6・死体
「ふう、ふう……」
翔子は鬱蒼とした木々に囲まれた山中の、禄に整備もされていない細い道を、はすな様に続いてゆっくりと進んでいく。
それなりに勾配がある道を登っているため、少しずつ息が上がり、翔子はだんだんと疲れてきていた。
まだ朝とはいえ、もう季節は夏。
生い茂る木々のおかげで日光が直接肌に当たらないとはいえ、すでに結構な暑さで、翔子は汗をかなりかいている。
「ふう、ふう……」
停留所を後にした翔子は一度家に戻り、学生鞄を自宅に置いてから山に入ったが、それからすでに一時間以上が経過していた。
結構な時間が経つが、まだ目的の場所には着いていない。
表情には出さないものの、翔子はすこし苛立ちを感じ始めていた。
「ふう、ふう……。幽霊はさ、疲れなくていいよね……」
前を歩くはすな様に、翔子はついつい愚痴をこぼす。
「……まだなのかな」
汗をハンカチで拭いながら翔子が言うと、はすな様は歩きながらちらりと後ろを振り向き呟く。
「もうすぐじゃ」
本当かなと思いつつも、翔子ははすな様の後に続いて歩き続ける。
すると、やがて道の勾配は平坦なものになり、すこし広い、開けた場所へと出た。
どこかで水の流れるような音が聴こえる。
水場でも近くにあるのかも知れない。
ただ、開けた場所には人の姿すら見られず、すでに村の圏内から出てしまっているのか、そこには標識のようなものすら存在しなかった。
被害者の外国人たちはどうしてこんな所まで来たんだろうと、ふと翔子は疑問を抱く。
観光客が行くような巡礼スポットがこの何もない山奥にあるとは、翔子にはとても思えなかった。
はすな様は開けた場所を抜けて、もはや道すら存在しない森の中へと入っていく。
後に続いて翔子も進んでいくと、ふと、変な臭いが翔子の鼻をついた。
嗅ぐだけで気分が悪くなるような、そんな異臭。
進むにつれて、その臭いはだんだんと強くなってくる。
その臭いがあまりに不快な強烈なものになったと感じたその時、はすな様は立ち止まると、振り返って翔子に言った。
「……遺体の状況はかなり奇妙で、そして凄惨なものじゃ。普段から何事にもあまり動じないお主じゃから大丈夫だとは思うが、気を強く持つのじゃぞ、しょーこよ」
「……着いたの?」
翔子が訊くと、はすな様は頷く。
そして、ある一点を指差した。
「……うむ、あそこじゃ」
翔子は、はすな様が指差す先にあるものを、その目で見る。
「…………っ!」
それを目にした瞬間、翔子は思わず目を逸らした。
そこに広がる光景は、翔子が想定していたよりもずっと酷い、とてもこの世のものとは思えないほど凄惨なものだったからだ。
一度は目を逸らしたものの、翔子は恐る恐るはすな様が指差した場所にあるものをもう一度確認する。
森の中にぽつんと存在する、崩れた石の祠。
その崩れた石の祠にまるで供えられるかのように、それはあった。
三つの物体。
三つの、人だったもの。
三つの、死体。
その三つの死体は衣服を着ていない全裸の状態で、しかも、それぞれ首から上の頭部と膝から下の足が切断されていた。
その胴体は、ちょうど地面に三角形を描く様に綺麗に並べられている。
死体の頭部は胴体で作られた三角形の中央に、まるで神棚に供えられた餅のように重ねて置かれ、死体から切り取られた六本の足の方は、まるで薪のように積まれて死体の側に置かれていた。
遺体の周囲の土は血で黒く染まり、たくさんの蝿が死体の周りを飛びまわっている。
「これは……、ちょっと、きついね……」
目の前に広がるその光景に、翔子は重苦しく呟く。
人の死体を見るのが初めてではない翔子も、まともに直視できないほどに、その場所に広がる光景は残酷で、悲惨極まりないものだった。
翔子はここに来る前は人による殺人ではなく、被害者が熊や狼のような野生動物に襲われた可能性も想定していたのだけれど、遺体の状況はどう見ても動物に襲われたとか、そういった次元のものではなかった。
どう見てもそれは、明らかに人為的で、猟奇的な殺人だった。