66・動揺
翔子のすぐ側に立つさはな。
さはなは逸らした翔子の顔をゆっくりと覗き込んでくる。
その虚ろな、それでいて狂気を孕んだ瞳と目が合った瞬間、翔子は思わず叫びだしそうになった。
(……!!)
けれど、翔子はいつもの無表情を決め込み、何も見えていないかのようになんとか振る舞う。
ただ、頭を別の方向に動かして自然に目線をこちらから逸らそうとしても、やはりなぜか金縛りに合ったように、そうする事は翔子には出来なかった。
じっと何かを確かめるように翔子を見つめるさはな。
翔子は早く自分から注意がそれるよう祈りながら、目を閉じたい衝動を抑え、いつもの無表情を維持できるよう精神を虚無にしようとする。
けれど、そんな事が長く維持できるはずもなかった。
動悸が高まり、どんどん翔子の表情は崩れそうになってくる。
焦燥が翔子の心の中で渦を巻く。
(もう駄目……! 気づかれる……!)
そう翔子が思った時、ふいに縁側とは別の、南側にある和室の襖がガラリと開く気配がした。
室内の襖が開かれた事でさはなの注意が逸れ、翔子は視線の呪縛から開放される。
開いた襖の方に翔子も視線をやると、そこには室内の様子を見て愕然とした表情を浮かべている蓮花が立っていた。
「何が……あったの?」
倒れた梓を見ながら、ぼそりとそう言葉を漏らす蓮花。
その蓮花の姿を目に止めた瞬間、さはなははじめて大きく顔色を変えた。
急にその顔に狼狽したような表情が浮かんだのだ。
鋭さが消え様々な感情が入り混じったような目で、さはなは蓮花を見つめる。
蓮花はそんなさはなの視線に気づいた素振りは当然なく、この和室であった出来事を清衣から聞いている。
そんな蓮花を何とも言えない表情でじっと見つめていたさはなは、急にはっとしたような素振りを見せると、再び鋭い憎しみに満ちたような瞳に戻り周囲の者たちを睨みつける。
けれど、翔子に再び興味を示す事はなく、すぐに踵を返すと足早に縁側の方に歩いて行った。
そして、庭へ出ると塀をすり抜け、さはなはあっという間に屋敷からその姿を消してしまう。
その塀の向こうへ消えていくさはなを翔子はすこし拍子抜けしたように見つめていた。
(……いったいどうしたんだろう。蓮花さんを目にした途端、あの怨霊の雰囲気が、すこしの間だけ、変わった気がする……)
蓮花が襖を開けてくれたことに内心助かったと思いつつも、蓮花を目にしてからのさはなの様子の変化にいったいどうしたのだろうという疑問が翔子の中で沸き起こる。
考えを巡らせながらさはなが消えた塀の方を見ていると、不意にすぐ近くから翔子に声が掛かった。
「……どうしたの、翔子ちゃん?」
声の方を見ると、ふわ先生が不思議そうな顔で翔子を見ている。
「え、あ、ううん。なんでもないよ」
翔子は首を横に振ると、ふわ先生に何でもないと取り繕う。
「そっか」
ふわ先生はそう呟くと、倒れた梓と介抱する夜須美たちを見ながら、翔子に言った。
「……夜須美ちゃんのお婆さん、助かるといいね」
「うん、そうだね」
ふわ先生に翔子はゆっくりと頷いた。
翔子の友人の屋敷で起きた、さはなと名乗る怨霊により起こされた新たな事件。
さはなの語ったその内容から、まだ事件は続くかもしれない。
そしてそれは、今までよりもっと大変な事態を引き起こすかも知れない。
そんな言い知れない不安を感じながらも、翔子は夜須美たちの様子を窺いながら、事態の進捗をじっと見守る。




