62・肉の衣纏いしは
翔子たちの前に、拳銃を片手に立つ羽賀良純。
羽賀は翔子たちの姿を見ながら、薄く不気味な笑みを浮かべる。
先程の大きな音と悲鳴を聞きつけて、由那の母親である清衣と父親の英治。
離れの方からも、夜須美の父親の茂と母親の朝美。
そして、年長の坂見とまだ若い南部という名前の二人のお手伝いの人間も、それぞれその場に駆けつけてくる。
和室の中の光景を見て、駆けつけた人たちは皆一様に衝撃を受けているようだった。
翔子もその現実離れした光景に、身動きが取れない。
銃を手に空虚な目で笑みを浮かべている羽賀と、その場に倒れ伏した梓。
倒れている梓はまだ息があるのか、ピクピクと痙攣するようにかすかに動いている。
その梓の様子を見て、朝美が叫んだ。
「お母さん!」
朝美は和室の中に銃を手にした男がいるにも関わらず、母親の元に駆け寄ろうとしたのか、室内に踏み込もうとした。
「駄目だ、母さん!」
そう言って、夜須美が朝美の手をとっさに握って引き止める。
その様子を見て、比較的動揺を顔に出していない由那の父親である英治が、お手伝いの坂見に小声で警察と救急車を呼ぶように指示を出す。
ちらりと様子を窺うと、相手を刺激しないようひっそりと小走りに縁側を離れる坂見の姿が翔子の目に入った。
坂見がその場を離れたのを確認したのか、ずり落ち気味の眼鏡を直すと、英治が冷静に羽賀に話しかける。
「……君は一体何者だ。どこからこの屋敷に入ってきた? なぜこんな事をしたんだ。……もし強盗目的だというのなら、こちらはいくらか金は用意できるし、他にも望みがあるというなら聞こう。だから取りあえず、そこに倒れた母さんをこの場から運び出させてくれないか。……まだ母さんは生きているんだ」
なんとか相手を説得しようとする英治。
でも翔子は、相手を説得するのは無理だろうと英治の言葉を聞きながら思う。
羽賀の虚ろでありながら、どこか異常なその狂気に満ちた眼。
それはあの外国人三人を葦雁山で殺害した時の眼と同質のものだったからだ。
(この眼の前にいる羽賀さんは、やっぱり羽賀さんの皮を被った別人……。その正体は、あの崩された祠から蘇った、怨霊……)
羽賀が見た目とは別の何かである事を改めて自覚した翔子は、そんな人物が銃を片手に眼前に佇んでいる事に恐怖を覚える。
翔子がその場に立ったまま何も出来ないでいると、眼の前の羽賀の姿をした人物はゆっくりと口を開いた。
「くくく……、望みだと……。我の望みは葦野雁の愚か者たちの根絶のみよ。それにしても、雁首揃えて武器も持たず、愚かにも霞乃の者たちが集いよったわ……」
そう言って、不気味な笑みを浮かべた羽賀の姿をした人物は、声量を次第に大きくしながらまるで演説をするように言葉を続ける。
「聞くがいい、葦野雁――いや霞乃の愚かなる者共よ。我の名は『さはな』。お前たちと同じ源流の血がその身に流れながらも、忌まれ疎まれ裏切られ、この地にて惨めな死を迎えた者。そして、死を迎えてもなお、その魂は滅せず、お前たちを恨み憎み、深き怨を持ちて長き刻の果て、いま昏き眠りより仮初の肉の衣纏いてこの地に蘇りし者なり」
そう言い切ると、羽賀の姿をした、自らを『さはな』と名乗った人物は、ゆっくりとその銃口を翔子たちに向けた。




