64・銃弾の向かう先
「由那ちゃん、危ない!!」
銃の引き金にさはなが指をかけたのを見た翔子は、咄嗟の判断で由那に勢いよく飛びついた。
「翔子!」
翔子のその行動に夜須美が叫ぶ。
引き金が引かれ、銃声がその場に轟いたのはほぼ同時だった。
辺りに立ち込める硝煙の匂い。
我に返ると、翔子はその場に由那を押し倒していた。
「しょ、翔子さん……!」
押し倒された由那が翔子の顔を見ながら驚いたような声を出す。
由那は撃たれていない。
どうやら大丈夫のようだった。
相手が本気だと確信していた以上、由那を助けられるかは分からなかったけれど、それでも行動してよかったと無事な由那の姿を見て翔子は少しほっとする。
外れた流れ弾も、他の人達には運よく被弾しなかった様だ。
「由那ちゃんが無事で、よかった……」
翔子は安堵の声を漏らすと立ち上がり、由那の身体を起こしてあげる。
けれど、状況自体は何も好転してはいない。
さはなは今度は由那を助けた翔子へと銃口を向けた。
「……身体を張って助けたか。死ぬ覚悟があると見えるな」
さはなの言葉に翔子はぞっとする。
翔子は顔には出さないながらも内心恐怖に怯えながら、自らの死を覚悟した。
「……おい、いい加減にしろ! 翔子や由那に手をだすんじゃねえよ!」
声を荒げて一歩を踏み出し激昂したのは夜須美だった。
さはなは銃口を翔子から、詰め寄ろうとする夜須美へと動かす。
「駄目だよ、夜須美ちゃん!」
そう言って、さきほど夜須美が部屋に入ろうとする朝美を引き止めたように、今度はふわ先生が手を取って夜須美が詰め寄ろうとするのを止める。
「なんで止めるんだよ、ふわ子!」
ふわ先生に向けて夜須美が大きな声で言う。
「刺激したら今度は夜須美ちゃんが撃たれちゃうよ!」
「こいつは恐らく最初からあたしたち全員を殺すつもりだ。それならその前に一度ぶん殴ってやらないと気がすまないんだよ!」
そんな夜須美たちのやり取りを見ながら、口元を歪めたさはなは、銃口をゆっくりと下ろした。
「ふん。まあ、よく考えてみれば霞乃の血の深き縁者が揃っていそうだとはいえ、この場にいる者たちを一時に屠ってしまうのはそれはそれで面白くないか……。折角宣戦を布告したわけだからな」
そう言うと、さはなは笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「そう、我の怨はそれほど深く重いのだ……。一瞬で終わらせてなどやらぬ。深き恐怖と絶望を身を持って実感してもらわねば、我が昏き闇の中で味わった長き苦しみとは到底釣り合いが取れんからな。幸い我が同胞がそのための趣向を凝らした楽しい遊びを考えてくれておる。精々楽しみにしておるがよい……。我はひとまずここから失礼させてもらうとしようぞ」
さはなの言葉に今度は夜須美の父親である茂が怒りをあらわに言葉をぶつけた。
「失礼するだと。ふざけやがって! 逃げられると思っているのか?」
「くっくっくっ……。逃げられないか……。触れ得る形あるものしか眼に見れないというのは悲しいことだな」
「何がおかしいんだ!」
余裕の表情で嘲笑うように言うさはなに、茂は怒鳴るように言葉を返す。
「銃を持っているとはいえ、これだけの人数がいればさすがにお前一人なら捕らえられる! 俺は撃たれても構わん! 英治さん、夜須美、力を貸してくれ!」
茂のその言葉に、夜須美は真剣な、英治は仕方ないという表情でそれぞれ頷き一歩足を前へ踏み出す。
翔子はそんな三人の姿を見て、不意に葦雁山で怨霊――さはなに憑依された羽賀に三人の外国人が殺害された時の光景が重なる。
あの時はそれなりの体格の外国人があっという間に制圧され、殺害されたのだ。
眼前にいるのは柔道のような武道を心得、相手に噛みついて人を殺せる、そんな危険な相手。
しかも、今回はどこで手に入れたのか、銃を手にしている。
(夜須美さんたちをなんとか止めないと……。このままだと……)
そう思い、夜須美たち三人を止めるべくなにか言葉を口にしようとする翔子。
けれど、その前にさはなは驚くべき行動に出たのだった。
詰め寄る三人を前に、さはなは自らのこめかみに手にした拳銃の銃口を押し当てたのだ。
そして、ふっと笑うと、その場の者たちが唖然とする中、なんの躊躇いもなく銃の引き金を引き、さはなは自らの頭部を銃弾で撃ち抜いたのだった。




