤務をこなしていた。色々先回りして心配していた自分が恥ずかしくなるほどだった。
(……意外に、なんとも思ってないのかな?それはそれで寂しいな……。いやいや、それでいいんじゃん……)
練習に励む横顔を盗み見ながら悶々としたものだ。俺だけがこんなに意識しているみたいで、おもしろくなかった。
ーーーーうん、悔しかったんだと思う。
土曜日、なかのを出て歩き出したとき。
さくらが俺の手をそっと握って「斗真さん」と甘えるように呼んでくれたのが嬉しくて嬉しくて。
胸に刻んだ2つの誓いなんてあっという間に宇宙の彼方に飛んでいき、俺はさくらを抱きしめていた。
「んっ……」
「痛くない……?」
「……いえ、大丈夫……です……あっ」
首筋に舌を這わすと、さくらがびくびくっと反応した。
「まだ慣れてないだろうから……ゆっくりするからね……それとも……他の奴としちゃった……?」
優しくつながりながら、さくらの手を握る。ぎゅっと握り返してくる様子に、愛しさが募った。
さくらが俺にちゅっとキスしてきた。
「……とーまさんだけですから……」
「あはは、いいんだよ、他の奴としても。じゃないと、俺がどんだけいい男かわかんないでしょ?……」
自分で言いながら、もしさくらが他の奴とエッチしたら俺は嫉妬するだろうな、と思った。
……元の関係に戻るため普通に過ごす、なんて心がけていたのに、ずいぶん身勝手なことだ。
さくらのことを考えると、最終的に、矛盾する2つの感情に気付きうろたえるのだった。
「んっ……んっ……」
腰を動かすたびに漏れるさくらの甘い声。触れ合う素肌の心地よさ。さくらの柔らかな唇を味わいながら、俺も昂っていった ーーーー
「……斗真さん」
ちゅ
「ん?どうしたの?」
ちゅ ちゅ
心地よい疲労感にまどろみながら、キスをし合う。さくらとのキスは心地よかった。
「……好きです」
ちゅ
「うん……ありがと」
ちゅっ…と音を立てると、さくらがくすぐったそうにくすくす笑った。
そのまま俺にしがみつくように抱きつき、やがてすぅすぅと寝息がきこえてきた。
「…………………………」
さくらの頬を撫でながら、自分が微笑んでいることに気づき、ハッとした。
元の関係に戻りたいと思いつつも、さくらを愛しく思う気持ちもまた嘘ではなかった。
己の中の相反する心に、俺は頭を抱えた。
(……そうだ、俺のこの気持ち、彼ならわかってくれるかもしれない……!)
さくらを起こさないよう気をつけながら片手でスマホを手繰り寄せる。
メッセージアプリを開き「彼」を探した。
橘悠介
橘産婦人科の産婦人科医で、◯×大学ミスター医学部コンテスト二連覇の偉業を達成した人物。超美形。弟の絢斗の厄介ごとを解決するために力を貸してもらって以来、ちょこちょこ飯に行く仲だった。
今は結婚して落ち着いているが、過去は女性関係も派手だったときく。
女性好きの似た者同士、何か有益なアドバイスをくれるかもしれない……!
一縷の望みをかけて、メッセージを打った。
『ちょっと相談したいことがあります。飯行きませんか?』
すぐに既読になった。秒で返事がくる。
『いいっすよ。妻に前もって許可もらわないといけないので(涙の絵文字)日にち指定してもらえるとありがたいっす』
涙の絵文字とは裏腹に、仲の良い家庭が想像できて笑ってしまう。
『悠介くん、相変わらず尻にしかれてるね(爆笑の絵文字)来週の水曜日か木曜日はどう?』
『妻にきいてみます。また連絡します』
お願いします、のスタンプを送ってスマホをオフにした。
さくらを温めるように抱きしめ直して、俺も目を閉じる。腕の中の柔らかな体温に、なんだか涙が出そうになった。