68・AnotherSide はすな・2
山中の道を歩き続けるはすなの眼前に、徐々に目的の場所が見えてきた。
葦雁山の北東、葦野雁村の北部に位置する葦鷹山。
そこに存在する、邪悪な瘴気を封じるためはすなの母が亡くなったとされる場所――霞乃鉱山跡が。
目的地である高い岩壁がはっきり見えてくると、はすなはその様子に思わずぎょっとした。
「なんじゃ、これは……」
山の岩壁が眼前にそそり立つすこし開けた場所には、ブルドーザーやショベルカーをはじめとした複数の重機が置かれていたのだ。
置かれた重機には「MAYOI General Contractors」の文字が刻まれている。
そして、その先には塞がれていたはずの鉱山の入口がぽっかりとその口を開けていたのである。
「坑道の入口が、開いておる……」
はすなは眼の前の光景に驚きながら呟く。
二月ほど前にはすながここを訪れた際には、長い年月を掛けて積もった土砂と岩石で坑道はそこに入口があった事すらわからないほど完全に塞がれていたのだ。
それが今ははっきりと坑道の入り口が顔を見せ、土砂や岩はすっかり取り除かれていた。
はすなは顎に手をやり、思案しながら呟く。
「いったい誰がここを掘り返したのじゃろうか? ここは代々霞乃家所有の土地だったはずじゃが……」
辺りに人の姿がないかはすなは見回してみるが、今は周囲に人の気配は感じられない。
はすなはぽかりと口を開けた坑道の入口を見ながら、憂いを帯びた表情で言葉を零した。
「霞乃鉱山……。この先の坑道でお母様が……」
すこし考えてから、はすなは覚悟を決めた真剣な瞳で坑道の入り口を見る。
そして、はすなはゆっくりと歩を進め、近くにいくつか置かれている黄色い立入禁止のバリケードを無視して、開いた坑道の中へと足を踏み出した。
(…………!!)
けれど、坑道内に一歩足を踏み入れた瞬間、不気味な見えない何かが全身に絡みつこうとする様な不気味な感触を感じ、はすなはそれ以上先へと進めなくなってしまった。
これ以上先に進むと、坑道に渦巻く正体不明の何かに自分の魂が絡め取られ、自分が自分でなくなってしまうような、そんな得体の知れない違和感をはすなは感じたのである。
重機が放置された開けた場所へと足早に引き返すと、はすなは改めて坑道の入口の方を見ながら思う。
(……この坑道には、ただならぬ異様な気配が今も渦巻いておるようじゃ……。正直ここは生きた人間だけでなく、儂のような死者であろうと、深く関わってしまうとただで済むとは思えぬ……。こんな場所でお母様は……)
思案に耽りながら、はすなは放置された重機の方へとちらりと目を向ける。
(……しかし、一体何者がこの坑道の入口を開いたのじゃろう。葦雁山の山中で三人の異国の人間が祠に眠っていたであろう何かに殺害された事件の時もそうじゃったが、なんだか凄く嫌な予感がするのじゃ……。しょーこが霞乃の屋敷から帰ってきたら、一度話して見るべきじゃな。残念な事に幽霊である儂一人では何も出来んのじゃから……)
考えた末、坑道の入口へと視線を戻したはすなは、ここに来た本来の目的を果たすべく目を閉じた。
はすなは遠い昔、鉱山で亡くなった母の冥福を祈るため、今日ここを訪れたのだ。
(……お母様、どうか安らかにお眠り下さっておられますように。儂は……、はすなは心よりそう願っております)
はすなは瞑目しながら、心の中で母の安寧の眠りを暫くの間祈り続けた……。
(お母様……さはなお母様……)




