50・帰ってきた二人
浴室を出た翔子と由那は脱衣所で服を着替え髪を乾かすと、廊下へと出た。
髪をお下げにせずおろしたままの由那が、並んで廊下を歩く翔子に言う。
「……ごめんなさい、翔子さん。あんなお姉ちゃんで……。気を悪くしましたよね……」
「ううん、わたしは別に気にしてないよ。蓮花さんをじっと見てちゃってたのは、さすがにわたしが悪いしね……」
どこか元気のない由那に、翔子は首を横に振りながら言葉を返す。
どうやら、由那は浴室での事をかなり気にしているらしかった。
暗い会話をしても良いことはないし、由那には笑っていてほしい。
そう思った翔子は話題を変えようと、言葉を紡ぐ。
「でもさ、お風呂で由那ちゃんが言ってたけど、明日ふわ先生がここに来るのはちょっと嬉しいかな。わたし、この前夜須美さんと先生に会ったんだけど、その時サイン貰いそびれちゃったから。今度は貰わないとね」
そう翔子が言うと、由那は興味深そうに話に食いついてくる。
「え、翔子さん、『ゆるふわヴィレッジ』の作者さんに会ったんですか? 羨ましいです」
「ふわ先生が来るのなら、明日由那ちゃんも会えると思うんだけど」
翔子の言葉に、由那は元気に言った。
「そうですね。じゃあ、わたしもサイン貰わないとです! 楽しみです!」
嬉しそうな由那の笑顔に、翔子も自然に口元が緩む。
笑顔になった由那と一緒に翔子が玄関前を通りかかった所で、丁度扉が開き、梓と朝美が入ってきた。
「あ……」
昼間出かけていた二人は、ちょうど今帰ってきた所らしい。
その二人の顔は共に暗く、特に梓は何やら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
梓は一方的に朝美に愚痴をこぼす用に話しながら、靴を脱いだ。
「彼は県や村役場にももう話を通していると言っていましたが、わたしは寝耳に水で、そんな話、一切何も聞いていませんでした。一度、村長ともきちんと話さないといけませんね」
朝美は困った顔をしながら、梓に続いて靴を脱ぐ。
由那が二人に「お帰りなさい」と声をかけるものの、それには全く気づかないように、強い口調で梓は言葉を続けた。
「……全く、本当に腹立たしい話です。この村の土地を、どこの誰とも知れぬ者に売り渡そうとするなどと! しかも、一言もわたしに相談すらせず勝手に……。まさかあの男は、最初から家が所有する広範な土地や財産目当てで、道枝と結婚したんでしょうか。そうだとしたら本当に許せない事です……!」
外出先で何かあったらしく、梓は相当に腹を立てているようだ。
翔子と由那の姿も目に入らないらしく、すたすたとその場を歩き去っていく。
朝美は翔子の存在に気づいていたのか、軽く頭を下げたものの、梓の事が気になるらしく足早に後に続いて去っていった。
「お祖母ちゃん、どうしたんでしょう? いつもなら挨拶を返してくれるのに。何か出かけた先であったんでしょうか……?」
由那はすこし不安げな表情を浮かべながら言う。
(道枝さんって、夜須美さんのお母さん――朝美さんのお姉さんだよね? その結婚相手が勝手に誰かに土地を売ろうとしてて、それに梓さんが怒ってるって事なのかな? 今の話だと……)
なんだか深刻そうな話だとは思うものの、翔子はただの部外者でしかない。
翔子はこれ以上由那に悲しそうな顔をさせないよう口元に笑みをたたえて促すと、今日から泊まることになる部屋に向けてその場を歩き出した。




