71・幽霊との対話
和室から出て、縁側をゆっくりと歩く霞乃梓の幽霊。
翔子は救急車が到着する前に和室で亡くなりその肉体から抜け出た梓の幽霊の事を、もちろん認識してはいた。
けれど、和室内は混乱していたうえ、その場には人が大勢いて、話かけようにも話しかけられなかったのだ。
殺人事件が起きた直後ということもあるし、梓の幽霊に人前で話しかけて不審に思われるのは、できれば避けたい。
そう思い、和室では不用意に梓の幽霊に声を掛けることはしなかった。
けれど、今なら話が出来るかもと、縁側を歩く梓の幽霊を見ながら翔子は考える。
(やっぱり話はするべきだよね、梓さんと。気になる事もあるし……)
すこし考えた後、翔子は梓の後を追うべく、母屋へ向けて一歩を踏み出す。
すると、翔子の隣で和室の方を眺めていた夜須美が、不思議に思ったのか訊ねてくる。
「どうしたの? 翔子」
「……え、あ、うん。ちょっとおトイレ」
夜須美の問いかけに、そう言って翔子は母屋へ行く理由をごまかした。
すると、夜須美は自身が暮らしている離れの建物を指差しながら言う。
「あー、それじゃあ離れのトイレ使えばいいよ。母屋の方じゃなくてさ。そっちだと警察の捜査の邪魔になるよ?」
「え……あ、うん。……でも、その、由那ちゃんの様子、ついでにちょっと見てこようと思ってさ」
翔子は申し訳なく思いつつも由那の名前を出して、なんとか母屋に行く理由を作ろうとする。
実際翔子は由那の事が気にはなっていたからだ。
祖母である梓が目の前で亡くなった際、由那は体調が悪くなったようで、顔を真っ青にしながらその場に座り込んだ。
翔子と違って、ずっと暮らしてきた家族を殺され、自身もまた殺されかけたのだ。
その上、その犯人も由那の目の前で銃で頭を撃ち抜いて表面上は自殺。
精神的にショックを受けても当然だった。
顔色を悪くした由那は蓮花が自室へと連れて行ったけれど、翔子はその様子を見ながら由那の事を心配していたのだ。
翔子の言葉に夜須美はちらりとふわ先生たちの様子を見ると、すこし考えてから言った。
「……そう、じゃあ早く行ってきなよ、翔子。あたしはここにいるからさ。ふわ子たちもいつ帰るかわかんないからね。だから、ついでに由那の様子も見てきて」
「うん。できるだけ早く戻ってくるよ」
翔子は夜須美にそう言葉を返すと、母屋に向けて歩き出した。
縁側から母屋に上がると、翔子は梓の後を追って足早に歩く。
事件の起きた和室の前を通り過ぎ、しばらく進むとすぐにヨロヨロと前を歩く着物姿の老婆の姿が見えてきた。
梓は角を曲がり、縁側から廊下へと入っていく。
翔子も廊下に入ると、梓の後を追った。
誰の姿もない廊下を足音もなくゆっくりと進む梓。
廊下を進み、やがて翔子の泊まっていた部屋のある洋風の鍵付きドアが並ぶ場所の近くまで来る。
周囲に人がいないことを確認すると、翔子は梓に近づき、小さくもはっきりした声で梓に呼びかけた。
「梓さん」
その翔子の声に、驚いた顔を浮かべながら梓が振り返る。
梓は驚きながらも、おずおずと翔子に話しかけた。
「あなたは……翔蔵さんのお孫さん。確か翔子さんよね……。ひょっとして、あなたはわたしのことが、見えているのですか……? 銃で撃たれて死んだ、わたしの事が……」
こくりと、翔子は梓に頷いた。
すると、梓は「ああ……」と声を漏らすと、泣きそうな顔になる。
「もう、誰とも言葉を交わせないままかと思っていました。良かった……」
そう言って、梓は悲しさと嬉しさが入り混じった表情を浮かべる。
「……ここだと人目があるかもしれないし、わたしが泊まっていた部屋で話がしたいんだけど、梓さん、いいかな?」
そう言って、翔子は自分が泊まったお手伝いさんが泊まり込みする為に作られたという部屋の扉を指差す。
「ええ、もちろん構いませんよ、翔子さん」
その言葉に翔子は頷くと、部屋の扉を開け、梓を中に招き入れる。
そして、梓が部屋に入ったのを確認すると、翔子も中に入り扉を閉めた。
小ぢんまりとした部屋の中で向かい合う翔子と梓。
翔子はさっそく梓に今一番気になっている事を聞いてしまおうと、口を開いた。
「……梓さん、今どこか体調悪くないかな。その、幽霊になった梓さんにこんな事を聞くのも変な話なんだけど、ひょっとしたら大変な事になるかも知れないから、もしそうなら教えて欲しいんだ」




