9・霊を殺すもの
ふたりの幽霊の男性に空間の亀裂のような傷を負わせた人物について翔子が思案していると、突如異変が起きた。
細身の金髪男性の様子が、急におかしくなったのだ。
男性の首筋の亀裂が急激に広がったかと思うと、聞くも苦しげな雄叫びのような声を上げて、その場でのたうち回りはじめる。
亀裂は首筋から頭、胴を伝って下半身へ。
あっという間に全身に広がっていく。
その身体が亀裂に蝕まれるスピードは、一分も掛かっていないかも知れない。
「な、何事なのじゃ、これは……!」
「わたしにもわからないよ……」
翔子もはすな様もただただ唖然と、金髪細身の男性に起きた、突然の異変を見ていることしか出来なかった。
やがて、さらなる異変が起こり、幽霊は手足の先から徐々に砕け散りはじめる。
その身体が消滅をはじめているのだ。
でも、それはただの幽霊の消滅ではない。
痛みを伴う、苦しみ抜きながらの消滅だった。
以前翔子が見た事がある幽霊の消滅は、徐々に存在がぼやけて消えていくという、もっと穏やかなものだった。
幽霊がこんな風に苦しみながら消えてゆく所を翔子は見たことがない。
手が、足が、胴が、そして頭部が徐々に砕けていく。
その身体が完全に砕け散り、跡形もなく消え去るまで、翔子の耳に男性の絶叫は続いた。
金髪細身の男性が完全にその場から消え去ると、はすな様はゆっくりと口を開いて言った。
「……あの亀裂の傷の蝕み方、異様じゃった。まさか、霊体を完全に破壊するとは思わんかったぞ」
金髪細身の男性の幽霊がいた場所をじっと見つめながら、はすな様は言葉を続ける。
「殺した後に、さらに苦しめて、魂までも殺すとは、あの殺人を犯した元凶はとんでもない奴かもしれん。この場に姿が見えなかったもう一人の男の幽霊は今のを見ると、とっくに消滅させられておる可能性もありそうじゃ」
殺した後に、さらに苦しめて、魂を殺す?
とっくにもう一人は消滅させられた?
はすな様の話に、翔子はぞっとする。
そこで、翔子ははっと気づく。
「じゃあ、この人も……?」
翔子はその場に座り込み首筋を押さえている、褐色の肌をした外国人男性を見た。
「うむ、恐らくは今の男と同じ様に、苦しみながら消える事になるじゃろう」
「そんな……」
はすな様の言葉に、翔子は声を出す。
理不尽に殺された上、安らかに消えることも許されず、苦しみながら、心を壊されながら砕け散っていく。
それはきっと、想像もできない恐怖だろう。
(でも、わたしにはどうする事もできないよ……)
そんな事を翔子は考える。
すると、心を読んだように、はすな様は翔子に言ったのだった。
「だが、……しょーこよ。お主ならばその男を、少なくとも苦しみ抜いての消滅からは救えるのではないかの」