72・言い伝え
「体調が悪くないか……? どうして死んだわたしにそんな事を聞くのかしら」
梓は不思議そうに翔子に問い返した。
「梓さんを銃で撃った犯人……。彼、ううん、彼女は幽霊すらも傷つける、不思議な力を持っているみたいだから……。ひょっとしたら梓さんもって……」
「幽霊を傷つける……? それに彼女とはどういうことかしら。翔子さん、あなたは犯人について何か知っているのですか?」
怪訝な表情で翔子に尋ね返す梓。
すこし考えて、翔子は犯人について自身の知っている事を梓に話すことにした。
梓はもう亡くなった人間。
隠しておく理由も翔子には特にないからだ。
翔子の話を黙って聞き終えると、梓はゆっくりと口を開いた。
「葦雁山の祠に眠っていたさはなという怨霊。その怨霊が羽賀良純という男に取り憑き、わたしを銃で撃ったというのですか」
翔子は梓の言葉に頷いて答える。
「うん。すぐには信じられない話かも知れないけれど、でも事実だから。実際、わたしもあの羽賀って男の人の身体から抜け出る、得体の知れない女性の幽霊の姿をこの目で見たんだ」
「得体の知れない女性の幽霊、ですか。翔子さんの話ではあの葦雁山の事件を起こしたのも、そのさはなという怨霊の仕業のようですが、どうしてわたしを……」
そう言って、暗い表情を浮かべる梓。
翔子はそんな梓の顔を見ながら言う。
「……あのさはなという怨霊は霞乃家になにか強い恨みを持っているみたいだった。梓さんは、さはなという人物について何か心当たりはないかな。自分には霞乃の源流の血が流れていると言っていたし、かなり昔の人だとは思うけど、霞乃家の関係者の可能性はかなり高いと思うんだけど」
梓は翔子の言葉に首を傾げる。
「さはな……。やっぱり聞いたことがない名前ですね。仮に霞乃家に縁のある者だとしても、あまりに昔の人物だとさすがにわたしにもわからないですよ」
「……じゃあ、霞乃家が恨みを買うような事件が昔あったとか、そういった心当たりもないのかな? たとえば戦国時代や江戸時代の頃とか」
「事件、ですか。戦国時代や江戸時代の頃……。いいえ、検討もつかないわ。怨霊が眠っていたという葦雁山の祠とやらにも、心当たりはありませんし、そもそもそんな所に祠があったなんて事件が起きて初めて知りましたよ」
祠の存在を初めて知ったという梓の言葉に、「やっぱり梓さんも知らないんだ……」と翔子はがっかりする。
でも、そもそもはすな様も葦雁山の祠についてはよく知らないみたいだったし、梓が知らないのは当然なのかも知れない。
事件については何も分かりそうにないと翔子が気落ちしていると、梓がふと、何かを思い出したように言った。
「でも、そういえば……。戦国時代、まだこの村が出来たばかりの頃……。この屋敷の北にある葦鷹山に霞乃の一族の手によって鉱山が開かれたのですが、その鉱山を発端とした恐ろしい災いがこの村であったという話は霞乃家に伝わる古い言い伝えで聞いたことがあります」
「鉱山を発端にした恐ろしい災い……?」
気になって翔子は問い返す。
この村にその昔、鉱山があったという話も翔子には初耳だったからだ。
「ええ。なんでも鉱山が開坑してからというものそこに関わった者たちの間で原因不明の人死や不幸が相次いだらしいのです。表向きは原因不明ですが、言い伝えでは鉱山から吹き出る邪悪な瘴気によるものだったと語られていました。なんでも人によっては葦鷹山より伸びる無数の触手のような黒い腕をその目で見る者もいたとか……。その後、災禍を恐れた人々によって話し合いが持たれた結果、強力な霊能力を持つ信庵という僧侶によって邪悪な瘴気は封じられ、鉱山もすぐに廃坑となったという話でした」
「原因不明の人死や不幸……。瘴気……」
梓の話に翔子は思わず声を漏らす。
「……まあ、でも言い伝えで語られるような大昔に起きた出来事が、霞乃家に対する直接的な恨みに直結するとはわたしには思えません……。なので、一応答えましたが、翔子さん、この話はさはなという怨霊の件とは全く関係ないかもしれませんよ」
そう言って、言葉を切る梓。
翔子は梓の語った鉱山の話について思案を巡らせてみる。
でも、梓の語った話は気にはなるものの、今回の件との繋がりはよくわからない。
翔子はその鉱山が今どうなっているのかについて聞いてみることにする。
すると、翔子の疑問に梓は鉱山の現状について語ってくれた。
「今現在の鉱山についてですか。あそこは現在、堆積した土砂や岩によって坑道の入り口はとっくの昔に塞がれて、そのままの状態で放置されています。鉱山の土地については霞乃家が保有していますが、言い伝えの話もありますし、鉱山には現状下手に触れたりはせずにずっとそのまま……という感じでしょうか」
梓の話を受けて翔子は考える。
(大昔に鉱山で起きたことについてはなんだか少し気になるけど、でも祠のあった葦雁山の話じゃないし、今現在鉱山に何かあったというわけでもないなら、今回の事件とは関係なさそうかな……?)
考えてもやはりさはなや事件との繋がりは見えてこないため、翔子は鉱山の話は取り敢えずは頭の隅にでも置いておくことにした。
それよりも梓はどうやら翔子に話したいことがあるようだ。
翔子は梓の話を黙って聞くことにしたのだった。




