65・さはな
羽賀良純の肉体に憑依したまま、自らの頭を銃弾で撃ち抜いたさはなは、その場に倒れた。
辺りには血が飛び散り、羽賀のその身体は銃を手にしたままぴくりとも動かない。
唐突に起きたその出来事に、その場にいる者は皆、呆然となる。
呆気にとられたような沈黙の後、最初に口を開いたのは夜須美だった。
「訳解んないこと言った挙げ句、自分で自分の頭撃ち抜いて……。人の家でこんな……。いったい何だったんだよ、こいつは!」
倒れた羽賀を見ながら、夜須美は心底不快そうにそう呟く。
そして、はっとして梓の方に顔を向けた。
「そうだ、婆さん!」
夜須美は梓の側に駆け寄ると、慎重に容態を確認する。
「まだかすかに息がある。……でも、こいつはちょっとヤバいかも……」
「いま坂見さんに救急車と警察を呼んでもらっている。間に合うと良いが……」
英治がそう言いながら倒れた梓に近づく。
すると、続けて朝美や清衣、由那たちもその側へと集まり、倒れた梓を見ながら心配げな表情を浮かべた。
その場の皆の注目は、羽賀から梓へと移る。
でも、翔子はその場に倒れて動かない羽賀良純から目を離せずにいた。
自分で自分の頭を撃ち抜いたのだ。
梓とは違い、ピクリとも動かない羽賀は恐らくもう死んでいる。
ならば、出てくるはずだと、翔子は倒れた羽賀をじっと見つめた。
すると、急に残像がぶれる様に、羽賀の身体が揺らめく。
そして、ゆっくりとゆっくりと一人の人影が羽賀の身体から離れ、その場へと立ち上がってきたのだ。
羽賀の死体の直ぐ側に立ちあがる、おぼろげな人影。
それは、羽賀良純の姿をしてはいなかった。
やがて、翔子にも、その人影が一人の人物として、はっきりとその目に見えてくる。
それは、烏の濡羽色の長い髪をした、女性だった。
小袖に袴姿という、どこかはすな様を想起させる出で立ち。
だが、その女性が着ている小袖は彼岸花が柄付けされた黒い色合いのもので、状況も相まって不吉さや不気味さが感じられた。
その顔も端正で美しく、二十代後半くらいの年齢に見えるが、その鋭くもどこか虚ろな瞳は、深い狂気に満ちている。
そしてなにより、彼女の立ち姿からは禍々しい異様な雰囲気が醸し出されており、人を祟り呪うような、まさに邪悪な女幽霊という印象をその姿を目にした翔子に与えたのだった。
(この女性が、葦雁山のあの崩れた祠から蘇った怨霊。さはな……)
羽賀良純の肉体から出てその場に立ち上がったさはなは、薄く不気味な笑みを浮かべると、周囲の様子を窺うようにその首を動かしていく。
夜須美や由那は当然ながらその姿に気づいてはいないのか、梓の方に視線を向けている。
ゆっくりと睥睨するように周囲を見回していくさはな。
やがてお互いの視線が交差しそうになった所で、翔子ははっとして顔を動かし目を逸らした。
……すると、目は合っていないものの、さはなの興味がこちらに向くのを翔子は感じた。
さはなはゆっくりと、翔子の側へ近づいてくる。
じっと見るんじゃなかったと、翔子はいまさら後悔した。
(……どうしよう。わたしが幽霊を見ることが出来るって、もしかして気づかれたのかな……)
この場から即離れようとは思うものの、何故か金縛りに合ったように身体は動かない。
梓の側で話している夜須美たちの声も、別の場所で話しているかのように、どこか遠くに聞こえた。
いま出来るのは、気取られないよう、ただその場をやり過ごす事だけ。
そう考えた翔子は動揺しないよう、なんとか平静を装い、無表情を決め込む。
さはなが逸らした翔子の顔をゆっくりと覗き込んだのは、それから数秒後の事だった。




