5・わかった、行くよ。
翔子ははすな様の真剣な表情を前に、これからどうするべきかを考えた。
はすな様は翔子に、死体がある山の奥まで一緒について来て欲しいようだ。
けれど、ほいほいついて行って、もし何かあったら大変な事になってしまう。
はすな様の言う通り殺人事件が起きたのなら、近くに三人の人間を殺した犯人がまだ潜んでいるかもしれないのだから。
それに不用意に現場を荒らしてしまい、犯罪の証拠を消してしまう可能性だってある。
(わたしが死体のある場所まで行くよりも、もっとよい解決方法があるんじゃないかな?)
そう考えた翔子は、スカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、はすな様に言った。
「スマホで警察を呼んで、来てもらおう? わたしみたいな女子高生が死体のある場所に行って何かするより、最初から警察に来てもらって、全部任せたほうがきっといいよ」
翔子の提案に、はすな様は首を横に振る。
「……いや、死体のある場所が禄に道もない、ちと口で説明しずらい場所なのじゃ。後から警察を呼ぶにしても案内が必要じゃし、そこには死んだ三人の幽霊もおる。何があったのか知るためにも、しょーこ、やはりお主に直接来てもらったほうがよい」
「……わたしが一緒に行って、犯人に遭遇したりしないかな?」
顔には出さないものの、翔子は不安を口にする。
三人もの人間を殺した殺人犯に遭遇するかもと考えると、翔子もやはり怖さを感じたのだ。
その翔子の不安を安心させるように、はすな様は言う。
「それは多分大丈夫じゃ。儂が死体を見つけた時には、そこに生きた人間は誰もおらなんだからな。だからお願いじゃ、しょーこ。今一度言うが、儂と一緒に来て欲しいのじゃ」
翔子はため息をつくと、はすな様から視線を外すように青空を見上げ、呟いた。
「もう期末テスト前だし、わたし、勉強しなきゃなんだけどなぁ……」
愚痴るような翔子の呟きに、はすな様は不満げな顔をする。
「……なんじゃ、来たくないと申すか。でも、儂が頼れるのは残念ながらお主くらいしかおらんのじゃ。頼むのじゃ、しょーこ」
はすな様は、このとおりじゃ、と言うように翔子に頭を下げた。
翔子はちらりと手に持ったスマホの時刻表示を確認する。
もうすぐバスの来る時間だった。
死体があるという場所にわざわざ行って、面倒な事件に巻き込まれたくはない。
でも、人が三人も山の中で殺されて死んでいるという状況を、さすがにこのまま放置しておくわけにはいかない。
そう、翔子は思った。
ひとつため息をつくと、翔子ははすな様に言った。
「……うん。わかった、行くよ。……それじゃあ、はすな様、人が死んでいるって場所まで案内して」
「おお、行ってくれるか! それでこそ、しょーこじゃ」
うんうんとはすな様は嬉しそうに少女らしく頷く。
その嬉しそうな様子に翔子は苦笑したものの、これから死体のある場所に向かうという自分自身の決断が気持ちを重くさせた。
ふと、エンジン音が聞こえ、翔子は停留所の方を見る。
すると、この葦野雁村がご当地となった深夜アニメのラッピングが施された、いつも通学に使っているバスがちょうど発車する所だった。
その様子を横目に見ながら、翔子ははすな様の後に続いて、バスが向かう先とは逆の方向へ、ゆっくりと歩き出した。